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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

ローラン・フィニョン

2010年8月31日火曜日

 1983、1984年のツール・ド・フランス覇者ローラン・フィニョンが、8月31日に死去した。50歳だった。
 フィニョンを見るために、立川の昭和記念公園へ行ったのは、いつだったか記憶がはっきりしません。
 superUのチームジャージを着ているので、1989年と思われます。
 この年のツールで、伝説となった最終ステージ8秒差の逆転で、グレッグ・レモンに総合優勝を奪われました。
 

四国四都

2010年8月26日木曜日

 今尾恵介さんの地図本は、目を通しているつもりでしたが、検索してみると洩れがたくさんありました。川崎の図書館サイトで予約し、つぶしにかかっています。
 図書館に無い「四国四都」(日本地図センター)は、持っていてもよさげなので、ネットで購入しました。
 当然、見ず買いですが、国土交通省四国地方整備局長の巻頭あいさつで始まり、出版意図が不明瞭です。今尾さんが書きたかった訳ではなさそうですが、旧版地図の印刷がきれいなので、良しとしましょう。

 「地図から消えた地名」(東京堂出版)は、平成大合併ほかで "消滅した理由とその謎を探る" とするものですが特段、探っている訳でもありません。探るとしたら、地理学でなく、心理学や文化人類学の範疇になりそうです。
 歴史・文化への無頓着ぶりや、地方の不思議な「中央」好きを、淡々と記述しています。
 大字や字に残った痕跡を愛でるとともに、短命に終わった過去の合成地名や瑞祥地名、広域地名の事例を引き、今からでも遅くない、やり直せばいいんだ、と静かに語っています。

春18キップで行く 赤城山

2010年8月22日日曜日

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 今日も暑っ。2010年3月に開設された武蔵小杉駅から、湘南新宿ラインを利用し、上毛三山の中で最後に残った赤城山へ向います。
 武蔵小杉まで11.5Km自走し、6:38 武蔵小杉駅で乗車、乗り換えなしで 8:53 高崎着です。高崎から両毛線で駒形駅で下車し、後は真っ直ぐ1500mまで上ります。

 中腹から、阪大サイクリング部の人たちと着かず離れず上ります。彼らは、早朝日光を出たそうです。大きな鍋を抱えたキャンピング車ですので、相当な強行軍ですね。流石、体育会。

 でも体育会なら、自転車部とか自転車競技部じゃないのか? ネットで調べたところサイクリング部にツアー班,レーサー班,輪球班,MRT班があるようです。

 今日も水分補給、失敗です。日本100名山へ向う交通量の多い県道なのに、コンビニも自販も全くありません。麓の7-11から頂上カルデラ内の赤城登山鉄道旧山頂駅のレストハウスまでの18Km 追加補給なしでした。お店の併設以外に自販がないのは、何か規制があるのだろうか。ここで、サントリー 利根川ビール工場で使用している赤城の御神水を大量に摂取します。ビールでなく水の状態です(笑) 大沼は、白鳥型ボートでにぎわい、県立のビジターセンターは土産物屋併設で、どうも一昔前の観光地風です。
 沼田へは片品川に沿って下りました。関東的には山奥ですが、四国の清流とは歴然とした差があります。

 湘南新宿ラインは、途中の籠原で10両編成に5両連結しました。
 今日は、朝も夜も武蔵小杉駅新南口で輪行する人を見かけました。
 やはり、乗り換えなしで高崎、宇都宮、成田空港、君津まで行ける路線は魅力的なようです。

88.78Km 鷺沼~武蔵小杉の往復21Kmを含む。

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  暑ぅ、ウェザーニュースの晴れマーク、赤黒いです。 阿波池田駅IN、佃駅OUTで2山回ります。
 まず、三好市が力を入れている黒沢(くろぞう)湿原へ。

 イケミナミからシンヤマを経て、600m前後の山腹の空中集落をたどって行きます。
 池田の大字は、カタカナ表記 なぜだろう?


