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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

東京タワーと日比谷公園

2018年7月15日日曜日

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 高校のクラス会。東京タワーに歩いて上り、その後日比谷公園のオクトーバーフェストでドイツビールを飲むという企画。
 第一展望台(メインデッキ)までなので、高度は140mほど。暑くなければ適度な運動。
 記憶が不鮮明ですが、初めてのような気がします。
 1階には「ALWAYS 三丁目の夕日」時代の、丁寧な作りのジオラマがありました。
 メインのオクトーバーフェスト。ミュンヘンでは秋の開催ですが、東京では夏。とんでもなく暑い日なので、ビールが美味い。東京タワーに上る必要はなかったような気がします。
 GPSログを Google Earth に貼り付けて立体感を表してみました。実際は、Google Earth の起伏の強調と同期を取るため、高度を手作業でいじっています。
 歩き 4.8km

名古屋 夕刻から夜

2018年7月9日月曜日

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 明治村から予定より早く帰ってきたので名古屋駅周辺を散策。先ずは、まるや本店でひつまぶし。美味しい、味の変化も楽しめる。ただ、かき混ぜたり、だし汁をかけたりって、家でしたい。5時20分に店を出たとき、既に行列ができていました。
 名古屋駅至近に柳橋中央市場。名古屋駅自体が町外れだったためでしょうか。鉄道支線の跡地を活用して発展したようです。
 大正12年の名古屋城。地図記号は、師団司令部(第三師団)、旅団司令部(歩兵第5旅団)。注記は歩兵6連隊、輜重第3連隊、野砲兵第3連隊、騎兵第3連隊。名城公園は練兵場です。
 ドラマチックモードの名古屋城。
 駅への戻りは、微妙にカーブする円頓寺(えんどうじ)本町商店街。
 カーブの具合から川跡と思いましたが、田んぼの畦道。小川が流れていたかも知れません。
 駅に戻り大名古屋ビルヂング。初代は1965年竣工、2代目は2015年竣工。東京の丸ビルみたいに、低層部は建て替え前を模したものと思っていましたが、デザイン的にそうではなさそう。戦後20年経っての竣工で "大名古屋" という名称も謎。名古屋だからか。
 大名古屋ビルヂング、機械式駐輪施設が4台並んでいました。
 歩き 5.8km

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 名鉄で犬山へ。名古屋鉄道の総営業距離は444.2km、275駅。東急は97.5kmなので、足元にも及びません。
 犬山駅から城下をお城へ。
 商家が大きい。奥行きも相当あります。
 "国宝犬山城" の営業は9時からなのは知っていましたが、天守への入場時間だと思っていました。本丸へ入れず。木曽川のライン大橋から望む。
 この橋、正式名は犬山頭首工(いぬやまとうしゅこう)、ライン大橋は通称。宮田用水、木津用水、羽島用水など両岸から取水している木曽川の堰です。連日の豪雨で中央部は逆巻いています。左岸が愛知県犬山市、右岸が岐阜県各務原市。
 川岸から見上げる犬山城。
 駅に戻り路線バスで博物館明治村へ。とんでもない田舎にありますが、日本全体が前のめりだった高度経済成長期の1965年に開設したのは慧眼。
 三重県庁。
 西郷従道邸。目黒から移設。
 宇治山田郵便局。
 帝国ホテル。ここは内部と備品がいい。
 夏晴れだったのが14時過ぎから激しい雷雨。村内の京都市電も全面運休。建屋はすべて見ることができたので、直通バスで名古屋へ。
 8.4km

桑名~長島~佐屋(後半)

2018年7月8日日曜日

 松之木の微高地から。長島輪中の北端に輪中ドーム。木曽川の流れていた場所はミニゴルフ場になっています。
 国交省の木曽川文庫。オランダ人土木技師デ・レーケの銅像。展示されている旧閘門ゲート、今日は近づけません。
 船頭平閘門(せんどうひらこうもん)
 木曽川の方が水位が高い。
 長良川大橋を渡り岐阜県入り。3県県境は長良川の中央部なので、歩きでは行けません。
 治水神社。薩摩藩による宝暦治水(1753年、幕府が命じた御普請御手伝役)で自死した総責任者平田靱負(ひらたゆきえ)を祀る。創建は新しく昭和13年。
 木曽三川公園の展望タワーから。
 東側、名古屋方面。足元は長良川、木曽川。
 北側、大垣方面。
 西側、多度方面。揖斐川。
 南側、桑名方面。足元から延びるのは、油島千本松締切堤。
 木曽三川公園脇の旗置八幡。本殿が高い位置にあるのがわかります。
 長良川大橋を渡り、木曽川の立田大橋から。河川敷の東海公園は水没しています。
 明治の治水工事で締め切られた佐屋川跡。自然堤防の跡が残っています。左は海部幹線水路(あまかんせんすいろ)。
 佐屋駅に着いたのは日没後。名鉄のシート角度は攻めています。
 長い歩き 28.3km

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 "地図の旅愛好会" 地方例会の下見で木曽三川へ。雨はあがったようです。先ずは、JR関西線で桑名へ。豪雨の影響で水かさは増していますがダイヤは正常です。JR、近鉄、養老鉄道の乗り入れる桑名駅。駅前広場がない珍しい構造です。
 昭和初めの 1/50000「桑名」
 三岐鉄道北勢線はナローゲージ(762mm)で西桑名駅から阿下喜駅までの 20.4kmを結んでいます。起点の西桑名駅が桑名駅の東側にあるのは、市街地へ伸びる西桑名~桑名京橋間が1961年に廃止となったためです。
 東海道の町並み。
 石取会館(旧四日市銀行桑名支店)には石取祭車が展示されています。桑名城跡。春日神社の青銅鳥居。
 桑名城を築城したのは徳川四天王の一人、武闘派の本多忠勝。
 ジョサイア・コンドル設計の六華苑。国の重文です。
 伊勢大橋を渡り長島町へ。平成の大合併で桑名市になりました。プロパンガスボンベが流れていました。
 いろいろあった長良川河口堰。地元の人のお話だと、この辺で怖いのは洪水より高潮とのこと。
 旧長島城大手門。移築したものです。
 輪中の本場ですが、治水事業も進み普通の建屋も多数あります。ホームページが Not Found となる輪中の郷、営業していましたが・・、合併の影響でしょうか。
 (つづく)

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