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KHS P20-G

KHS P20-G
2026年購入。20inch,11.7kg,16速。

DAHON K9X

DAHON K9X
2025年購入。16 inch,9.5kg,9速。

LOG ADVENTURE-e

LOG ADVENTURE-e
2024年購入。27.5 inch,21.8kg,8速。

DAHON K3

DAHON K3
2019年購入。14 inch,7.8kg,3速。

KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。2025年 マルセイユで退役。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。けっこう走れます。2019年、退役。

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は25年間ノートラブル。2017年、退役。
 
 
ラベル 26-京都府 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 26-京都府 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

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 昨夜は、京都へ来るたびに行く都野菜 賀茂で "おばんざい バイキング" 完全に食べ過ぎ、宿で胃薬をもらう始末。
 京都最後の朝は、箱物として避けていた西本願寺。
 見たい飛雲閣は、ごく一部しか見えません。
 七条通を歩き、これまた箱物として避けていた三十三間堂。内部は撮影不可。
 広角21mmでも、ここまで。
 次いで、大和大路通から新麩屋町通、新車屋町通を北上し、京都市歴史資料館。ここでも、京都通史的な街並み変遷の展示はありませんでした。通りの並びには、新島襄旧邸。
 寺町通で河原町まで戻り、阪急で梅田へ。初めて乗りましたが、JRより安く速さも遜色ありません。頭端式ホームが並ぶ梅田で待ち合わせた某国の某嬢に「大阪ならこれ」と勧められ、お好み焼き。
 自転車抜きで通した今回の京都、歩き疲れて最後は息切れぎみでした。
 10km(歩き)

松尾大社、木嶋神社

2016年2月23日火曜日

 桂離宮参観後、松尾大社へ。
 京野菜と米を売っていた青年は、代々農家で一代飛ばして、農家を継ぐことにした。桂川の河川敷は、土が肥えており、いい野菜が採れる。
ブランド力のある京野菜ですが、現地で買うと安い。
 上桂の鎮守社 御領神社から延喜式名神大社 月読神社。
 次いで、渡来系の秦氏を祀る松尾大社。
 狂言「福の神」によると、松尾神は「神々の酒奉行」とのこと。
 桂川を左岸に渡り、四条通を歩くと梅宮大社。橘氏の氏社で、神社本庁に属さない単立神社。
 梅津段町で昼食。京都、実はこじゃれてない飯屋、たくさんあります。定食730円。
 太秦朱雀町の道路脇に唐突に現れる墓地。「朱雀墳墓地(ちびっこ広場等をふくむ)は、常楽寺、無量寺、西光寺、本瑞寺、願正寺の所有で・・」との「告」がありました。 京都、恐るべし。
 ほどなく平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院、広隆寺。
 太子道に分かれ木嶋神社(このしまじんじゃ) 正確には木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)
 蚕の社ですが、ここには三柱鳥居(みはしらとりい)が。京都、恐し。
太子道をたどろうと、通りがかったおばさんに尋ねると、長話になりました。
「太子道なんて聞いたことがない。この道は旧二条通」
「浜美枝さんが、あそこの屏のある家に下宿していた」
「吉永小百合さんも歩いていた」
「撮影所が燃えた時は、ぼんぼん爆発した」
「秦政権のころは、この辺が中心だった」
 (羽田政権??と思いましたが、平安京以前の話だった)
「今は京都の外れだから天皇はんの墳墓がある」
 (行ってみると、宮内庁管理だが、墓ではなく後宇多天皇髪塔。50年住んでるって言ってんだが)
 最後は、佐井通を南下し、西大路三条から京福電鉄嵐山本線で終点の大宮まで乗り、五条大宮の宿まで帰りました。
 18km(歩き)

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 桂離宮参観の予約が取れたので、歩きで桂川方面へ向かいます。
 先ずは、宿の近くの花屋町通を進み、島原大門へ。京都ならではでしょうか、有名な観光資源が、生活道の中に忽然と現れます。
 直線だった七条通が西京極からは、屈曲する元の西国街道となり桂大橋を渡ると桂離宮。
 実は、ヨーロッパの権威者(ブルーノ・タウト)にほめられて、舞い上がった途上国ニッポンの古い建物、と言った印象を持っていました。
 間違っていましたねぇ。考え抜かれた、知恵の塊です。
 この日は、密度が高く、午後は松尾大社、木嶋神社へ(つづく)

