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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

ミラノ(Milano)旧市街

2018年10月7日日曜日

 先ずは旧市街の観光。2015年にマルペンサ空港に降り立ちましたが、そのまま西へ走ったのでミラノ市街は初めてになります。
 走り出してすぐ、トラム31号線と一緒になりました。雨が止むのを待って出ましたが、霧が深い。
 日曜の朝なので交通量は少ないです。市街は一方通行が多いので、極力逆走とならないように。
 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア( Galleria Vittorio Emanuele II)
 ミラノ大聖堂(Duomo di Milano)
 ため息をつきつつ振り返る。
 前方にもなにやら。
 スフォルツェスコ城(Castello Sforzesco)
 中へも入れました。自転車は押し、犬には首輪。
 日曜日なので、センピオーネ公園(Parco Sempione)の出店で夕食用にチーズ(Caciotte del contadino)購入。5ユーロ。
 風に乗って音楽が聞こえてきます。大人の演奏、上手い。ヨーロッパ旅行の醍醐味です。
 ここまで 15.16km、1h52m

 エルバの宿の朝食はセルフサービス。イタリアに入ってからホテルの朝食付きは当たり前で、宿泊料を聞いた時に触れられず、
「朝食の時間は7時からね」
「えっ、それ含まれてるの?」
「えっ、もちろん」
 と言う感じなので、実態は部屋貸しなのに、ここも「朝食付き」になっています。
 電子レンジ、食器があるので、昨夜はクノールのインスタントおじや、朝は用意されている物に加えて、栗を自炊しました。ギザッロ教会への上りで拾った栗、水煮で十分うまい。
 エルバはアルプスの南端とポー平原の境目にある小都市で、位置関係だけで泊まった町。朝の散策、右下は「よかったら来てね」と言ってた、宿主のお店。
 行程に余裕があるので、11時にミラノへ向けて出発。土曜日なのでロードバイクも多く走っています。
 パウロさん一家。一時、千葉にいたとのこと。親父のバイクはカンパニョーロの 7速。すごい!!
 カンパを自慢するあまり、息子のバイクを指して、これは Shimano China だからな~、と言ってしまう。日本製と思ってた長男の顔がみるみる曇る。罪なオヤジ。
 モンツァ(Monza)手前。これ、看板建築?
 幹線道路の車速が早くなってきたので、自転車道で進みます。ラウンドアバウトで道を間違えた先は、Villa Reale di Monza (モンツァの王宮)
 途中まで自転車で入れました。
 中は、カフェや小物のお店。広い公園の中にモンツァ・サーキットがあります。知ってたら行きました。
 雨が降ってきたので、早めにチェックインしようと、今朝ネットで予約したホテルへ行くと「クレジットカードがはねられたので、あなたの予約は取り消された。今日は満室なので、他のホテル(高い!)を紹介する」
 ・・・途中、いくつかホテルを見たので、飛び込みで探しに行くことにします。
 幹線道路沿いのホテルは満室で、今回、最大のピンチに。
 街角のカフェ(数軒)にWIFIはなく、開店準備中の飲み屋おかみに尋ねると 「(イタリア語で)チノ?、着いてきなさい」と連れられていった先は中国人のカフェ。店主が英語を話せたのでホテルを尋ねていると、客の一人が教えてくれました。
 行動が下町のおばちゃん風ですが、妙齢の金髪美女なのが不思議(笑) 助かりました。
地図は迷走のログ、右上はリジェクトされたホテル、右下は泊まったホテル。
(予約がリジェクトされた理由の推測)
 リジェクトのメールは来ていましたが、出発後だったので見れず。
 「利用可能額」には達していないので、「カード会社が任意で(勝手に)設定していると思われる海外での制限額」 または、ホテルの「クレジットカードの有効性確認および予約保証のため、到着前に所定額を一時的に確保する権利を有します」の "所定額" によるものか。

