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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

ベトナム北部 (総括)

2009年12月28日月曜日

12/19  41.3Km in Hanoi city
12/20 101.6Km Mt.TamDao (960m)
12/21 Halong Bay Bus Tour
12/22 105.4Km LuongSon
12/23 124.7Km KimBoi via HoaBinh
12/24  80.1Km KimBoi -> Baichao -> Bailang -> Hanoi
12/25  50.3Km HoTay -> YenVien -> LongBien -> ハノイ自転車友の会 Christmas party in 牛若丸
12/26 193.4Km LangSon -> (中越国境) -> 凭祥(広西チワン族自治区)
12/27  69.5Km 凭祥 -> (中越国境) -> LangSon
 
TOTAL 767.5Km

 標高グラフ付きの大きな地図を見る

 ベトナムツーリングの最後は、LangSon経由、陸路中越国境を越え、広西チワン族自治区の凭祥(ビンシャン,PingXiang)で一泊するコースです。
 片道200Km弱に、出入国手続きが加わりますので、ある程度のスピードも要求されます。スピードのない私としては、ハノイ自転車友の会トレインに乗っけてもらうしかありません。参加するのは、TamDaoでご一緒したSTさんと、MHさん、HRさんです。
 夜明け前の6:00にオペラハウス前に集合、国道1号線の新道をひたすら北東に走ります。

 朝もやが徐々に薄れていく田園風景をのんびり眺めていたいですが、そんな余裕はありません。
 途中、先頭を引いていたHRさんが膝痛で離脱、3両編成(内1両は貨車)となります。
 8日間でベトナム縦断したHRさんですが、前日の「牛若丸」クリスマスパーティで遅くまで飲んでいたのかも知れません。

 60Km地点のBacGiangで朝食、100Km過ぎのChiLangあたりから、うねうねとした登りが始まります。
 14時前にLangSonで、豪華な昼食を取り大休止します。北部の中核都市
 LangSonは、1979年の中越戦争では中国軍に占領されましたが、今では美しい交易の街です。

 「・・2月26日にラオカイを、3月5日にはベトナム北部の要所ランソンを大損害のなか占領。ベトナム軍主力は包囲されることなくランソンから後退した。その日の夜、中国中央軍事委員会は翌日の3月6日からの撤退を命じ、3月16日にはベトナム領から撤退した。・・」(Wikipediaより、抄)


 さて、ゴールはまだ先です。国境のHuuNghiQuan(友誼関)には15:28分着、通関待ちのトラックの間を抜け、検問所の遮断機を少し上げてもらい、自転車を押してイミグレーションの建物に入ります。
 ノイバイ国際空港が市役所なら、ここは村役場と言ったところでしょうか。
 パスポートと出国カードを提出します。出国スタンプを押してもらい建物から出ると、そこには国道1号線 0キロポストが!!
 50mほど歩き、中国へ入国します。中国のイミグレーションは、過度に巨大な気がします。威容を誇っているのでしょうか。稜線には迷彩を施された監視所があります。
 16:20に入国完了。
 丘陵地帯を17km走って17:12(現地時間18:12)に宿泊地の凭祥北駅に到着しました。
 ハノイから194.6km
 実走行時間7h47m
 平均速度24.9km

 中国から見ると、最南部にあたる広西チワン族自治区の凭祥です。ホテルでシャワーを浴びて繰り出した夜の街は、まさに桃源郷?でした。



 中華料理をたらふく食って熟睡。翌朝は 6:30(現地時間 7:30)に出発。出入国の後、ハノイを目指しますが・・。
 LangSonを過ぎたあたりで、冷たい豪雨に見舞われ自走は断念です。
 農家の軒先で震えていると、見かねてライスワインを振舞ってくれました。
 街のあるLangSonまで15Km戻り、ベトナム語完璧のSTさんの交渉力でハノイまでの車をチャーターします。150Kmあまりの長距離ですが、一人当たり 400,000ドンでした。

12/26 194.6Km HaNoi -> LangSon -> (中越国境) -> 凭祥
12/27  69.5Km 凭祥  -> (中越国境) -> LangSon(引返の30Kmを含む)

