| 2006年から始めたブログ「自転車物見遊山」(開設時は「房総丘陵を自転車で走る」)の輪行タグが、300回になりました。100回、200回と同じように、振り返ってみます。 |
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202回目:宮古島1 伊良部島、下地島 2020.1.9 DAHON K3 での初航空機輪行。IKEAの収納袋(布団袋)の簡易収納で、羽田から宮古島へ。2泊して伊良部大橋などを満喫しました。 |
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212回目:下栗の里 2020.9.2 2014年に東京ステーションギャラリーで「DISCOVER, DISCOVER JAPAN 展」を見て以来、気になっていた伊那谷の下栗へ。 青春18きっぷ。始発で出て上諏訪経由、飯田線に4時間,55駅乗って平岡駅着は13:37。そこから、DAHON K3で登坂。 |
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243回目:大森からバス輪行で長野へ 2022.6.30 輪行お断りが多い高速バスのなか、「自転車積み込みプラン」のあったWILLER EXPRESS で大森バスターミナルまで自走して輪行。長野からは、富山、能登、金沢とまわる8日間の長いツーリング。 |
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263回目:ルクセンブルグ~アルデンヌの森 2023.8.19 国内でも経験のない野宿をベルギーで行うことになった魔の輪行。ルクセンブルグを出てアルロン駅に着いたのは14:10、窓口で尋ねると 14:40の Libramont行きに自転車を乗せられることがわかり急遽輪行。 何とかなる、と思っていた宿が何ともなりませんでした。 |
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272回目:山中湖~富士山駅 2023.11.9 山中湖に泊まり、翌朝出発してすぐにDAHON K3のスポーク折れ。道志みちで帰る予定を変更し、富士山駅(旧富士吉田駅)から輪行。走れる14インチのDAHON K3、名車と言えますが繊細です。リムの摩耗も激しく結局ホイール交換へ。 |
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282回目:ディエンビエンフー~ハノイ 2024.4.28 ベトナム北部。3日前にリア変速機が破損。前の2段変速だけでラオス国境に近いディエンビエンフーにたどり着きました。鉄道のあるラオカイまでは300km、自転車を捨ててバスで帰る決断をしました。 翌日、民泊のオーナーに誘われご一緒した建築家のご夫婦が、チャーターしたミニバスでハノイへ帰るので、一緒に帰りませんかと言う願ってもないお誘い。あきらめていた KHS R451とハノイに戻れることになりました。めったにない僥倖でした。 |
| 大正期には国内トップシェアの農機具メーカーだった細王舎創業之碑。細王は、麻生区の地名(創業者夫妻の出身地)「細山」と「王禅寺」から一字ずつ取ったもの。戦後の技術革新に対応できず、1960年に小松製作所の傘下に。 |
| 細山の谷戸越しに見る多摩美(たまみ;元の細山字内野)の斜面。 |
| 細山神明社。拝殿が参道から下った位置にある。 |
| すっかり埋まったランド坂の谷。 |
| 盛土は30m越え。 |
| 谷があったころ。2021年7月撮影。 |
| GIANTS TOWN STADIUMでWBC観戦、ちがう。 |
| 橘樹郡生田村の北部、南多摩郡境あたりの変遷。 |
| 1990年ごろの航空写真と今日のルート |
| 最新の航空写真と今日のルート |
| 11.1km + 18km |
| 無事着岸。風も収まり、揺れもありませんでした。 |
| 岡田港を出帆したサルビア丸。この先、利島へ向かい14時過ぎに戻ってきます。波は収まり、神津島まで全て着岸できるようです。 |
| 2017年に御神火(ごじんか)スカイラインを走っているので、今回は裏砂漠へ。 |
| 大島一周道路から「月と砂漠ライン」を610mの駐車場まで登坂。そこから歩き。もく星号墜落箇所。1952年、米軍管制時代。全員死亡なのに、生還談話が毎日新聞に載ったという。 |
| 三原山。右が剣ガ峰(749m)中央火口は497m。 |
| 櫛形山(672m)から。 |
| 大島一周道路へ戻り南下し筆島。これも火山です。 |
| 波浮港。火口(マール) |
| 前回びっくりした地層切断面。長く続きます。 |
| 帰りは14:30出帆。ミステリーきっぷ、復路は2等船室。ひとり占めだったので問題なし。 |
| 巨大エビフライカレー。大島関連では、街角スーパーで買った「あしたばご飯」だけでした。 |
| 浦賀水道を過ぎ、富津岬沖の要塞島、第二海堡(1889年着工、1914年完成) |
| 定刻の19:00 竹芝桟橋着岸。昨夜と同様に、大井町駅まで自走します。 |
| 伊豆大島滞在8時間を1分に (0:60) |
| 56.1km + 7.0km |





















