 51.85km、4h04m

 今日の目的地はサイクリストの聖地、ギザッロ教会(Madonna del Ghisallo)。フェリーでベラジオ(Bellagio)へ渡れば近いのですが、コモ湖畔も走っておきたいので、陸路レッコ(Lecco)経由で行くことにします。
 先ずは教会の泉でボトル満タンに。泉待ち行列は英国から来たみなさん。
 景色は良いが、走りやすい道ではありません。
 レッコから対岸のマルグラーテ(Malgrate)
 サン・ニコロ大聖堂(Basilica di San Nicolo)
 コモ湖の流出口、アッダ川の橋から。
 ベラジオ方面へ北上。湖岸を走りたいが2度にわたり私有地で道が封鎖され、引き返して長いトンネルを走ることに。
 オンノ(Onno)の集落。港の造りが漁師町だったように感じます。
 ヴィズニョラ(Visgnola)から折り返す形で半島の稜線へ。画像は北方向。
 道路標識は 14% を表示。ジーノ・バルタリとファウスト・コッピがジロ・ディ・ロンバルディア(1950)で競った場所。
 厳しい上りが続きます。押しも入りました。
 予想より1時間以上遅い16:40 ギザッロ教会到着。 「ジロ・ディ・ロンバルディアでは、選手たちが教会の脇を走り過ぎるときには鐘が打ち鳴らされ、観衆の興奮は最高潮に達する」 (BEL CORRENTE)
 1949年にローマ法王ピウス12世が、ギザッロ教会の聖母マリアを “サイクリストの守護聖人” として布告しています。由緒正しい聖地です。
 今日の宿はエルバ、自転車博物館に寄る時間はなく、神のご加護の下(教徒でないのでなかったと思うが)高速ダウンヒル。朝、Booking.comで予約しましたが、到着時間を求めるメールが入った Airbnbっぽい宿。オリベッティのタイプライターは棚にあったのを撮影のためベッドにのせました。
 77.09km、5h32m

 宿が駅の向かい。自転車運搬エリア、朝の通勤通学風景。
 ゴッタルド鉄道トンネル(旧トンネル)を挟んで、7つのループ。
 朝もやの中、ティチーノ川に沿っての下り。ベリンツォナ(Bellinzona)のお城は世界遺産(後で知りました)。道路の排水口の蓋はロードバイク対応?
 電話ボックスが、LITTLE FREE LIBRARY(不要な本の交換用か)に。なぜ、英語表記なのかは謎。
 マッジョーレ湖の遠望。この日は小さな峠をいくつも越え、獲得標高は今回最大の2074mになりました。
 道の難しいルガノ(Lugano)を横断しルガノ湖畔を西へ。スイス出国、イタリア入国。職員がおらず、アイコンタクトすら無し。
 ユーロで食料補給。買いませんでしたが、すしは15-20ユーロ。品揃え豊富です。
 メナッジョ(Menaggio)到着。ここからフェリーで対岸のバレンナ(Varenna)へ渡ります。
 自転車と合わせ 5.6ユーロ、15分の航路です。
 バレンナ着岸。
 港から Agriturismo Castello di Vezioを目指して登坂。が、入れず。頼みのインターホンは、滲んだイタリア語が9個所。レセプションがどれだかわかりません。イタリア語が分かるか、インターホンを片っ端から鳴らすイタリア人気質がないと入域不能。要はイタリア人限定なのか(笑)
 侵入路も見つからず、断念して山下り。
 今回の最長走行距離、最長乗車時間、最大獲得標高の長い一日が終わりました。
 92.87km、6h52m

 "Passo San Gottardo" 今回の華、ゴッタルド峠越え。アンデルマット側からは雲の中。同宿のドイツ人は「やめた方がいいんじゃない」ですが、宿の息子は「雪は積もってない。行くべきだ」 迷った時は Go。
 ホスペンタール(Hospental)で盆地を抜け本格的な上りに。アンデルマットは中央奥。
 広いカール。きつい坂には見えないが。振り返ったところ。
 峠手前、ウーリ州(ドイツ語圏)とティチーノ州(イタリア語圏)の境界を越えたあたりで平坦になり、石畳の旧道が現れます。(右)1918年、(左)2018年。
 小さく写る前を行く3人は、ドイツ人のご夫妻と14歳の息子。ご主人はデュッセルドルフのホテルオークラで働いていたことがあるらしい。
 「あなたがドイツの最も古い都市trierに来たなら、私たちはあなたのためのガイドを喜んでします」とのこと。トリーアはローマ帝国の拠点で、モーゼルワイン発祥の地。
 ゴッタルド峠(2106m)到達。北海へ注ぐライン川と地中海に注ぐポー川の分水界。
 (右)1918年、(左)2018年。
 峠には要塞(今はホテル)。永世中立を保つのは大変。
 峠の広い鞍部には湖沼が点在しています。
 峠を越えると空が明るくなりました。路面はずっと石畳。
 低速ダウンヒル。休まないと握力が持たない。
 ドイツ、スイス、イタリアを結ぶ歴史の道。
 100年前と変わらぬルート。
 ティチーノ川の谷に出ると、足元はアイロロ(Airolo)の街。
 ボーディオ(Bodio)のゴッタルドベーストンネル南側口。
 宿探しモードに入り、ビアスカ(Biasca)駅前のホテル。宿の主人はイタリア人でした。まだスイスですがイタリア語圏、ネスレの独占も崩れています。スーパーには栗。
 67.19km、4h34m

LABELS


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