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 今日はハノイ近郊のポタリングです。ハノイ(河内)はホン川(紅河)デルタの湿地帯にあるので、市内に池が多く見られます。
 ハノイのサンタモニカと呼ばれるタイ湖畔には瀟洒な住宅が並びます。子供達もお金持ちっぽいです。

 湖岸を半周しホン川に架かるタンロン橋を渡ります。この橋は2階建てで、上部が自動車、下部中央が鉄道で、その両脇がバイク道です。
 構造的には横浜のレインボーブリッジや大鳴門橋に似てますが、自転車で渡れるところに先進性があります。

 橋を渡った後は右折しYenVienへ向います。省道23B、国道3号線とも、道幅の割りに交通量が多く、走りやすい道ではありません。
 フランスパンをその場で焼いているパン屋さん。繁盛していました。
 YenVienの手前で右に曲がるとドゥオング橋が見えてきます。これも鉄道併設橋ですが橋脚基礎以外は別の橋のように見えます。

 ハノイ中心部へ進むと、道路橋のチュンズオン橋と鉄道、バイク橋のロンビエン橋への分岐が現われます。
 目指すは1902年竣工、全長1682mのロンビエン橋です。
 鉄の怪物のような橋梁には鉄道専用橋であるスコットランドのフォース・ブリッジ(1890年竣工、全長2530m)がありますが、こっちは自転車で渡れます。
 上部主構が無い部分は、米軍の北爆で破壊され補修された部分とのことです。
 ロンビエン駅側には竣工時の銘盤も残っていました。



50.3Km (ハノイ自転車友の会 Christmas party in 牛若丸 への往復を含む)

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 のんびりとした田舎道も走りたいので、温泉リゾートがあるKimBoiと言う街へ行くことにしました。

 国道6号線は道幅が狭く大型車も多いので、路肩へ押し出されることもよくあります。日本だと幅寄せが問題ですが、こちらで怖いのは対抗車線からの追い越しです。
 正面からダンプが向ってきます。加えて、クラクションは常時、周りで鳴りっぱなしなので、警告の意味を持ちません。
 ホーチミンの女子高生はアオザイが制服だが、ハノイは質実剛健なジャージ風、ちょっと残念ですね。

 食事は、道端のフォー屋さんで食べます。値段も味も具材も、相当幅があります。外人価格の店もありますが、店からすると手間がかかるし、交渉するほどの値段でもないでしょう。


 ダムサイトのHoaBinhを過ぎると、国道6号キロポストの表示も変わります。SonLa まで行くと、有名なディエンビェンフーまで 150Kmです。
 HoaBinhの街を抜けると、徐々に登りになり、大型ダンプが轟音を立てながら低速で走っています。
 不安が増すころ、ようやく KimBoi への分岐が現われ、田舎道の下りに転じます。道で干しているとうもろこしの朱が鮮やかです。
 気持ちの良い道ですが、時間も押してきたので、あまりのんびりもできません。 KimBoi からは山越えで国道6号に戻る予定ですが、山を下って見えてきたのは・・・、1時間前に走った道です。
 迷うような分岐はなかった気がするので、あきらめて KimBoi で泊まることにします。

 泊まるのもリスクがあるが、選んだ民宿はここ。
 店の前で食べ物を売っていた末娘が少し英語を話せたので、だいたいの仕組みは理解できましたが、彼女がいなくなってからは、すべてジェスチャーの世界です。
 夕食は家族の大皿から分けてくれました。




 翌日は、いきなりパンク。
 子供たちのハロー攻撃も、とぼとぼハノイに帰る身には励ましになります。

 往路と同じHoaBinh回りの110Kmを覚悟していましたが、BaiLangへの近道が見つかったので、30Kmほど短絡できました。

 身にしみて得た、道を尋ねる時のコツは、
①制服(ジャージ)の高校生は英語が話せる可能性が高い。
②地図は見慣れていない前提で、方角を実際と合わせて聞く必要がある。
③指差しで確認する際は、わざと間違えた方向を指し、訂正してもらうのが確実。