 湿原の標高は550mで、高原リゾート風です。
 幅の狭い小さな湿原ですが、展望台、休憩所などの設備も充実しています。

 かつては湿田で、腰まで浸かっての田植え風景の写真が残っています。
 湿原からは吉野川支流の漆川谷川へ下って行きますが、川が見えずひどく不安です。
 ミスコースだと、取り返しがつかないので、民家を訪ねて道を確認します。こんなことは、初めてです。

 途中、放棄された大きな家作が。家内制手工業が行われていたのかも知れません。
 養蚕、タバコ、和紙、地名からだと 漆? 


 吉野川にたどり着き、ようやく位置がはっきりします。

 午後の部の目的地は、ツール・ド にし阿波のコースに登場した山上直線道(以下、棒道)と旧池田町パノラマルートです。

 道を間違え、民家を訪ねて確認します(こんなことは、2回目)。
 地図にない道に助けられました。

  <にし阿波の棒道>

 阿波池田駅から徳島香川県境までの断面図をカシミールで確認してみます。

 この棒道は、手前に見える県境の稜線より150mも高いので、香川県や瀬戸内海まで見渡せます。



 棒道の先、三好市市街の真上まで来ましたが、せっかくの眺望が雑木にじゃまされます。
 ここを整備しないとパノラマルートは名乗れません。


 200m下った550m地点で、ようやく東側の視界が開けます。中央構造線です。
 この地点の最寄り駅は、秘境駅で有名な坪尻駅です。(直線で1400m)

77.24Km

美郷 高開の段畑

2010年8月15日日曜日

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 神山回りで、美郷の石積み段畑を見に行くことにします。倉羅峠越えが入るので体力温存、旧道は走らず新府能トンネルを抜けます。このトンネル、妙に涼しいのは内側表面が濡れていて、気化熱を奪われるのでしょうか。
 涼しいのは束の間、今日は気温が高く、倉羅峠の上り口で既に汗まみれ、通りがかりの国家公務員氏と着かず離れず上り始めます。
 前回、押した上部の16%は、SPDの効果でなんとかクリアできましたが、蛇行含みです。
 水分が枯渇しているので、自販を求めて美郷側へ下ります。
 途中、4-500mの山腹にへばり付くような、農家と石積み段畑が遠望できます。

 麓で大休止、高開へ上り直します。こちら、標識はありませんが、20%以上も頻出します。押しまくります。
 石積み段畑は、周辺のいたるところにありますので、暑い中、ここまで苦しんで高開へ上ることもないような気がします。
 徳島帰着は17時過ぎ、阿波踊りは最終日、観客入場の始まっている市役所前演舞場を突っ切ります。声援をいただきましたが、落車が怖くて何もできません。

95.24km

穴吹川 川下り

2010年8月13日金曜日

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 や ま さんと四国一の清流(by 国土交通省四国地方整備局)、穴吹川の川下りをします。吉野川合流地点から少し下流まで下る計画でしたが、吉野川本流がひどく濁っているため、徳島本線の鉄橋手前までとします。
 穴吹川は延長42Kmですが源流は剣山で、今回のスタート地点も周りは1000m超の山に囲まれています。
 着岸予定地点にMTBをデポし、車でスタート地点へ向かいます。
 前回の鮎喰川と比べると、透明度は同じくらい、水量はやや多めです。ただし、瀬が多いので、技量が問われることになりそうです。

 まずは、私が前座席で漕ぎ出します。前座の役割は、進むコースを判断し、舟の方向を保つことです。風の抵抗はありませんが、いろいろ忙しく疲れるので、速やかに先頭交代し、やまさんにお任せします。
 瀬の中で岩にひっかかり360度回ったり、岩壁にぶつかったりしながらも、今回は "沈" は回避しています。や まさん、どんどんうまくなり、岩壁をきわどくすり抜けて行きます。
 残り1.5Kmの堰からは、さしもの穴吹川の透明度も落ち、最後は水遊びの家族連れの中、デポ地に上陸。

