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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

モンゴル丘陵 を 馬 で走る

2009年9月29日火曜日


より大きな地図で 馬トレッキング3日目 を表示

 ちょっとルート地図、自信ありません。また、「走った」のは5%位で、ほとんど「歩き」ました。「走る」と何故か、馬上の私も無酸素運動です。


(1日目)
 初心者なので、まずは基礎練習です。私、知人のNさん、日本語ガイド、馬ガイドの4名で、馬上の両ガイドに手綱を引いてもらい、キャンプ地の周辺を歩きました。

 モンゴル馬は、サラブレッドよりは小型なので、恐怖心は起きません。


 四股を踏んで挑発すると、少年達が集まって来ます。日本側は全敗でした。



 宿はゲルで、暖房は薪ストーブです。

 最低気温は 0度、最高気温は 12-17度でした。
 薪ストーブは火力十分です。

(2日目)
 単独歩きの練習で、5Km程離れた亀石を訪ねます。千畳敷カール級が、いくつもあります。

 ただの石と予想していた亀石は、なかなかの迫力があります。休日だったので、ウランバートルからの観光客も多く来ていました。

 亀石の中腹から。

 馬は水筒を持てないので、水を飲ましてやる必要があります。


(3日目)
 だいぶ馴れてきたので、お弁当を持っての遠出です。迫力満点の山越えの後、草原を駆けます。




 上高地の梓川を彷彿させるトーラ川のほとりで昼食にします。水量が多い川ですが、冬には氷結するとのことです。

 2008年に完成したチンギスハーン騎馬像(高さ42m)が遠望できます。



 200mmズームで拡大すると。



 なお、一般的な乗馬ツアーでは、安全のため、馬上からの撮影を禁じています。

 とにかく、景色が雄大です。3日目は「1日乗馬トレッキング」と言う、地味な名称のオプショナルツアーでしたが、コンテンツが凄すぎます。モンゴルの遊牧民は、みんな羊を飼っているので、羊頭狗肉は無し、なのでしょう。


 自転車由来・・ではなく、旧版地図由来でお声がかかり 「おいでよ!わたしのまちに  -ボランティアガイドの役割について考える- 」
というテーマセッションに参加しました。
 まちおこしの視点から、自分のまちに神社仏閣がなくても良いんだ、地図の旧新を比較することにより、平凡に見えるまちにも、見所はたくさん発見できる。  といったお話などをしてきました。

鷺沼~多摩サイ~二ヶ領用水

2009年9月20日日曜日

標高グラフ付きの大きな地図を見る

 川崎側で、二ヶ領用水の久地円筒分水を見た後、多摩川左岸に渡り、多摩川サイクリングロードを遡上。関戸橋で折り返して、稲城大橋で右岸に戻り、宿河原堰堤から二ヶ領用水沿いに走った。説明しづらい錯綜ルートです。


 折角の連休なのに近場だが、今日の気候なら、どこでも快適。
 富士山も遠望できました。

 稲城大橋は、川崎からだと中央道に乗れないので無用の長物だが、自転車の通行が可能であることがわかったので初めて利用した。

1885年(明治18)測量の地図で久地円筒分水付近を見てみよう。 今は役目を終えている二ヶ領用水の久地円筒分水だが、地表から見ると、多摩川から取水した用水と平瀬川をトンネルで穿った新平瀬川を、円筒分水につなげているように見える。実際は、二ヶ領用水を新平瀬川の下の地下水路で通し、分水しているとのこと。
 そうすると、昔は二ヶ領用水川崎堀に沿っていた平瀬川を、多摩川へ流すトンネル工事の目的がわからない。
 現在なら洪水対策と思えるのだが、当時は水争いを解決し、限られた水を均等に分けるために、円筒分水を作った訳だから。
 久地円筒分水、新平瀬川開削の工事は、昭和初期に総合的に行われている。意味はあるはずなので、もう少し調べてみよう。

