このブログを検索

最新のコメント

BLOG ARCHIVES

KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

大田黒公園ライトアップ

2017年11月26日日曜日

標高グラフ付きの大きな地図を見る
 東京野良スリバチ学会の暗渠歩きの後、杉並区立大田黒公園へ寄り道。
 音楽評論家の大田黒元雄の屋敷跡を整備した回遊式日本庭園で、この時期ライトアップを行っています。

 帰路は環八からR246。夜間走行、迫力ありました。
 60.39km、4:05

標高グラフ付きの大きな地図を見る
 東京野良スリバチ学会の「淀橋台暗渠スペシャル」に参加しました。集合場所の東中野駅へは、駒沢通りから戦前のオリンピック道路を経て山手通り。延々工事している記憶があった山手通りは、走りやすい道になっていました。新宿方面への定番になりそうです。
 総勢50名弱、まず神田川支流桃園川の支流谷戸川の暗渠から。
 1906年(明治39年)に開業した柏木駅。1917年(大正6年)東中野駅に改称されました。神田川と並行している谷戸川ですが、神田川とは逆の南へ流れています。(地図の外)桃園川と合流した後、神田川にそそいでいます。明治終わりの1/10000地形図では、神田上水を短絡して水車と建屋が描かれています。水力の製粉工場でしょうか。
 参道が残る氷川神社。旧中野村の鎮守社です。片側2車線の山手通りの脇に建っています。
 境内には銀杏の葉が舞っています。タイムスリップする場所。
 次いで、宝仙寺。平安時代後期の創建といわれる古刹で、中野町役場(地図記号の ○ )は、ここにありました。
 三重塔は1992年再建。塔の手前は臼塚。そばの一大消費地江戸・東京に接し、かつての中野は、そば挽きが盛んでした。臼塚は機械化により打ち捨てられた石臼を供養したもの。
 江戸名所で、旧地名 "塔ノ山" の基となった宝仙寺三重塔は、中野第十中学校の敷地中央にありました。形状が礎石を連想させますが、校舎の裏に移設されているので、戦災で焼失した塔の礎石ではなさそうです。なお、塔ノ山の現在の住居表示は、中野区中央(T_T)。
 神田川に架かる淀橋。角筈村と柏木村が合併した際の淀橋町。東京35区時代の淀橋区の基。地図にある淀橋姿、淀橋はともに"よどばし" と読む。なぜ、淀橋となったかは諸説あり。
 淀橋、神田上水助水堀、成願寺(じょうがんじ)から中野区、新宿区、渋谷区のトリプルジャンクション。
 次いで、暗渠の聖地 "はごろも児童公園"。神田川支流の和泉川跡です。「はじめての暗渠散歩」(ちくま文庫)のカバーに使われています。
 江戸の景勝地、十二社(じゅうにそう)。十二社池は、1968年(昭和43年)に埋め立てられました。
 池端には料亭、茶屋が立ち並んでいました。
 最後は、熊野神社から淀橋浄水場跡を経て都庁で解散。皆さんは反省会へ、私は都営大江戸線で、自転車を停めた東中野駅へ。
 10km(歩き)

標高グラフ付きの大きな地図を見る
 朝の最低気温は3度、冬の寒さです。新宿駅西口イベント広場へ向かいます。朝の二子玉川。
 青空に銀杏の映える駒沢公園。
 環七を抜け世田谷区と目黒区の境界を北上。スリバチ系フィールド・ワークで歩いた葦毛塚、蛇崩交差点を越え目黒川を渡って進むと鴻巣橋。走ってきた道は、昭和15年に開催予定であった東京オリンピックに備えて、競技場建設予定地であった現駒沢公園方面へ通じる道として作られたオリンピック道路。
 神泉から代々木八幡、参宮橋を越え新宿駅。運良く京王百貨店前の時間貸し駐輪場が空いていました。地下に下り「東京 橋と土木展」
 新宿駅の変遷。
 水戸市水道低区配水塔も紹介されていました。
 次いで国会図書館へ。新宿御苑横を走り四谷を突っ切り、半蔵門から桜田濠に沿って南下。
 国会図書館地図室で北海道虻田周辺の旧版地図を複写。
 街中を走る水陸両用バス、麺屋薫風。地下化された目黒線跡、目黒本町を走り駒沢通りで帰宅。
 52.20km、3:31

呑川下流と羽田空港View Point

2017年11月19日日曜日

標高グラフ付きの大きな地図を見る
 駒沢通りを走る度に気になっていた呑川。日本女子体育大学の向いから暗渠となった緑道を下っていきます。
 大正9年発行の1/25000地形図では、川沿いに狭い田圃が続いています。
 暗渠の地面が周りより高いのは何故だろう。桜を植えるためか?
 大岡山で東工大を抜けると開渠に。
 この水は、新宿区の落合水再生センターからの高度処理水。案内板には「清流復活事業を実施し・・、都民が水辺に親しむ・・」とありましたが、3面コンクリートから推測するに、神田川増水時のバイパス機能がメインでは。
 中原街道に架かっていた石橋の供養塔。これ、外国人には説明しづらい。
 蒲田からは付け替えられた旧河道を河口まで。これで、ゴジラ第2形態の上陸ルートを回避。
 旧河道の緑道は、昭和50年につくられたので、時代を感じさせます。
 ここからは、羽田空港View Pointめぐり。京浜島つばさ公園、城南島海浜公園、浮島町公園の順にチェック。風向予報で順番を変えたが裏目に出ました。
 京浜島つばさ公園。
 城南島海浜公園。B滑走路への東からの着陸なら至近距離で見られるが、今回は南風でNG。
 川崎側へ渡り、浮島町公園。
 帰る直前、風向きが変わりA滑走路から南東へ離陸するようになりました。
 帰路の浮島工場群。飛行機よりも工場萌えか。寒さ対策をして、夜の川崎浮島へ行くことになるのは間違いない。
 75.62km、4:58

標高グラフ付きの大きな地図を見る
 世田谷代官屋敷に併設されている世田谷区郷土資料館の「地図でみる世田谷」展へ。都心へ向かう定番の駒沢通りを深沢不動で左折し、世田谷区世田谷へ。
 地図に特化した展示。DVD付きの図録が、とても充実しています。
 次いで、ル・コルビュジエの弟子、日本近代建築の巨匠、前川國男設計の世田谷区庁舎。1960年建造の第一庁舎。
 1969年建造の第二庁舎。
 1959年建造の区民会館。建替か保存かで論争が続いていましたが、区民会館のみ歴史的建造物として保存することに決まりました。
 昭和の区民会館で、昭和なナポリタン。食券は硬券でした。
 地図を見ずに適当に南下。気になった建物は、向井潤吉アトリエ館、駒沢小学校、駒澤大学国際センター、東深沢中学校。
 森を目指すと浄真寺。知らない寺・・、九品仏でした。
 来てない訳は無いと思いますが、記憶ありません。紅葉を待ってまた来ましょう。
 次に見えた森は、多摩川左岸の亀甲山(かめのこやま)古墳。全長107mの前方後円墳。見た目は森。
 古墳のとなりは、1967年まで使われていた調布浄水場跡。ろ過池跡の庭には、地下貯水池からの脱気塔が残っています。
 丸子橋を渡り、中原図書館へ寄って帰宅。思いの外、充実したポタリングでした。
 36.45km、2:47

LABELS


mail: boso.cycle@gmail.com