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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

内子/中芳我邸ゲストハウス

2017年4月27日木曜日

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 4/18に、内子で泊まったのは中芳我邸の土蔵を改装したゲストハウス。中芳我家は、木蝋(もくろう)で財をなした豪商本芳我家の分家で、八日市護国重要伝統的建造物群保存地区にあります。
 一日一組ですが、運良く飛び込みで泊まることができました。素泊まり、8000円(1名利用)、6000円(2~4名利用)です。

松山 - 新居浜 - 阿波池田

2017年4月20日木曜日

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 松山市街からは小松街道を東へ、山越えはR11。ここ、自動車道と国道11号線の2本しか道路がありません。大型車の多い自転車の難所。トンネルに路肩がなく怖い道です。距離は伸びても今治回りがお勧めです。
 新居浜では、この春に転勤になったスリバチ学会のTさんと再会。スリバチ学会の壮行会には60人集まったアイドル系?です。会合の瞬間を動画に撮ってくれました。
 新居浜、伊予三島の市境は、想定外の山越えでした。「紙 井川」大王製紙発祥の地と思いましたが、違うようです。井川姓が多い地域なのでしょう。愛媛県の出先機関が「四国中央庁舎」となる不思議。
 川之江からは R192。愛媛徳島県境の境目峠は、トンネルを通らずに旧道で峠越え。90mほど、余分に上ります。
 ここの愛媛側の道は、凜とした風格を感じさせます。
 あまり風格を感じさせない徳島側の道を下り、阿波池田駅から輪行。
 123.27km、7h34m (TOTAL) 443.55km

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 今日は内子から山越えで伊予灘に出て、松山へ向かいます。
 麓川を遡上し、よく旅行ガイドで紹介されている田丸橋。小ぶり。テレビドラマ「坂の上の雲」のロケ地と言う要素が大きいのか。
 山中に分け入り弓削神社。箱庭的ですが、池、橋、神社の3点セットで整った構成です。
 現在の橋は昭和26年に改修、設置されたもの。屋根は杉皮葺き。
 満穂(みつほ)の集落まで下り、再度の登坂。海までの直線距離は8kmほどですが、標高500mの峠越え。このあたり、中央構造線のしわの部分です。
 下の宮橋に寄り道し、鳥越峠。伊予灘が見えてきました。
 海岸まで下り、山側の旧道を東へ。
 ほどなく下灘駅。青春18きっぷのポスターに3度使われたという、絵になる駅。平日のこの日も、10名近くの人出。
 運よく、列車が来るまで15分だったので、撮影スポットへ。
 しまなみ海道と言う世界的サイクリングルートを擁する愛媛県。空気入れなどを備えたサイクルスポットも、数回見ました。少しでも台湾のレベルに近づいてほしいです。
 泊まったJALシティ松山でも、自転車だと言うと、即座にロードバイク用スタンドを用意し、ロビー脇に案内してくれました。
 お部屋はキャッスルビュー。近々JALオークラ系から東急系へ系列変更するので、さよならセール中でした。
 日暮れ前にお城の周りを散策。二之丸と天守、愛媛県庁、萬翠荘。
 夜は20分ほど歩き、ライトアップされている天守へ。
 65.47km、4h33m

檮原 - 韮ヶ峠 - 内子

2017年4月18日火曜日

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 雨は上がりましたが、好天とはいかず曇り。朝は檮原市街を散策。街はずれの三嶋神社。屋根付きの橋が参道。土俵もありました。
 梁の彫りが深い。
 梼原町役場。これも隈研吾設計。
 ゆすはら座。明治24年に建てられた旧役場(左)。掛橋和泉邸(吉村虎太郎庄屋跡)。町内に13棟残る茶堂。
 維新の門「八志士の群像」
 地方の小さな町では子供たちが挨拶することがありますが、やらされている感じを受けます。檮原では子供だけでなく大人も挨拶します。挨拶を返すこちらも背筋か伸びます。
 檮原の街を出て県境への登坂。四万十川支流の檮原川のそのまた支流、四万川の沈下橋。昨日の雨で沈下していたようです。
 六丁の茶堂で昼食。ミレービスケットと、六丁で買った、たけのこ、しいたけの煮物。山椒の葉が味を引きしめて美味い。茶堂が現実に役立ちました。
 檮原の街から2時間20分で、標高900m の韮ヶ峠到着。坂本龍馬はこの峠から脱藩しました。
 湿って滑りやすい北斜面をゆっくり下降し、舟戸川沿いに下った後、肱川(ひじかわ)支流の小田川を上り内子へ。
 木蝋(もくろう)で栄えた内子の街並み。
 1982年(昭和57年)に重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
 内子座。1916年(大正5年)建造、国の重要文化財。
 内子で泊まったのは、中芳我邸の蔵。これ別途アップします。

 76.56km、5h34m

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 さて、天気予報は終日強い雨。高知に滞留する手もありますが、後悔しそうなので上下レインウェアで出発。
 仁淀川を渡るまでは小降りでしたが、かんざしを買った純信の出身地、土佐市戸波あたりからは強い雨。以降、休憩はすべてトンネルの中になりました。
 旧道を走る計画でしたが、時間節約のためトンネルの多い新道を走ります。これは、非常に残念です。
 天誅組の首謀者、津野の吉村虎太郎像も雨にけぶっています。棚田もパス。隈研吾建築都市設計事務所の設計「雲の上ホテル」も雨。
 16:50 檮原の町に到着。電柱がないのは結構だが、信号が目立つ。
 宿は、隈研吾のマルシェ・ユスハラ。2010/7完成、まちの駅「ゆすはら」の2,3階がホテルになっています。
 自転車は室内保管できました。設備も快適で、ずぶ濡れの靴も乾かすことができました。
 80.00km、5h52m

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