12/23 124.7Km
12/24  80.1Km

 普通の観光もしなくちゃ、と言うことで、日帰りバスツアーでハロン湾へ行くことにしました。
 有名な世界遺産なので、オランダ人、マレーシア人、ポーランド人、インドネシア人、ロシア人が一緒でした。みなさん、英語うまいです。

 ありがちな構図ですが、高画質画像を3枚。


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 本格的な走りの初日は、ハノイ自転車友の会 の定番コースを走ります。TamDaoの標高は960mで、ハノイのヤビツ峠です。今日は、ハノイのレマン湖と言われるDaiLai湖を経由します。
 朝7:00 にスタート地点CPTRA(シープチャ)に集合したのは、友の会のSTさん、IKさんと謎の国連職員のTDさんの総勢4名です。
 わたしがお借りした自転車はJAMISのクロスでディスクブレーキです。タイヤは700 X 23C なので快適に走れそうです。
 道を知っているIKさんを先頭にホン川(紅河)を渡り NoiBai空港へ向けての高速道を走ります。
 ベトナムの高速(有料自動車道)は、バイクは無料です。自転車は禁止かも知れませんが、普通に走れます。
 空港手前で国道2号線に転じ、その後、田舎道をDaiLai湖へ向います。湖畔にはリゾートっぽいホテルが並びますが、赤土舞う湖畔はレマン湖とはかけ離れた、とんだくわせものです。
 湖からパンクに怯えながらオフロードを数キロ走り、TamDao登坂の起点となる、通称"スタート茶屋"で水分補給します。
 謎の国連職員TDさんのcannondal (インド製?)は、前後輪から異音を放つ上に、フロントがインナーに落ちないため、ここでインナー固定に調整します。
 ここからは、5%から10%の坂が続き、12Kmで960mまで登ります。晴れた日には風光明媚とのことですが、この日は曇りで眺望はありません。それぞれ課題を秘めて登坂開始・・・。
 避暑地風の山頂では、野豚鍋(推測)をいただきました。

101.6Km (ホテルのある旧市街-CPTRA、山頂-VinhYenを含む)

KHS F20-T2 のタイヤを交換

2009年12月12日土曜日

 リアタイヤの側面にひび割れが目立つので交換することにしました。
 出荷時に付いていた INNOVA 20X1.35(406) を、少し太めの Panaracerパセラ コンパクト 20X1.50(406) に変更します。黄色のラインカラーはいらないが、全黒はサイド強化仕様となり140g も重くなってしまう。
 デザイン的には前輪も換えた方が良さそうです。

 他に、購入時から変更しているのは、サドル(Bianchi Lupo から移植)、ペダル(SHIMANO DEORE DX)です。

半原越~宮ケ瀬~ヤビツ峠

2009年12月2日水曜日

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 JR矢部駅IN、小田急秦野駅OUTで宮ケ瀬湖、ヤビツ峠を巡ります。
 宮ケ瀬湖へはダムサイトから登るのがノーマルルートですが、今回は半原越(488m)で、一旦小鮎川源流部の法輪堂に抜け、土山峠(300m)経由で入ります。その後、中津川をつめてヤビツ峠(761m)に北側から登ります。

 半原越は、明治21年の地形図にも記載されている古くからの道で、養蚕全盛期の産業道路です。
 幕末、明治初頭の宮瀬村は、安政五カ国条約で往来を認めた「居留地の十里四方」の周縁なので外国人の定宿もあったようです。

 ダム湖からは中津川の本流にあたる本谷川左岸をつめ、塩水川との分岐の手前で右岸に転じます。結構りっぱな橋が架かっています。
 地図を見ていると、三峰山を隔てた清川村と秦野市の双方に大字「煤ケ谷」があります。交流があったのか、炭焼き由来と思われる地名が別個に生まれたのか気になります。

 急坂で有名なヤビツ峠も裏からだと、なだらかな登りです。峠を越えると、蓑毛集落が見下ろせます。


 76.40Km(小田急線新百合丘駅から鷺沼の13Kmを含む)

LABELS


mail: boso.cycle@gmail.com