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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

嵐山から清水寺

2013年4月30日火曜日

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 夜明け前から断続的に強い雨が降っています。予定を変更し、雨があがるのを待って市内をペダリングすることにしましょう。
 雨が小降りになったのは10時過ぎ、晴れ間ものぞくようになったので、嵯峨野へ向けて走り出します。
 1kmほど走ると広沢池。このあたりは、農村集落ですが、さりげなく宮内庁管理の後宇多天皇陵があります。

 大覚寺前の覚勝院の門には、小さな鳥居が(笑) 仏様が神様に頼っていいのでしょうか。

 天竜寺の裏に回って竹林の間を嵐山へ。このあたりの地名は右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町。もし、住居表示が適用されていると天龍寺3丁目とかになっていたことでしょう。

 角倉了以像の立つ嵐山公園の亀山を担いで下りると、保津川が桂川へと呼び名を変えるあたりに出ます。
 ここから渡月橋を渡り右岸を走ることにします。

 西大橋で桂川を渡り五条通りを東へ7km、五条大橋で鴨川を渡るとまもなく清水寺に到着します。京都は市街が小ぶりなので、自転車向きの街です。
 市営の駐輪場に自転車を止め、参道を歩くと仁王門が迎えてくれます。

 本堂(清水の舞台)から南を臨みます。鮮やかな新緑の中、子安塔が一点、赤を彩っています。

 どの角度から見ても調和がとれています。

 宿までの15kmで、八坂神社、知恩院三門、平安神宮、哲学の道、加茂大橋、仁和寺二王門。 さすが京都、コンテンツが充実しています。

 39.79km 走行時間 3:31

彦根、草津、宇治川

2013年4月29日月曜日

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 GW内の平日、京都の宿が4連泊でとれたので宇治川を下って入京することにします。
 「瀬田から走るなら少し手前の草津の天井川も見たい、在来線に乗り換えて草津へいくなら、いっそ新幹線の止まる米原から走りだしたい」 と言うことで、6:00 新横浜始発のひかり、7:32 名古屋始発のひかりを乗り継いで、7:59 米原着。共に、自転車を置ける車両最後列の自由席に座れました。
 閑散とした米原駅西口で自転車を広げサイクリング開始。JRに沿って彦根へ向かいます。
 ひこにゃん、お出迎えの彦根城。現存天守12城の一つで国宝に指定されています。内堀内に入るのも有料なのは彦根市民にとっては厳しい気がします。

 滋賀県道2号線を走る予定でしたが、趣のある町並みが。観光とは無縁の地区ですが、おそらく中山道へ続く歴史ある街道筋でしょう。

 県道に戻り安土城へ。ここは寺の持ち物らしく、無料で入れるのはここまで。

 近江八幡、野洲(やす)、守山を経て、中山道と東海道の追分だった草津宿。
 1964年の画像と比べると、変わったと言うべきか、あまり変わってないと言うべきか。トンネルの上は、草津川。

 天井川として有名だった草津川は、2002年の草津川放水路通水により廃川となっています。

 14:50 瀬田の唐橋到着。大津経由なら日暮れ前に宿に入れそうですが、ここから瀬田川に沿って宇治へ向かいます。

 瀬田川は水質問題を抱えている琵琶湖から流れ出る唯一の河川ですが、流れは美しく優雅です。

 県境手前でふと山側を見ると、レンガ造りの水道が目に入りました。後で調べると明治末に開削された「宇治発電所導水路」で、平等院の対岸にある宇治発電所へ瀬田川洗堰からの水を落としています。

 流量を確保するため、川中へ突き出した大日山をダイナマイトで爆破し川幅を広げる工事も行われています。
 左:明治25年測図、明治28年発行、 右:大正11年測図、大正14年発行。

 宇治まで2kmあまりのところで突然現れた天ヶ瀬ダム。アーチ式、堤高72mで1964年に竣工しました。

 宇治到着。平等院は改修中なので、代わりに宇治茶ソフトクリーム。

 宇治の土手を走り、17:55 観月橋の先の近鉄京都線澱川(よどがわ)橋梁へ。 1928年竣工、径間 165mの巨大トラス橋です。電車がミニチュアのように見えます。