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 マラソン翌日は、事前に申し込んでおいた京都御所の観覧へ向かいます。昨日は快調だったLさんの歩きがロボット状態で、広い御苑で受付が遠い。。京都マラソンを走った台湾人と言うことで、少しお目こぼし? で、受付に間に合いました。
 京都駅で関空へ向かう彼らと別れた後、西本願寺の龍谷大学、大宮キャンパスへ。ここ重要文化財の建造物が目白押しです。
 次いで、平安京朱雀大路跡(今は狭い路地)、千本通を歩き、平安宮跡(何も無し)から京都アスニーへ。今回の京都は自転車無しなので、時間をとる見学箇所を重点的に回ります。
 京都アスニー「平安京復元模型」 1/1000だが大きい。双眼鏡が欲しい。
 20.0km(歩き)

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 台湾の友達が京都マラソンを走るので、応援+撮影に行きました。2012年の東京マラソンでは、途中でとらえることができずゴール地点のみの撮影になったので、今回は持ちタイムから周到に準備しました。
 ルート図。
 2012年の東京マラソンでは、遅延が大きくて使えなかった途中ラップのWeb開示もスムースで、位置の把握も正確にでき、三脚を使った動画、手持ちでの静止画ともうまく撮ることができました。
 フィニッシュを見届けた後、京都国立博物館。撮っていいのは、Tatemono と Tabemonoだけ。
 豊国神社、耳塚。一度ホテルへ帰って画像を整理してからのお疲れ様会まで、ひたすら歩いたので、総距離は22.1km、ハーフマラソンでした。
 22.1km(歩き)

醍醐寺、横峰峠越え

2015年11月8日日曜日

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 全線押しとなった山科の醍醐寺側からの峠越え(2015.10.28)ルートですが、この道、京都府道782号線です。旧版地図から変遷をたどってみることにします。
 取付きは車道とは思えませんが、なぜか車両通行止めの標識があります。
 斜度、線形とも一般車両では無理めですが、道幅は3m以上あります。押しっぱなしですが、担ぎ箇所はありません。
 上部まで来ると、傾斜もゆるやかに。路盤はしっかりしています。
 1/20000「膳所」明治42年測図、大正1.8.25発行。近代地図としては最初のものです。明治43年図式では、里道、連路の記号です。(大正6年図式では道幅1間以上とされる地図記号)
 現在の感覚では、山道(小径)ではなく、林道と言う感じでしょう。
 1/25000 「京都東南部」昭和6年部修、昭和7.10.30発行。道のグレードが上がり、おそらく「県道及びこれに準ずるもの」に格上げされています。道路としての官位は上がっていますが、土木的な規格は読み取れません。
 1/25000 「京都東南部」昭和39年修正、昭和40.4.30発行。昭和30年図式で、道路記号が土木的表現に変わっり、道幅1.6m以上の小型自動車道となりました。ルートも変わり、一部つづら折れが直線的になっていますが、上部の線形はゆるやかになっています。四駆のチャレンジャーなら抜けられたかも知れませんが、当時の乗用車では、無理めでしょう。
 現状の道は、このころ開削されたと思われます。横峰峠の東側に新たな道がつくられています。
 1/25000 「京都東南部」昭和45年修正、昭和47.4.30発行。道の線形が変わりましたが、等高線もかなり変わったので精度が増しただけでしょう。東側の幅員が広がり、峠東西の道路規格が逆転しました。
 1/25000 「京都東南部」昭和54年改、昭和56.9.30発行。取付き部と中腹で道の線形が変わりました。このころ最後の改修が行われたと思われます。
 1/25000 「京都東南部」昭和61年修正、昭和62.7.30発行。全く変わっていません。
 1/25000 「京都東南部」平成9年部修、平成9.10.12発行。平成になっても全く変わっていません。車道にする気は、なさそうです。

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