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DAHON K3

DAHON K3
2019年購入。14 inch,7.8kg,3速。

KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。けっこう走れます。2019年、退役。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は25年間ノートラブル。2017年、退役。
 
 

 チューリッヒ湖の標高は406m、市街西のユトリベルク(Uetliberg)山は870m。山頂近く(812m)まで鉄道で登れる山です。市街を走った後、山頂のホテルへ向かうことにします。
 朝は宿の周りを散策。日曜日でも開いている中央駅地下のスーパーで携帯食を購入。ホテルの裏手にはしゃれた自転車屋があり、備え付けのポンプで空気を入れている若い女性が。手伝いましたがポンプが不調なので宿に戻り携帯ポンプで支援。ヒジャブの彼女、なんとチューリッヒ工科大の学生。アインシュタインの後輩ということです。湖を2つ周り 140kmくらい走ると言ってました。
 快晴。先ずはチューリッヒ湖畔へ。
 よく見かける標識。最初は自転車不可と思いましたが、自転車オートバイが不可。日本でも昔はちょくちょく見かけましたが、スイスでは少ないが現役です。
 チューリッヒ湖。対岸に見えるのがユトリベルク山。
 湖畔にあるのが改修工事中のコルビュジエ・センター。知人のために設計した遺作です。
 市内の建物。
 旧市街の北、湖から流れ出るリマト川(アーレ川に合流し、最後はライン川)に沿って少し北上。道に迷いながら山麓を周る道を見つけ登坂開始。泉は早速利用させてもらいました。
 長い編成、20分間隔で走るスイス国鉄のS10線。
 山の中腹からは車両進入禁止となります。
 子どもを乗せて下ってきた若いおとうさんに、山頂への舗装路を教えてもらいます。終点のユトリベル駅からは、最後 50mの上り。
 山頂にあるホテル UTO KULM。今日はここに泊まります。運良く安く予約できました。
 ホテルの展望タワーから。
 右奥が、明日走るツーク湖への道。
 高校のクラス会その2。市街に宿を取る4名が到着し、夜はコース料理。今回、唯一のまっとうな夕食になりました。夜は雨になり夜景は楽しめず。下界へ降りる皆さんは、風雨のなか大変な目にあったようです。
 20.97km、3h17m

チューリッヒ空港から市街へ

2018年9月29日土曜日

 2年ぶり4回目のヨーロッパ。今回は初めての秋。チューリッヒからミラノまで走ります。ドバイ経由のエミレーツ航空。ヨーロッパはすべてエミレーツで行ってます。
 ドイツ、オーストリア、スイスにまたがるボーデン湖をかすめ北からチューリッヒ空港へ。
 空港で出てきた KHS F20-R45、リアディレーラーに傷が。傷は平気ですが、エンドが微妙に曲がり、トップ側3速だとチェーンが軋む感じ。怖くて使えません。2014年、スイスのシュピーツでのチェーン破断の記憶が蘇ります。
 空港からはスムースに脱出。
 走りやすい道。自転車レーンも、自転車に乗る人が設計している気がします。
 夜は高校のクラス会、女性陣馴染みのチーズ屋へ。客層は落ちたが味は変わらないなどど言ってます。
 チューリッヒ中央駅。
 散策後、各自取っている宿へ。
 10.40km 1h09m

詳細地図を見る
 段取りがすべてうまく行くと、ここを走っているはずです。

自転車のある風景 (7)

2018年9月25日火曜日

◆鳴門市瀬戸町北泊 <2015/6/25>
 小鳴門海峡の播磨灘への出入口にある漁師町。京都の伊根のように住居と一体化はしていませんが、海峡に沿う小道を隔てて自家用の舟着場を持っています。前方に見えるのは1971年に開通した小鳴門新橋。
◆イタリア、スイス国境 グラン・サン・ベルナール峠 <2015/7/16>
 ローマ道に面したアオスタの宿を出て38km、2000m上り国境越え。峠の下からは稜線が見えず、二段構えの厳しい上りでした。同宿の、アジア人を訝ってたとさえ思えた老夫婦が、グラン・サン・ベルナール峠へ向かう自転車乗りとわかると愛想が一転、色々話しかけてきたことなど思い出します。
◆暗峠(くらがりとうげ) <2014/10/14>
 大阪側から御厨(みくりや)、水走(みずはい)と由緒ある地名をたどり、河内国一宮の枚岡(ひらおか)神社。神社からは噂の急坂。押さずに上ろうという気は、すぐなくなりました。石畳の国道はここだけだそうです。
◆ベトナム メコンデルタ <2014/5/20>
 メコンデルタの真っ只中、チャビン省とベンチェ省の境界を流れるメコン川が分岐したコーチェン川(sông cổ chiên)。堤防がないので、TL(地方道)902号線は川から少し離れています。小路を分け入り河岸に出ると、待っていたのは笑顔でした。
◆三重県 関 <2015/10/29>
 鈴鹿峠から東海道を下り、平成の大合併で亀山市の一部となった関町。街道には切妻家屋が平側を道に向けて続いています。一つ一つは珍しいものではなく、軒高が揃っているわけでもありませんが、2km以上続く長さには本物の説得力があります。

標高グラフ付きの大きな地図を見る
 多摩武蔵野スリバチ学会の「調布から狛江へ府中崖線を辿る」に参加しました。京王多摩川駅集合、小田急狛江駅解散なので、小田急の和泉多摩川駅に自転車をデポして、多摩川沿いに集合地点へ歩くことにします。
 多摩川土手から二ヶ領上河原堰。二ヶ領用水の取入口は対岸。
 今日は多摩武蔵野スリバチ学会設立4周年。参加者は40名余り。相変わらずの動員力です。先ずは京王閣へ。
 調布駅から分岐するのは、砂利輸送のために建設した京王電軌多摩川支線で、1927年(昭和12年)に沿線行楽地として「京王閣」を開設。1949年からは京王閣競輪場。京王相模原線として多摩川を越えたのは 1971年(昭和46年)
 1/25000 溝口(昭和28年資料修正、発行)
 次いで調布市郷土博物館。新選組押し。ジオラマは近藤勇の生家(調布市野水にあった宮川家)。豪農と言ってよさそう。
 府中崖線下の角川大映スタジオから崖線上の古天神公園、下布田(しもふだ)遺跡。
 コンビニ休憩の後、今日の秀眉の崖線直登。
 上ったら下る。崖線下は染地せせらぎ遊歩道。かつては、ワサビ田があったそうです。布田、染地と由緒のありそうな地名が続きます。
 調布市と狛江市にまたがる東京都住宅供給公社の多摩川住宅。
 街区はイロハ・・ですが、ヘは欠番です。多摩川住宅案内図 by 仙川地図研究所。
 崖線下の水田、おそらく多摩川の氾濫域でもあった多摩川住宅エリア。
 左側が多摩川住宅。根川の河床が低いのは旧水田地帯の水抜きでしょうか。
 六郷用水取入口があったあたりから用水跡を兜塚古墳へ。
 ここの六郷用水が埋め立てられたのは1975年。兜塚古墳には三等三角点「和泉」、設置は1902年。
 松原通り(都道114号)が延長されるまで陸の難所だった田中橋から亀塚古墳、最後は泉龍寺に寄り狛江駅前で解散。反省会へ行くつもりでしたが、歩き疲れたのでパス。飲むと疲れが回復する人が羨ましい。
 歩き 15km、自転車 15km。

LABELS


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