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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

 ソロツーリングの際はマイペースで走るので、心肺に負荷をあまりかけていない気がする。心拍を測りたくなった。

 自転車は3台乗り分けているのでウォッチ型とし、胸ベルト(トランスミッター)の電池交換が自分でできる CASIO CHF-100 を購入した。私の場合、運動強度 60%だと130bpm ,80%だと150bpm となる。

榛名山での長い登攀路(KHS F20-T2)
多摩サイでの平坦路(Bianchi Lupo)
近所での坂道(MARIN Pine Mountain)

(現況)
・走り出してすぐ、120bpm位に上がる。
・一旦上がると、足を止めても20-30分下がらない。
・長い登攀でも150-152bpm以上に上がらない。
 自然な走りだと、スピードを下げたり、蛇行したりして負荷を調整している。
 意識的に負荷を上げると、160bpm位までは上がる。
・平坦路では、スピードにより、170bpm位まで上がるが続かない。

(言えること)
・今の走りで、心肺への負荷は十分にかかっている。
・長い登攀が可能なのは、無意識に運動強度80%をキープしているから。
・既に適切な負荷で走っているので、これ以上はあまり強くはならないだろう。

 夢の無い結論になってしまった。
 

春18キップで行く 榛名山

2009年8月24日月曜日

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 JR武蔵溝ノ口の始発に乗るため、田園都市線4駅分を自走します。その後、4回乗換え 8:10 渋川駅着。渋川駅の標高は190m、最高地点は、外輪山にあたるヤセオネ峠(車道、1170m)なので、約1000mの登高です。

 途中の伊香保温泉では、湯元まで登り、上部の車道への短絡ルートを探しましたが、橋本ホテルの若女将(推測)の話だと、現在は使われていないようでした。
 顧客と成りえない自転車乗りの問いに丁寧に対応してくれました。

(行動食は、勝月堂「湯の花饅頭」です。餡が熱い)

(高根展望台からの温泉街)


 一旦80m下り、車道を登りなおします。斜度が一定なので以外に楽にヤセオネ峠に到着。2重のカルデラなので複雑な山容だが、全山樹木に覆われています。

(元湿原と榛名富士)


 神仏混交の榛名神社を経て、リタイヤ後、東京から山麓に移住したF夫妻を訪ねます。LOHASです。

 地の食物は豊富ですが、手入れを怠ると、Sustainability(継続)できずに、大地はすすき野に戻るようです。


 時々見かけるメロディラインは、溝の間隔で音階を制御していました。自転車では鳴りません。

 帰路は、高崎発の湘南新宿ラインで渋谷まで1本。もっとも、埼京線渋谷駅の乗り換え距離が大変です。

 65.15Km

高知県西南端/柏島、大堂海岸

2009年8月16日日曜日

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 中村駅(四万十市)IN/宿毛駅OUT で、柏島、大堂海岸を回った。足摺岬を含む周回を考えたが、徳島を始発で出ても、中村駅着は11:32なので、帰ってこれなくなってしまう。

 今回の高知県3連走は、JR四国のバースディきっぷ(3日間,10000円で、特急・グリーン乗り放題)を使用した。
 グリーン客の多くは私と同じようで、人品卑しからぬ紳士とは言い難いが、すいているのは有難い。

 宿毛(すくも)までは、土佐くろしお鉄道宿毛線に沿って走り、宇和海に出た後は南にルートを変え、半島の先端部を目指す。

 1931年(昭和6年)架設の宿毛橋。
 松田川大橋架設までの35年間、メインルートとして利用された。
(宿毛市史は、Webで公開されている。他の地方公共団体も見習ってほしい)


 大月町の街を抜け半島部に入る。
 定住人口も、観光客も少ないあたりだが、りっぱなトンネルができている。時間に余裕があるので、右手の旧道を行く。

 大堂段崖からは、竜串や足摺岬も遠望できる。





 期待の柏島は、曇り空のためか、養殖簀のためか、コバルトブルーの海は望めなかった。


 88.97Km

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 野根山街道越えの旅人のために建設されたという、阿佐海岸鉄道の甲浦駅から、土佐くろしお鉄道阿佐西線の奈半利駅までの山越えルートを走った。

