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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

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 イタリア船籍の 「コスタ・ネオロマンチカ(57,150t)」が 13:00 に出港(離岸)するのでタイムラプスを撮りに横浜大さん橋へ。
 往路は六角橋経由。2003年まで現役だった六角橋郵便局。
 山下公園前では「横浜港カッターレース」風が強いので、スタート位置に着けない艇も。
 象の鼻とコスタ・ネオロマンチカ。
 総トン数と全長の比較。
コスタ・ネオロマンチカ 57,150トン 220.6m
にっぽん丸 22,472トン 166.6m
飛鳥2 50,142トン 240.96m
クァンタム・オブ・ザ・シーズ 168,666トン 348.00m
 定刻に釜山へ向けて出帆。タイムラプスは別途UPします。
48.66km、3h31m

多摩丘陵の公園と絹の道

2018年5月12日土曜日

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 多摩武蔵野スリバチ学会の 「多摩丘陵の公園と絹の道」 に参加しました。
 集合場所は京王片倉駅。JR片倉駅から歩く予定で改札を出るとNさんの姿が。時間に余裕があるので、ご一緒して駅の南の慈眼寺へ。墓石が斜面に並ぶので、つい上りたくなる構図。
 片倉城址を望んだ後、急いで下山し京王片倉駅へ。総勢40名弱、絶好の丘陵歩き日和です。先ずは、片倉城址。戦国後期までの城で、空堀、土塁が残っています。
 三角点のある道了堂(現在の大塚山公園)までのルート。1/20000 「八王子」明治39年測図、42年製版。横浜鉄道(JR横浜線)は1908年(明治41年)開業。
 大塚山への上り。上った先が今日の最高地点 213.4m。
 道了堂から鑓水(やりみず)。後に絹の道と名付けられたあたり。
 幕末から明治初め、鑓水出身の商人が生糸取引で財を成しました。投機的な商いのためか、資本の蓄積前に没落したようです。
 八王子市絹の道資料館には一瞬輝いた鑓水のようすが展示されています。ベアトが写した鑓水の写真も多く残っています。
 絹の道から鮎の道。八王子市と町田市の境界に延びる都立小山内裏公園から、谷戸を利用した八王子市立長池公園。
 最後は中国の万元戸村がつくったような京王堀之内で解散。
 歩き 17.5km。

門司、下関の要塞跡

2018年5月10日木曜日

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 幕末から明治、軍艦vs砲台 が戦争の肝だったころ関門海峡には多くの砲台が築かれました。スタンフォード大図書館で公開されている、明治期の1/10000地形図(下関要塞近傍図)を参考に、いくつか尋ねました。
 古城山砲台。関門海峡と周防灘を共に見渡せる位置。榴弾砲の並んでいた場所は駐車場。
 三角点のある山頂には門司城碑と共にコンクリート製の遺構が残っています。
 塹壕のような作り。砲弾の観測所でしょうか。
 周防灘へ向かった平坦地には、頑丈な建造物が現存します。
 門司砲台、門司兵器修理所あたり。
 門司砲台の跡地には関門トンネル人道のエレベータ建屋が建っています。
 海上保安庁の船が停泊しているあたり、今のノーフォーク広場は門司兵器修理所。
 実際の戦闘が行なわれたのは、源平の戦いと幕末の四国連合艦隊下関砲撃事件。フランス宣教師が明治28年に建てたフランス水兵戦死者の慰霊碑。
 関門トンネルを抜け下関。これは、フランス軍に鹵獲された天保長州砲のレプリカ。
 下関市街を抜け北上すると金比羅砲台。
 広大な砲台陣地でしたが、公園になっています。案内板はありません。
 土地の人に教えてもらった唯一の遺構(排水口?)。内部にはレンガが使われています。

ドローン、初フライト

2018年5月3日木曜日

 満を持して、トイドローンの最高傑作 TELLO 購入。もちろん、本場の中国製です。コントローラはスマホ(SH-M04/Android6.0.1)
 ※機体重量80gなので航空法の対象外です。
 かつては日本の得意分野でしたが、今は歯が立ちません。
 離陸前。
 高度のリミッターは 10m。
 抜群の安定性。

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 徳島の山間、川筋の集落とは隔離された高地に集落が点在しています。"すごい" とは言え、当然ながら車道が通じています。車道が通じていない集落 "つるぎ町十家" を知ったのは2015年夏の見ノ越からの下り。ようやく訪れることができました。
 唯一の交通機関であるモノレールは住民専用なので、麓に自転車を止め歩きで行ってきました。
 1950年には40世帯200人の集落。現在は、ほとんど空き家。かつては、たばこ栽培が盛んでした。
 モノレールは協同組合で管理し、組合員(住民、元住民)が利用できます。斜度は最大斜度 38度。
 モノレールに沿って登り、緩斜面になると突然現れる茶畑。手入れが行き届いています。
 おそらく、元居住エリア。
 果樹園。
 終点と思いましたが間違い。今回、歩けたのは集落下部だけ。再訪の要あり。
 放棄されて日の浅い廃屋。軒の歪みもありません。
 道路はありませんが、電気は来ています。電話線もあり。スマホも通じました。
 剣山方面。下界の道路は見えません。当然、道路からは、こちら側も見えない別世界。
 家の資材をどうやって運んだのだろうか。もっとも、昭和前半まで車道の通じていない村は珍しくなかったはず。
 この2軒は、生活感がありました。たまに、来ているのでは。
 道路が通じていないと、家の周りも道路なし。目にすると納得ですが、想像できていませんでした。
 136.09km、8h00m (帰路、鳴滝から迷い込んだ吉良の山越えは別報)

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