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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

阿波沖海戦

2012年12月26日水曜日

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 青春18きっぷで由岐へ。南阿波サンラインを経て、海部まで走りました。
 榎本武揚率いる幕府海軍の開陽丸 VS 薩摩藩軍艦春日丸が日本初の近代海戦を行ったのは蒲生田岬沖の伊島周辺。双方で43発の砲弾を放ったらしいが、たぶん一発も命中していない。
 機関が故障した薩摩藩の運送船翔凰丸がたどり着き自焼したのは、港のすぐ沖です。

 由岐から日和佐までは県道25号線。私の好きな、海岸を巻く山間の一車線道路です。美波町役場は、今も日和佐御陣屋跡にあります。

 1988年まで有料道路だった南阿波サンラインは、昭和テイストの観光道路です。2車線ですが交通量がきわめて少なく、専有状態でした。
 浅川にある徳島県最大の自然湖沼「海老ヶ池」は潟湖(ラグーン)なので期待していましたが、鳥瞰できる場所が見つからず、ちょっとがっかりです。

 54.06km

明神山と伊座利カフェ

2012年12月23日日曜日

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 半月前、横浜で会った や まさんと、今日は蒲生田岬方面へ。デポ地の那賀川まで車に乗せてもらい、まず県道24号線を南下。
 目的は伊座利カフェ再訪ですが、途中の伊座利峠から蒲生田岬の稜線の南を明神山へ。最後は押しで、441.60mの一等三角点のある明神山。北は火力発電所のある橘湾、西は四国山塊剣山、南は伊座利。

 峠に戻り、椿の咲く道を伊座利漁港まで一気に下ります。伊座利カフェは今日も繁盛。サイクリスト比率も高く3テーブル占めていました。

 復路は、椿湾にそそぐ唯一の川、椿川沿いの県道200号線を溯上。湾奥にあるこの川は、安政南海地震では津波が河口から1.3km上流まで達したとのことです。
 低い峠を越え、福井川水系へ。ランドナー向けの道が続きます。

 次いで、県道284号線を桑野川へ抜けます。このあたりの県道は遍路道と言っていいほどの狭い道ですが、や まさんの案内で、縫うようにたどって行きます。
 人の手の入った竹林はみごとな景観ですが、うまく写真を撮るのは難しすぎます。

 76.36km

何はともあれ大坂峠

2012年12月16日日曜日

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 徳島へ帰省中。実家用となった KHS F20-T2 のブレーキシューを交換し、北灘経由大坂峠へ。
 早い昼食は、北灘のびんびやで食べましたが、ん~、平凡。
 海沿いは強い向かい風でしたが、大坂峠はいつものように穏やかです。坂を上っているとは思えないのに高度がぐんぐん増すのは、大正期に開削された旧国道の線形のおかげです。

 徳島に戻り市街は東新町を走りました。子どものころは無敵だった街一番の繁華街が、クリスマス前の日曜日でもこの惨状です。

 62.61km

南多摩郡多摩村あたり

2012年12月8日土曜日

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 KHS組のJohnsonと多摩センター方面へ走りました。
 鷺沼で待ち合わせ、尻手黒川通りを西へ。柿生から片平川をつめ、黒川経由都県境を越え馬引沢を乞田川へ下って行きます。
 昭和30年代までなら、多摩丘陵の沢の奥まで延びる狭い田んぼに沿った狭い道ですが、多摩ニュータウンの造成に伴い、すっかり住宅地になってます。

 多摩市、稲城市、川崎市の境で休憩。

 多摩市役所は、幹線道路から離れた不便な位置にありますが、多摩村役場のころは、桑畑をぬう唯一の道路に面していました。
 ちなみに旧多摩村は多摩市、旧多磨村は府中市です。
 37.67km

地図の旅愛好会20周年記念

2012年12月2日日曜日

 この数ヶ月、最大リソースを投入してきた「地図の旅愛好会20周年記念パーティ」 無事終了。
 単純だが、”集まって楽しい” のが長く続く秘訣です。

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mail: boso.cycle@gmail.com