 残るは市街地の縦断。多少道に迷いましたが、日が落ちた宇多野の宿に到着。

 117.25km 走行時間 7:16

半原越え with smakさん

2013年4月28日日曜日

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 GW前半、関東は好天が続きます。smakさんをお誘いして、宮ケ瀬の南にある半原越え(峠)へ。
 かながわフードバトルが行われている厚木市中央公園で待ち合わせ。smakさんはここまで40km弱、私は28kmなので、ハンディが大幅に足りません。
 まずは、R412を走り低い分水嶺を越え、中津川流域へ。

 半原の集落手前から、けっこうな坂を上り峠の取り付きへ。一人の時と違って踏んでるので、峠を攻める前にバテバテです。
 マイペースで走る時は全く負荷をかけていないのがよくわかります。
 現在の半原越(488m)は、めったに車が走らない静かな林道ですが、撚糸の町として明治期から栄えた半原へ、煤ヶ谷から繭を背負って越えた峠です。古い地形図にも名称が記載されています。

 今回、初めてハンドル固定で動画を撮りましたが、課題が多く見つかったのでお蔵入りとします(泣)

92.80km

輪行100回

2013年4月23日火曜日


 このブログは、君津市時代の「房総丘陵を自転車で走る」から6年強続けていますが、4/10の「印旛沼と国立歴史民俗博物館」で、輪行の回数が100になりました。
 印象深い輪行を振り返ってみることにします。



 1回目 「プチ輪行で富山(とみさん)へ」 2007/10/13
 君津駅から内房の岩井駅まで 35km の短い鉄道輪行。このころは車で運ぶことが多かったので、Bianchi Lupo をわざわざ輪行した理由は不明。双耳峰の富山北峰山頂(349.5m)まで、最後は担ぎで登っているので、ますます何を考えていたかわからない。

 11回目 「境港、松江、出雲周遊」 2009/4/27
 サンライズ出雲(横浜~宍道)個室寝台の旅。KHS F20-T2 を室内に持ち込んでの輪行。
 この後、中国地方を縦断し、しまなみ海道から徳島まで。この旅では、3段スイッチバックのある木次線と徳島本線も輪行した。

 17回目 「青春18キップで行く関が原」 2009/8/8
 青春18キップでの川崎~徳島間で3時間捻出し、垂井から醒ヶ井までの23kmを走った。
 JRに18時間、乗り換え10回の合間に走る修行のようなサイクリング。雨に降られたが、醒ヶ井の湧水は素晴らしかった。

 36回目 「北陸トンネル旧線跡<福井から敦賀>」 2010/7/20
 富山からの北陸ツーリングの最終日。前日は丸岡から一乗谷を経て福井泊。
 1962(昭和37)年の北陸トンネル開通まで北陸本線だった単線跡の県道を走った。
 最長の山中トンネルは 1194m。トンネルの切れ目からの敦賀湾の眺めは最高。敦賀で水戸天狗党終焉の地を訪ねた後、新快速で姫路に向かった。

 45回目 「磐梯~米沢」 2010/10/8
 普通列車限定の「鉄道の日記念」きっぷを使った東北ツーリング。
 磐梯町駅着が 11:38 、磐梯山を1500m登るので日没前に米沢まで辿りつけるかが課題だったが、あえなく夜間走行に。

 59回目 「グアム 3日目 リティディアン岬」 2011/4/14
 HISの激安パックツアーに紛れ込んでの海外輪行。
 初めの2日で島を一周し、最終日は観光客の来ない最北端の岬へ。空軍基地を抜けてたどり着いた白砂ビーチは帰るのがいやになるほど美しかったが、帰国便に遅れると大事なので後ろ髪を引かれながら撤収。

 64回目 「クーランガッタ~ゴールドコースト」 2011/6/12
 前年に山梨の御坂峠で知り合ったGusさんが、泊まりに来いよと言うので行ってしまった。
 南半球なので真冬ですが、気温は日本の春くらい。空気の透明度は行かなきゃわかりません。オーストラリアではブリスベン~カシノ間の鉄道輪行も行った。

 71回目 「京柱峠と豊永~大歩危 空中回廊」 2011/8/29
徳島駅~大歩危駅を往復輪行。祖谷から上った京柱峠は阿佐国境の1130mの峠。吉野川を眼下に見下ろす豊永からの林道は素晴らしい。

