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中村駅~窪川駅(1970年開業)はJR四国、中村駅~宿毛駅(1997年開業)は土佐くろしお鉄道と思っていました。正しくは、中村駅~宿毛駅は土佐くろしお鉄道。 よって、JR予土線の窪川駅-若井駅は土佐くろの線路を走る。※青春18きっぷだと1駅分の料金が必要。 ということで、無知を恥じて? 窪川まで自走することにします。 |
| 旧大方町役場跡地。黒潮町成立(2006年)後は、本庁が置かれましたが、南海トラフ地震の津波試算を受けて、2018年に高台の新庁舎へ移転。 |
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土佐入野駅へ入線した土佐くろ車両。ヘッドマーク「OTSUKI」と描かれた車両は、高知県幡多郡にある「大月町」のラッピング列車。 土佐くろを財政的に支える沿線自治体として、路線のない大月町も参与。 |
| 太平洋岸に出て入野海岸。 |
| 窪川への上り。半ループ。少し離れた土佐くろもループ線。 |
| 窪川駅到着。ここで、自転車収納。 |
| 13:56 特急あしずり10号で高知駅(15:05)へ。 |
| 激変した高知駅。 |
| JRクレメントINN 高知にチェックイン。駅直結と思い込んでいましたが、駅横の駐車場併設ビル。 |
| ウツボが大迫力。ご馳走さまです。 |
| 49.2km |
| 朝の浦知(うらしり)集落。宿から。 |
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右は遍路宿。東屋にテントを張っているのは、大阪から来た歩き遍路5回目のベテラン。遍路宿にスペイン人が来たので、小屋を譲ってテントを張った。 この日は、オーストラリアからの女性2人組、同じくオーストラリアからのソロ女性、就職が決まった日本人ソロ男性とお話し。欧米人の歩き遍路が目立ちました。 |
| 楽校うらしり出発。泊まった家庭科室は、アメニティも充実し快適でした。 |
| 北西の風が強く逡巡しましたが、由良半島を船越運河まで走ることにします。曲がりくねった尾根は宇和島市と愛南町の境界線。同じ半島にありながらも、山を挟んで反対側にある村同士の交流は少なく、藩政時代から別の生活圏として発展しました。 |
| 宇和島市津島町曲烏(まがらす)の養殖真珠の作業場。養殖真珠の産出額は、一位愛媛県、僅差で長崎県、英虞湾(あごわん)をようする三重県は三位。 |
| 船越運河。 |
| 地名どおり、かつては舟を人力で山越えさせたようです。昭和35年(1960年)に工事が始まり、1966年に開通。 |
| 半島南岸に転じ、愛南町油袋(ゆたい) 平成の大合併までは内海村。ここも、真珠養殖のまちです。 |
| 町なかにあった旧御荘町、旧城辺町の境界を抜け昼食。若い女性がやってるのに、海鮮、ジビエの地産地消のお店。いよ盛りプレートいただきました。 |
| 高知県入り。この後、宿毛まで走り、中3で高知~中村を走って以来、長い年月をかけての四国一周完遂。 |
| 「浜田の泊屋」標識を見て寄り道。国の有形民俗文化財。いわゆる若者宿。右が役割を継承した? 公民館。 |
| 四万十川橋。 |
| 幸徳秋水墓近くの宿に到着。宿で飲み屋でない飯屋を尋ねると「ない」と言われましたが、なんとか見つけました。 |
| 82.2km |
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重伝建地区の西予市宇和町卯之町(せいよし うわちょう うのまち) 突然ですが、地名(住所)の変遷、構造が難しい。 (江戸期)卯之町→(明治・大正)卯町→(昭和)宇和町卯之町→(平成~)西予市 宇和町卯之町 |
| 宇和米博物館。宇和町小学校の旧校舎を移築したもの。 |
| 109mの長い木造廊下。展示資料館から「雑巾がけレース」のコンテンツ化、コワーキングスペース、サテライトオフィス併設により復活したとのこと。 |
| 開明学校。1882年(明治15年)竣工の擬洋風建築。国の重文。 |
| 雨が止まないので、愛媛県歴史文化博物館。江戸東京博物館風の大型施設。 |
| 店名に引かれて大学食堂。 |
| 広島文理科大学のそばで店を開いていたとのこと。美味い。 |
| 宇和島。ほぼスルー。 |
| 午後3時くらいに雨も上がり R56を南下。宇和海南部の真珠養殖。 |
| 廃校になった浦知小学校。 |
| 一日一組、泊まれる小学校。同居する食材製造組合の残り物、いただきました。付近にお店皆無。最寄りのコンビニまで8kmなので、行動食を用意していましたが、不要になりました。 |
| 51.4km |
| 広いバルコニーから半島先端方面 |
| 眼下に見える伊方町大久の集落。中村修二氏が生まれた場所です。 |
| 三崎港へ向かう国道九四フェリー。国道197号の「海上区間」を担います。 |
| 佐田岬駐車場から。灯台見えず。先端まで遊歩道を 1.8km |
| 一旦海岸近くまで下り、上りなおす道。自転車可能でしたが、途中で放棄しました。白い建屋(入り口)は豊予要塞付属施設。 |
| 佐田岬灯台。国の登録有形文化財(建造物)、1918(大正7)年に竣工。当時最先端コンクリート建築。 |
| 九州近い。指呼の間。 |
| (洞窟式)砲台跡のある大島。 |
| 三八式十二糎榴弾砲(レプリカ) |
| 佐田岬半島(約50km)の赤色立体地図と先端部。 |
| 復路。佐田岬港を振り返ったところ。 |
| 日没が心配で寄り道せずに走りましたが、八幡浜市と西予市の間の笠置(かさぎ)トンネル(1,157m)を抜けると夜。宿には真っ暗になって到着。ちょっとビビりましたが普通のホテルでした。 |
| 94.2km |




















































