| 早朝の重伝建地区(1:48) |
| 文化庁の「重要文化的景観」に、全国で最初に選定(2006年)された 『近江八幡の水郷』 |
| 西の湖(琵琶湖の内湖)を中心とした、公有水面、ヨシ地、集落(円山など)、農地、里山を含むエリア |
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ヨシ刈り (冬季)毎年の刈り取りにより品質を維持し、ヨシ原の更新を促す。 ヨシ焼き (火入れ)病害虫防除・新芽の成長促進のために行う伝統的管理。 ヨシ加工: 簾(すだれ)、葭簀(よしず) |
| 雷雨による雨宿りを経て、米原から新幹線で帰りました。 |
| 46.2km(+新横浜側 14.2km) |
| 紀伊半島を北上するはずですが、暑すぎて消耗、距離も延びず。所要のある近江八幡へ一気に輪行移動することにします。 |
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紀州藩田辺城跡は、水門のみ。 ・紀州徳川家の付家老・安藤家の居城。一国一条令の枠外。 ・吉宗の時代にも「紀州藩の付家老」という立場のままで、江戸幕府の中枢に入ることはなかった。 ・田辺藩の成立は幕末の1868年(慶応4年) |
| 和歌山まではサイクルトレイン・エリアなので、収納する必要はありませんが、その先へ続くのでパッキング。発車前の車内で行ったのは、冷房が効いているため。 |
| きのくに線(紀勢本線) |
| 阪和線。 |
| 大阪駅で新快速へ。 |
| 近江八幡駅到着。 |
| 近江八幡は2回目。夕刻の重伝建地区。 |
| 7.9km |
| 旧八幡郵便局、大正10(1921)年。昭和36(1961)年まで郵便業務を行っていました。 |
| 裏庭、2階。電話交換室だった2階には、取り壊された八幡小学校講堂などの図面が展示されています。 |
| アンドリュース記念館(旧近江八幡YMCA会館)昭和10(1935)年。 |
| 近江八幡教会:牧師館(元近江兄弟社地塩寮)昭和初期。 |
| 池田町ヴォーリズ建築住宅街の佐藤氏邸( 旧近江兄弟社ダブルハウス )大正9(1920)年。 |
| 八幡小学校(これは、ヴォーリズ建築でない) |
| 八幡商業高校本館、昭和15(1940)年。 |
| 村岡氏邸(旧岩瀬邸)昭和8(1933)年。 |
| ヴォーリズ記念館(晩年のヴォーリズ邸)昭和7(1932)年。 |
| 近江兄弟社学園ハイド記念館、昭和6(1931)年。 |
| ラ コリーナ近江八幡。藤森照信設計。近江八幡に本店を置く、たねや(和洋菓子、バウムクーヘンが主力)のコンセプトショップ。 |
| ヴォーリズ記念病院:ツーカーハウス(近江療養院)大正7(1918)年。 |
| 路地の多い近江八幡。レンタサイクルで周るのが丁度良い街です。 |
| レンタサイクル 20.5km。 |
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| 青春18きっぷで近江八幡へ。米原の一駅手前の湧水で有名な醒ヶ井で途中下車し、1915(大正4)年にヴォーリズの設計で建てられ、1934(昭和9)年に改築された旧醒井郵便局。 |
| 夕刻、近江八幡駅到着。今年(2018年)9月にオープンしたABホテル泊。夕食はチェーン店を避け、住宅地の中にある洋食屋アーサー。脱サラで初めて30年。ネットとは無縁の老夫婦の店ですが、最近はスマホを見てくる人がちらほらいるとのこと。 |
| レンタサイクル(500円/日)で建築巡り開始。ウィリアム・ヴォーリズは1880年生まれのアメリカ人で1905年来日、1910年設計事務所の「ヴォーリズ合名会社」を設立。教会建築や学校(関学、神戸女学院、明治学院など)を設計、1941年に日本に帰化。地元の近江八幡では、個人住宅も数多く設計しています。 |
| 近江商人の地元。明治期はハイカラな街でヴォーリズ以前の近代化建築も残っています。今は、赤い丸ポストが現役の街。 |
| 近江八幡市立郷土資料館。明治期に建てられた八幡警察署。1953年の改修はヴォーリズ建築事務所によるもの。 |
| 旧伴家住宅。江戸末期の建築。小学校、役場、女学校を経て、戦後は近江兄弟社図書館から市立図書館。 |
| 白雲館。1877(明治10年)に八幡東学校として建てられた擬洋風建築。1994年解体修理、現在は観光案内所。 |
| 日牟禮(ひむれ)八幡宮。 |
| 琵琶湖水運の拠点として賑わった八幡堀。 |
| (つづく) |
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今日は、東海道の未走ルート鈴鹿峠を越えて関を目指します。 まずは山科へ。塩小路橋で鴨川を渡り醍醐道を走ることにします。地元の人に聞くと「滑石通り」。生活道ですが、ここにも宮内庁管理の仁明天皇女御贈皇太后澤子中尾陵がありました。ただ、ずいぶん遠い縁のような。 「長刀鉾」の注連飾り、八坂神社系のようです。ひと山越え、竹林を抜けると山科。 |
| 世界遺産醍醐寺の黒門前を通り横峰峠へ向かいますが、「車両で大津方面へは通りぬけできません」の案内。自転車は抜けられるだろうと進みましたが、標高60mから400mまで、押しでした。 (この部分、別報します) 醍醐寺、横峰峠越え |
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ずいぶん時間を使ってしまったので、急いで瀬田へノンストップ・ダウンヒル。自動車道(京滋バイパス)が見えてきたので場所を確認すると、全く別の場所。下る方向を90度間違えました。 Google Street Veiw で確認すると、左へ曲がるのが正しいルートでした。これで、横峰峠の押しと合わせ2時間遅れ。 |
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近江一宮建部神社から旧東海道、天井川だった草津川をくぐり「釜めし いずみや」。3年前に来た時に草津の昔の様子を教えてもらいました。その後、お送りした1964年のカラー写真は、当時から商売している方と一緒に見ていただいたとのことです。 江戸期の "草津ジャンクション" を右手に取り東海道へ。 |
| いい感じの旧道が残っていますが、時間に余裕がありません。 |
| 石部宿を越えると、まだ平地なのにいくつかトンネルが。これも天井川です。ずっと旧道をたどると日没必至なので、三雲からは国道1号線を交えながら走ることにします。 |
| ときどき案内板あるので、歩き・低速走行なら旧道をきっちりトレースできるでしょう。 |
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鈴鹿峠前で日没。国道を離れ旧峠へ進みますが、ライトが当たる場所以外は闇です。峠越えと言うより、肝だめしです。 国道に戻って、関までの長い下りも肝だめしでした。 |
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関宿は明日にまわし、亀山インターの宿にチェックイン。今回の旅は、名古屋までの新幹線パック+京都3泊で周りました。京都は定宿?の東横INN。亀山は、カンデオホテルズ亀山。自転車室内保管可の世界標準でした。 インター近く食べた四日市名物と言うトンテキは、味が濃くていまいち。 |
| 98.42km |






















