 76回目 「台湾2012 第五天 南方澳~天祥」 2012/1/10
 3回目の台湾。東海岸の国道が土砂崩れで予定外の輪行。
 この時乗った区間車(普通列車)は、自転車を折りたたまずに乗せることができた。折りたたまない場合は子供料金が必要。
 台湾の国鉄は自転車に友好的で、自転車用車両を繋いだ特急列車もある。

 94回目 「天草倉岳~島原神代(こうじろ)」 2012/10/9
 天草下島から島原半島への船輪行。穏やかな好天に恵まれた快適な渡船だったが、その後普賢岳の坂でえらい目にあう。

 98回目 「ベトナム縦断 2013.1.9 - 1.31」 
 印象深い輪行と言うわけではないが、ベトナムからの帰国便で初めての機材の損傷。KHS F20-T3 に付いているフロントギア外側のガードがギアに接するまで曲がってしまった。不必要な気がしていた保護部材だが、役に立ったと言うことです。今は取り外して乗っている。
 航空機輪行は10回(海外8回)行なっているが、いつもは現地で調達し輪行袋に入れるダンボール(保護材)の入手がベトナムでは難しかったのが要因だろう。

登戸研究所資料館

2013年4月19日金曜日


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 10年以上愛用していた登山靴が、文字通り崩壊したので、キャラバンの 軽めのハイカットを購入。
 慣らしを兼ねて、明治大学生田校舎に歩いて行ってきました。
 目当ては、2010年に開設された登戸研究所資料館。登戸研究所は日本陸軍の研究所で、秘密戦兵器を研究開発していました。

 多摩丘陵の尾根を2つ越える4kmのアップダウンのある道です。

 明治大学は1950年に跡地を購入し生田キャンパスとしています。資料館は生物兵器の建屋だったそうです。 思っていたより洗練された展示です。

 有名な風船爆弾もここで開発されました。ことのほかハイテクで、気圧計と連動して自動でバラストを投棄し高度を維持したそうです。

 ここで、研究していた電波兵器としては、
号兵器(力電波、超短波で殺傷)
号兵器(短波レーダー)
号兵器(線感知射撃管制)
号兵器(線操縦:無人小型戦車)
等がありました。

偽札は経済謀略活動に実使用されました。
 10.0km (歩き)

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 まずは、3/30に首都高大橋ジャンクション上にオープンした目黒天空庭園へ。

 地下35mの中央環状線と地上36mの渋谷線をつなぐ直径400mの4重ループトンネルの上にあります。
 この中、制限速度40kmですが、方向感覚は2周くらいでなくなります。
 近ごろ流行りの屋上庭園。
 見えませんが、構造物の中を自動車が螺旋旋回しています。
 あくまでも庭園。幅が狭いです。
 無慈悲な金網に囲まれ、見晴らしも残念レベルです。
 次いで、暗渠となっている目黒川の緑道を走り、3/23に地下化された小田急線下北沢駅へ。
 下北、相変わらず賑わってます。右上は、伝説の定食屋「三福林」跡地。
 今回の地下化は、世田谷代田~東北沢間なので、世田谷代田と梅ヶ丘の間で地下に潜ります。
 一晩で切り替える技術には刮目します。

 40.69km

印旛沼と国立歴史民俗博物館

2013年4月10日水曜日

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 青春18きっぷの5枚目は、ようやく最終日に消化。平日に東京を横断するので、ラッシュを避けるため 武蔵小杉駅 5:51 発で成田へ。
 印旛沼は江戸期から新田開発が行われていますが、1969年(昭和44年)に中央干拓地が造成され、沼の面積は半減しています。

 中央干拓地で分離された北印旛沼と西印旛沼を繋ぐ捷水路(しょうすいろ)が、北総台地に開削されています。

 ①開削部の橋から北印旛沼方面。

 ②中央干拓地の中央排水路

 ③干拓された旧水面

<国立歴史民俗博物館>
 課外授業で来てる女子高生のレベルが高かった。たぶん、優秀な高校なんだろう。「わぁ、纒向だわぁ~」 って、古墳ガールだわ。

 29.5km + 21km(武蔵小杉駅往復)

LABELS


mail: boso.cycle@gmail.com