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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 
2018年10月4日木曜日

 宿が駅の向かい。自転車運搬エリア、朝の通勤通学風景。
 ゴッタルド鉄道トンネル(旧トンネル)を挟んで、7つのループ。
 朝もやの中、ティチーノ川に沿っての下り。ベリンツォナ(Bellinzona)のお城は世界遺産(後で知りました)。道路の排水口の蓋はロードバイク対応?
 電話ボックスが、LITTLE FREE LIBRARY(不要な本の交換用か)に。なぜ、英語表記なのかは謎。
 マッジョーレ湖の遠望。この日は小さな峠をいくつも越え、獲得標高は今回最大の2074mになりました。
 道の難しいルガノ(Lugano)を横断しルガノ湖畔を西へ。スイス出国、イタリア入国。職員がおらず、アイコンタクトすら無し。
 ユーロで食料補給。買いませんでしたが、すしは15-20ユーロ。品揃え豊富です。
 メナッジョ(Menaggio)到着。ここからフェリーで対岸のバレンナ(Varenna)へ渡ります。
 自転車と合わせ 5.6ユーロ、15分の航路です。
 港から Agriturismo Castello di Vezioを目指して登坂。が、入れず。頼みのインターホンは、滲んだイタリア語が9個所。レセプションがどれだかわかりません。イタリア語が分かるか、インターホンを片っ端から鳴らすイタリア人的度胸がないと入域不能。
 侵入路も見つからず、山を下り宿探しへ。
 運良く見つかり、今回の最長走行距離、最長乗車時間、最大獲得標高の長い一日が終わりました。
 92.87km、6h52m

 "Passo San Gottardo" 今回の華、ゴッタルド峠越え。アンデルマット側からは雲の中。同宿のドイツ人は「やめた方がいいんじゃない」ですが、宿の息子は「雪は積もってない。行くべきだ」 迷った時は Go。
 ホスペンタール(Hospental)で盆地を抜け本格的な上りに。アンデルマットは中央奥。
 広いカール。きつい坂には見えないが。振り返ったところ。
 峠手前、ウーリ州(ドイツ語圏)とティチーノ州(イタリア語圏)の境界を越えたあたりで平坦になり、石畳の旧道が現れます。(右)1918年、(左)2018年。
 小さく写る前を行く3人は、ドイツ人のご夫妻と14歳の息子。ご主人はデュッセルドルフのホテルオークラで働いていたことがあるらしい。
 「あなたがドイツの最も古い都市trierに来たなら、私たちはあなたのためのガイドを喜んでします」とのこと。トリーアはローマ帝国の拠点で、モーゼルワイン発祥の地。
 ゴッタルド峠(2106m)到達。北海へ注ぐライン川と地中海に注ぐポー川の分水界。
 (右)1918年、(左)2018年。
 峠には要塞(今はホテル)。永世中立を保つのは大変。
 峠の広い鞍部には湖沼が点在しています。
 峠を越えると空が明るくなりました。路面はずっと石畳。
 低速ダウンヒル。休まないと握力が持たない。
 ドイツ、スイス、イタリアを結ぶ歴史の道。
 100年前と変わらぬルート。
 ティチーノ川の谷に出ると、足元はアイロロ(Airolo)の街。
 ボーディオ(Bodio)のゴッタルドベーストンネル南側口。
 宿探しモードに入り、ビアスカ(Biasca)駅前のホテル。宿の主人はイタリア人でした。まだスイスですがイタリア語圏、ネスレの独占も崩れています。スーパーには栗。
 67.19km、4h34m

大きな地図を見る
 ゲシュネン駅前から。右から伸びるのがアプト線のマッターホルン・ゴッタルド鉄道シェレネン線。前方の稜線の向こうがアンデルマット。
 振り返ったところ。足元がシェレネン線、スイス国鉄はゴッタルド鉄道トンネル(旧トンネル)へ。
 正面のスノーシェッドはシェレネン線のもの。
 道路工事で交互通行との情報もありましたが、車道の工事は終わっているもよう。車道を行きたいが、書いたばかりの道案内に従い、スノーシェッド上の自転車道へ。水路の工事が未了、前方にも普通個所が見えるので、引き返し。当然のことながら、道案内は道が出来てから書いて欲しい。
 分岐まで戻ります。遠い。
 悪魔の橋。あれっ、こんなもん? 奥は鉄道橋。頭の上は国道2号線。
 国道2号線から。
 アンデルマット、宿のベランダから。ゴッタルド峠は明日。天候が心配です。
   49.54km、4h55m