 海岸線のR55を野根で別れ、土御門上皇が土佐国に流されたときのルートである野根山街道に沿ってR493を四郎ヶ野(しろがね)峠まで登る。海岸から5.5Kmで450mまで登るので相当な急登である。

 峠からは、小川川に沿って、1%強の緩やかな道を下る。
 中岡慎太郎(陸援隊隊長)の生家跡を過ぎるあたりからようやく平地も多くなり、奈半利川左岸の駅に到達する。

 透明度の高い小川川。

 二又発電所の排出水(九木ダム)が本流に放出される。

 数百メートルで、清流は跡形もなくなる。

 土佐くろ奈半利駅では、パンクした自転車をむき身で乗せたいフランス人兄弟と、職員が膠着していた。
 この日は、お盆で込み合っており、お目こぼしする訳にもいかないだろう。

 「Shikoku Japan 88 temples Route Guide」を手にする兄弟は、徳島で自転車を購入し寺を回っているとのこと。
 パンク修理を手伝ったが、かれらは手持ちの工具が足りないし、修理技術も稚拙だ。
 無謀な感がするが、好青年なのでお大師さまが守ってくれるだろう。

※ヨーロッパでは、自転車をそのまま乗せられる鉄道も多い。
 56.64Km

四万十川に沿って 90Km 走る

2009年8月14日金曜日

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 四万十川は、一旦海から10Kmに近づいた後、四国奥地に向かい、江川崎で反転し四万十市(旧中村市)で土佐湾にそそいでいる。
 土讃線窪川駅で下車し、川に沿って走る。

 下流に向かうのだが、山は深くなる。当然標高自体は下がるのだが、田園地帯が、山間の風景に変わっていく。

 先日の豪雨で、沈下橋の橋板が1枚落ちている。増水時は、完全に水没していたのだろう。


 カヤック教室のそばで、伝統的川漁も現役です。






 保険所前の「四万十川の水」を浴びた後、幸徳秋水の墓を訪ねてみる。


 四万十市内を含め、102.76Km。

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 青春18切符のルートを考えていると、徳島まで余裕でいけることが分かった。そして、その余裕部分をやりくりすると、関が原で3時間確保できることも分かった。
 武蔵溝ノ口 5:05 - 垂井(大垣の1駅西) 12:49
 醒ヶ井(米原の1駅東) 15:40 - 徳島 23:27

 今回走る中山道は、R21の旧道が50%、R21に埋没しているのが20%、舗装はされているが、古い道筋が残っているのが30%ほどである。

 走り出してすぐに垂井一里塚を越え さらに2Kmほど行くと、徳川家康が最初に陣を張った桃配山の麓に着く。

 道は、コース取りといい、傾斜といい、いかにも街道。



 そこからまた 3Kmほどで、今度は壬申の乱で大海人皇子軍と大友皇子軍が対峙した藤古川を渡る。

 不破の関跡は、なにも無かった。

 自転車で走るに気持ちいい柏原宿を越え、醒ヶ井(さめがい)宿に入ると、関西では有名な名水が湧いているらしく観光客が大勢いる。

 三島の柿田川風だが、こちらは水辺に近寄れる。

 源泉でボトル満タンいただきました。

 JRを11本乗り継いだが、遅延は一本も無し。

 22.77Km。

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 100年に一度と言われる長梅雨で、遠出ができない。雨に降られるのを覚悟で、近場の矢倉沢へ輪行した。

 新松田駅からは、関本(大雄山)へ向い、足柄道(矢倉沢往還、古東海道)を走る。すぐに律令時代の坂本駅(うまや)跡がある。これ、確度はどのくらいなのだろう。
 山に入ると、直登の足柄道と県道78が何度も交錯するが、「押し」でも古道の自転車は難しそう。雨は降らなかったが、富士山は全く見えなかった。

 矢倉沢関所跡地。これは、江戸期のもの。

 小山(おやま)町への下りで、KHS F20-T2の最高時速 55.1Km を記録。
 重心が高いので、この程度です。
 御殿場線が複線だった時代の痕跡は、橋脚やトンネルに残っている。
 山北駅前には鉄道基地でにぎわった時代の面影が。



 80.97Km
(小田急線柿生駅往復の17Kmを含む)


LABELS


mail: boso.cycle@gmail.com