 平瀬川トンネルの出口、この地下を二ヶ領用水が流れている。

 久しぶりのBianchi Lupo。 クロスバイクなので、多摩サイのダートもOKです。
 47.0Km。

 3回目の蔵王。今回は自転車で、まだ見ぬ「お釜」を目指す。
 2000/9 車。刈田岳(かっただけ)から馬の背まで歩くが、ガスでお釜は見えず。
 2009/1 XCスキー。坊平ライザスキー場のリフト最上部から登るが、ガスのため御田神避難小屋で退却。


(1日目)
 山形市を早朝に出発するための移動日。青春18キップなので鈍行で走るが、車窓の風景を見ていると走りたくなってくる。奥羽本線で予定外の下車をし、山形まで40Kmくらい走ることにした。
 赤湯駅で下りると、南陽市とある。?、南部藩だっけ??。
 1967(昭和42)年に赤湯町・宮内町・和郷村の2町1村が合併した際に、県知事に決めてもらったらしい。中国の古典から取ったらしいので、湘南と同じだがエクセントリック感が漂う。

 山形市内では、古い建物を見る。

 山形城址に移築されている明治初期の公立病院、旧済生館本館。

 鬼県令、三島通庸(みちつね)の時代のもの。
 地元の棟梁が半年で建てたとのことなので、建築技術の基盤は相当高かったのだろう。


 大正5年竣工の旧山形県庁舎。夕日に花崗岩のコントラスが鮮やかだった。



 旧山形師範学校本館。16:30で閉館していたので、近づけず門外から。


40.19Km。
AV 18.8Km
MAX 40.3Km。



(2日目)
 今日の延べ登高高度は 1740mなので、たぶん自己最高。麓の天候は晴れ、山にかかる雲も薄いので、期待を持ってよさそうだ。
 山形市から蔵王温泉まで蔵王ラインを登り、一旦猿倉スキー場まで下り坊平から登りなおすルートである。

 上山(かみのやま)からの直登でなく蔵王温泉を経由するルートを取ったのは、眺望を期待したため。
 しかし、見上げる山も眼下の盆地も、いまいちだった。

 黒姫リフト・・・、大昔にゲレンデスキーに来たことを突然思い出した。とすると、蔵王は4回目だった。

 鳥兜山。(たぶん)

 山形市街。

 250mの登り直しの後、坊平高原で大休止。行動食を食べる。日差しはきついが気温は22度くらいなので、体力は持ちそうだ。XCスキーのルートと交差しながら、エコーラインをつめる。

 刈田岳へは「蔵王ハイライン」という有料道路が通じているが、自転車や歩行者は入れてもらえない。私有地とも思えないので、きっと、100%ガソリン税で作り、100%重量税で管理しているのだろう。

 馬の背下部で自転車を捨て、お釜リフト沿いに歩きで登る。
 歩きだして20分で濁川源流部が見え、その後「お釜」が。

 このブログでは、あまり「絵葉書のような写真」は載せていないが、実は撮影しているのだ。ここは、王道の画像を。
 予定より早かったので、遠刈田(とおがった)温泉の公衆浴場「神の湯」(300円)に入る。ツーリング途中での温泉は初めてだが、後は下りなので問題なし(でもなかった)。

92.36Km。
AV 14.0Km。
MAX 47.1Km。
MAX-HR 166bpm くらい。



(冬と夏の違い)
 XCスキーでは「標柱だけを頼りに、樹氷帯を進んだ」訳だが、車道から見ると標柱はえらく高い位置にある。


 御田神避難小屋の上部からの馬の背。かなりの距離がある。ガスってなくても、たどり着けなかったかも。

 やっと逃げ込んだ避難小屋だが、夏に見るとなんでもない平坦地にある。

 晴れた日にXCスキーで再挑戦したい。

LABELS


mail: boso.cycle@gmail.com