 や まさんは、MTB でスタート地点へ車を取りに行きますので、自動車を含めるとトライアスロンです。

鵜峠 (うのたお)

2010年8月11日水曜日

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 2010年3月に 109峠を走った帰路、鵜の田尾トンネル(1986年完成、1769m)を抜けましたが、その旧道にあたる鵜峠が今日のターゲットです。
 1997年位までは、通れたはずですが、数年前の情報では崩壊箇所があり不通とのことです。鵜の田尾トンネルは自転車で走るには危険度が高いので、迂回ルートとして使えるか否か調べることにします。

 この道は町道ですが、現在全車両・歩行者の通行が禁止されています。よって、道ではなく、責任ある個人が山でトラバースを行っていることになります。(それでいいのかな?)
 徳島県側からから取り付きます。路面の補修は行われていませんが、舗装は残っており十分乗車できます。
 道は 2%程の傾斜で、峠と逆方向へ向かっています。大坂峠と同様に、傾斜を一定に保つ線形です。

 トンネル入口からどんどん離れて行きます。
 R318は随分下に見えるようになりました。




 路面は荒れていますが、乗車率 100% で県境の鵜峠に着きます。

 香川県に入ると、落石が多くなり、押しも出てきます。ついには担ぎも。




 時々視界が開けますが、海が近い。小豆島も見えます。猪の子供に4回遭遇しました。



 距離的には残り1Kmくらいですが、ついに藪こぎ状態に。進める可能性はありますが、これではトンネルの危険回避どころか、こっちが危険です。

 新道を走り直すには時間も遅いため、ここで撤収です。大坂峠のジオラマが見たかった引田の歴史民俗資料館は次回に。

 iPhone は圏外ですが、ルートラボの現在地連動モードは有効です。
 キャッシュ上の地図と、GPSの位置情報を合体できています。(左が撤収地点)


 78.23Km

 iTrail で 5秒毎にGPS取り込み

 台風報道に動転して や ま さん との 高知、宇和島ツーリングを中止してしまいました。冷静にみると、朝のトップニュースで言うほどのこともない、豆台風のような気がします。
 気を取り直して、噂の "眉八" を走ってみました。

 主に、Bianchi のクロスバイクとKHSのフォールディングバイクに乗っていますが、以前から気になってた登坂スピードを比較してみます。

  1回目:ツーリング中の
 峠越えのぺース
 2回目:峠がゴール
 の心構え
 KHS F20-T2  21:55  17:54 
 Bianchi Lupo  19:44  15:55 

 登坂だとフォールディングバイクの方が早いと思っていたのは、間違いだと言うことが判りました。

 ペダル交換に自宅へ戻ったので TOTAL 40Km くらい。

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 夏休みvol-2で、また徳島へ戻ってきました。山川餃子ツアーは移動日で参加できませんでしたので、一日遅れで行ってみます。
 鮎喰川沿いにアプローチしますが、倉羅峠や焼野峠を越える決意ができず、童学寺トンネルから吉野川方面へ抜けることにします。
 旧童学寺随道は新トンネルの開通により閉鎖されていますが、気品ある煉瓦積みの坑門を見るために寄り道してみます。
 ・・、煉瓦がありません。後で調べたところ、煉瓦積みは石井側のみに残ってるようです。
 さて、山川餃子工房はたどり着くのが第一関門です。だいたいの場所は調べましたが、やはり、山川町内をうろうろします。
 通りから大分奥まった神社の横に餃子旗を見つけ、ほっとして進みますが、店の正面に来るまで判りません。
 店ではなく、普通の農家です。
 たぶん1割位の顧客は、たどり着けませんね。結果的には、絶妙のマーケティングかもしれません。
 AセットとBセットの両方おいしくいただきました。

 帰路は、美郷経由。段畑にはたどり着けず。柳水庵から下りた後、県道31号の屈曲に惑わされ宇度木方面へ上ってしまうなど、餃子工房へ行けたのが不思議なくらい、道を間違えました。

99.27Km

LABELS


mail: boso.cycle@gmail.com