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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

妙高赤倉~野尻湖~長野

2018年8月15日水曜日

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 朝食前に赤倉温泉足湯公園へ。距離は1.9kmですが平均斜度7.1%、134mの上り。お湯でなく体が暑すぎて、そのまま戻ります。1816年(文化13年)開湯、日本唯一の藩営温泉(高田藩)だったらしい。
 先ずは、北国街道に沿って南下。北国街道は、追分で中山道と分かれ善光寺を経て直江津へ続く脇街道。
 関川宿の高田藩本陣跡。高田藩は専用の本陣を持っており、昭和末期まで現存していました。
 関川関所跡。交通の要衝で、R18、上信越自動車道、しなの鉄道北しなの線(元の信越本線)が通じています。
(備忘)
 高崎 - 横川 (JR信越本線)
 横川 - 軽井沢 <廃線>
 軽井沢 - 篠ノ井 (しなの鉄道線)
 篠ノ井 - 長野 (JR信越本線)
 長野 - 妙高高原 (しなの鉄道北しなの線)
 妙高高原 - 直江津 (えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン)
 信越国境を流れる関川。ただし、ここは右岸も越後(新潟県)。
 黒姫山。標高2053mの成層火山。見えているのは外輪山で、中央火口丘は2046m。最高位は東関脇。
 野尻湖。湖面は657m。湖畔は涼しかった。
 柏原宿。本陣跡は信用金庫。
 小林一茶旧宅(解体復元)から、古間(ふるま)宿、本陣跡は民家。
 北国街道を離れ、坂中峠を長いトンネル(1390m)で抜け長野市へ。
 長野市の気温は13時で 33.9度。松本まで走る予定でしたが、やる気を無くし青春18きっぷで輪行。
 篠ノ井線姨捨駅のスイッチバックと車窓からの善光寺平。
 松本からの小淵沢行が塩山行になっていたので喜んでいたら、この日は諏訪湖祭湖上花火大会。臨時列車も多数出ていましたが、塩尻、岡谷とどんどん混み合い下諏訪までは朝の通勤列車並の混雑。のんきに輪行袋をかかえ、ご迷惑をかけました。
 43.10km

飯山~斑尾~妙高赤倉

2018年8月14日火曜日

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 東京発 6:28 の北陸新幹線で飯山(8:19)へ。お盆の早朝とは言え、首都圏の電車は避けたいので東京駅まで自走、25.30km。
 自走輪行も、ちらほら。北陸新幹線車両には、荷物置き場がありました。
 飯山駅は2016年の北陸新幹線延長に合わせ2015年に運用開始。簡素な旧駅舎とは大違い。台灣高鐵の駅を連想しました。
 隈研吾建築都市設計事務所 設計の「飯山市文化交流館なちゅら」
 今日のルートは、斑尾高原を抜けて妙高の赤倉温泉への山岳ステージです。昭和5年修正測図の1/50000「妙高山」とルートをGoogle Earthに載せたもの。
 9時の気温は飯山で 27.5度。斑尾高原への登坂は非常に厳しい上りになりました。涼しい高原の想定は大はずれ。
 上りきったところで、両太ももの足つり。早目の昼食、大休止で、なんとか治まりまりました。30度近いと思いますが、建屋に冷房はありません。
 一旦長野県に入り、関川を渡ると新潟県妙高市。妙高高原駅横の観光案内所にはレンタサイクルあり。モンベルのロードは半日2000円、街乗り車は200円。
 妙高高原駅は、1969年(昭和44年)までは田口駅。
 一休みして赤倉温泉の Restaurant Massa & Petit Hôtel des Eaux-Vives。ここで、2016年 TDFのMont Ventoux(フルームが足で走った日)で知り合い、マルセイユの自宅でごちそうになったYuka、Jean-Jacques夫妻と再開。Yukaさんの実家が妙高で3週間のバカンス中です。ジャージはその際、Jean-Jacquesにもらったもの。
  Massaのオーナー夫妻は2015年までジュネーブでレストランをやってたので、4人でフランス語で盛り上がっています(泣)
 31.15km、2h54m。 東京駅まで 25.38km、1h32m

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 「千葉・地図ラーの会」2周年を記念してのトークセッションと音楽ライブ。仲間内の夏祭りとも言えますが、妙にタレントが多いスリバチ系。どんな進行となるのでしょうか。
 雷雨が通り過ぎるのを待って荻窪まで自走。余り地図を見ずに適当に走ると、成城の台地を巻く道へ。
 昭和7年発行の「溝口」1/25000 だと、田んぼ宅地の境目の道です。
 樫尾俊雄発明記念館の段丘下入り口。樫尾四兄弟の一人で、カシオの技術を支えました。
 荻窪駅南第二駐輪場に自転車を停め、会場の荻窪ルースターへ。
 以下の写真は、塩澤一洋成蹊大学法学部教授の手によるもの。写真家としても有名で、スティーブ・ジョブズ氏を撮影した写真は、世界の雑誌の表紙を飾りました。スリバチバンドのドラマー、島田泰子二松学舎大学文学部教授のお友達です。
 帰路は環八から荒玉水道道路。環八にも自転車マークが書かれていました。安心して走れ・・・ます。
 38.16km、2h38m

うだつの街とデ・レーケ堰堤

2018年7月31日火曜日

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 木曽三川の分流など、明治の治水で活躍したヨハネス・デ・レーケの堰堤が現存する脇町大谷川へ行きました。
 吉野川南岸を走り穴吹町三島から潜水橋で脇町へ。この道、歴とした徳島県道199号線です。
 うだつが上がった家々。
 美馬市脇町南町は「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
 オデオン座(脇町劇場)は1934(昭和9)年の建造。
 オランダ人土木技師ヨハネス・デ・レーケは明治6年来日。帰国まで30年に渡り、砂防や治水の近代化に尽くしました。
 木曽三川の改修とは異なる小作品。資料は残っていないようです。
 稲田家の家臣(明治維新後、徳島藩士が襲撃した)が多く住んだあたりから撫養街道沿いの建物。
 帰路は北岸を走る。第十堰の上流にある第十樋門。旧吉野川の起点。
 吉野川第十堰。洗堰で問題なし。
 ここに可動堰をつくれば風景が一変した。
 北島まで戻り、麺喰い屋澤で塩山椒。熱中症リスクのあるサイクリング。今日の場合は、“腹を満たす“でなく塩分で“命をつなぐ“。
 94.6km。

LABELS


mail: boso.cycle@gmail.com