| 最終日の朝食。 |
| 珍しいものを一通り取れる。 |
| 沖縄県営軽便鉄道、与那原駅舎資料館 |
| 入場券。 |
| 那覇駅 |
| 空港横の那覇軍港。たぶん、第835米陸軍運輸大隊。 |
| 梱包完了。DAHON K3 だと使えたカートンには入れられません。 |
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那覇空港タイムラプス(16倍速、33秒) |
| 36.2km |
| 平良海岸の夜明け。 |
| 慶佐次湾(げさしわん)のヒルギ林。沖縄本島最大級のマングローブ林です。マングローブは植物の名前ではなく、潮の満ち引きの影響を受ける汽水域に成立するヒルギなどの森林のこと。 |
| 底仁屋(そこにや)の御神松。推定樹齢200~250年以上のリュウキュウマツの巨木。沖縄に松があったのは意外。 |
| 底仁屋の褶曲。旧国道331号沿いの切り通しで見られる露頭。旧道、自転車は通れます。 |
| 三原地区会館で大休止。職員の方と雑談。三原が字(沖縄の行政区)となって2025年で100年。波乱に飛んだ歴史は、明治期:士族移住による新しい集落が生まれる。沖縄戦後の疎開・避難民で人口急増、1970年名護町などと合併し名護市に。 |
| テビチ定食。テビチとは、豚足の煮込み。今日のロングディスタンスはこれで。 |
| 二見大橋からの大浦湾の埋め立て地(キャンプシュワブの拡張) |
| キャンプ・シュワブ 大浦湾ビーチ。今は、埋め立て工事車両の出入口。 |
| 抗議の人たち。御婦人と少しお話「軟弱地盤が深く埋め立ては困難、普天間飛行場の移転は実現しないだろう」都市部のインテリ女性って感じでした。 |
| キャンプシュワブの正門(多分) |
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辺野古の一里塚。復元したもの。薩摩の「正保三年琉球国絵図帳写(1646年)」に記録があるとのこと。
ChatGPTへ聞いてみると --> |
| 辺野古龍宮神とキャンプシュワブ辺野古側埋立地。ここでも、基地の写真を撮っていた闘士風の女性に聞くと、埋立地の盛土が高いのは、大浦湾側の浚渫が半端ないから」とのこと。ここでも、「基地建設は困難。建設会社は完成しないのを知っている」・・反対運動が普天間飛行場の移転延期とリンクしないよう、気を付けている感じを受けました。 |
| 沖縄市に入り、昔はよくニュースで聞いたゴザ十字路を過ぎ、小高い丘の上へ。前日とは打って変わってデラックスホテル泊。 |
| 見えているのに近づけない難儀な立地ですが、お部屋も眺望も申し分なし。 |
| 76.6km |
| 本部半島の付け根を抜け、西海岸を東へ。今日も風が強い。 |
| 塩屋湾を塩屋大橋で越え右折。この手前からは、やんばる3村(国頭村・大宜味村・東村) |
| マングース北上防止柵:外来種でマングースのやんばる核心部への侵入を防止する柵。今日のルートは防止柵に沿うように東岸まで走ります。 |
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大保(たいほ)ダム:重力式コンクリートの本ダムとロックフィルの脇ダムの構成。 福地(ふくじ)ダム。大本ダム:ロックフィルダム。高さ 91.7m(沖縄最大)、上流側にも洪水吐。 |
| 大保ダム、メインダム。 |
| 大保ダム、脇ダム。 |
| 福地ダム |
| 福地ダム。下流洪水吐、下から。 |
| 福地ダム。下流洪水吐、上から。 |
| 福地ダム資料館からのダム湖。 |
| ダム湖の突端。 |
| 福地ダム上流洪水吐(こうずいばき) |
| すぐに太平洋 |
| 上流洪水吐~大泊橋~太平洋。insta360 |
| 東村役場のある平良まで戻り、ネット予約できた宿へ。夕食もここで。ゴルフの宮里藍の出身はこの集落とのこと。 |
| 55.1km |
| 強い西風のなか出走。瀬底島への瀬底大橋。風が強すぎて橋の途中で引き返しました。 |
| 歩きで本島をまわっているオランダ人夫婦。ヨーロピアンらしいリアル・トラベラー。 |
| 半島先端部の備瀬崎(びせざき) 沖に見えるのは伊江島の城山(タッチュー)172m |
| 半島を3/4周したところで屋我地島へ。ワルミ海峡の絶景。 |
| コンクリートアーチ橋のワルミ大橋。ワルミは "割れ目" 由来 |
| 屋我地島から古宇利島へ。 |
| 古宇利大橋は 1960m。 |
| 古宇利島を一周し、再び古宇利大橋を望む。 |
| 屋我地大橋を奥武島(おうじま)へ。 |
| 羽地奥武橋(はねじおうはし)から本島へ。羽地(はねじ)内海の干潟は鳥獣保護区に指定されています。 |
| 名護に戻り夕食はテイクアウト店でチキンライス on レタス |
| 二泊したホテルの屋上から。 |
| 69.0km |























