 ルツェルン湖畔を南下。今日の目的地は古くから街道町、アンデルマットです。4つのアルパインパス(アルプスの山道)が交わる山の十字路。待ち受けるのは、悪名高き「悪魔の橋」
 雨は上がりましたが、雲は低く山の頂は見えません。
 南端のフリェレン(Fluelen)が近づく頃、空も明るくなってきました。
 湖端からはロイズ川に沿って遡行します。アルトドルフ(Altdorf)にはウィリアム・テル像(1895年建造)。伝説上の人物ですが、ここアルトドルフに住んだとされています。
 街はずれの COOP で食料調達、イートイン。カフェラテと思ったらカフェラテ用のミルク。サラダは詰め放題では無く、100g 2.5CHF 。レジのお姉さんが走って計量とラベル印字に。お手数おかけしました。
 本格的な上りが始まる手前。ゴッタルドベーストンネルの北側口。全長57km、2016年開通。青函トンネルを抜いて世界最長の鉄道トンネルになりました。
 ゴッタルド峠には、1881年に開通したゴッタルド鉄道トンネル(全長15km)がありますが、アルプス保護法で規定された鉄道貨物への移行推進のため長い編成の貨物列車での輸送を主目的としてベーストンネルがつくられました。旅客列車はジュネーブ、ミラノ間、約3時間、もちろん自転車も乗せられます。
 ループが連なる旧線も現役。1時間毎に走っています。悪天候の場合は、Erstfeld駅からの輪行も考えていました。
 道路標識で見かける自転車オートバイも現役。
 1922年(たぶん)につくられた水力発電所。
 自動車道が並走するので、交通量が少ない国道2号線で高度を上げていきます。谷を横切るのは鉄道橋。
 ゲシュネン(Goschenen)手前の3連ループ。ゲシュネン駅の先からゴッタルド鉄道トンネルに入ります。アンデルマットへ鉄道で行くには、ゲシュネンからアプト式のマッターホルン・ゴッタルド鉄道シェレネン線に乗り換えます。
 トンネルで一周して高度を稼ぎます。
 振り返ると、(たぶん)Schrotenstock峰(2773m)
 ゲシュネンが近づき高度を増してきました。鉄道ループは、あと2つ。
(つづく)

 昨夜から雨、一時は強く降ったようです。明け方も霧が湧いています。
 豪華な朝食をいただき、10時過ぎに小雨交じりのなか下山。
 実はチューリッヒ空港に着いた時から、リアのトップ側の3枚が使えない状態です。ディレーラーが微妙に傾きプレーリーとのズレがチェーンで吸収できません。昨日までの市街散策と登坂では回避できましたが、今日からは影響が出ます。
 先ずは山間の田舎道を走ります。暑いときは利用する水場。100年以上経つ水場も多く見かけますが、新しいものもありました。
 薪小屋。建物の中も薪で埋まっていました。
「郷土の歴史教育ですか?」
「そうなんだよ。この辺の土地は悪く16世紀に○○氏が開墾したんだ。子ども達に伝えなきゃいかん。して、おたくは休日かい」
「そうです。ミラノまで走る予定ですがゴッタルド峠の雪が心配。鉄道に乗るかも知れません」
「昨日は雪だったかも知れないな。まぁ、良い旅を」
 ちょうどお昼時。みんな、お弁当を持ってきていました。
 ツーク湖の東岸を南下しアルト。一時、陽もさしましたが霧雨基調。
 セーヴェン(Seewen)でミスコース。道を尋ねた二人連れはチベット人でした。
 雨脚も強まり、宿探しモードに。スイス連邦発祥の地を結ぶルツェルン湖(フィアヴァルトシュテッテ湖)東岸のジジコン(Sisikon)泊。レストラン併設の宿の主人(オーナーではなく店子)は、スリランカ人。28歳でスイスに来て16年、ドイツ語、英語もものにし、レストランは地元の人で賑わっていました。
 67.21km、4h34m

LABELS


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