| 2026/5/22 に浅間山の噴火警戒レベルが 2 から 1 に引き下げられ、前掛山山頂まで登れることになりました。いつものWさんと、前泊(車中泊)して入山。 |
| 天狗温泉 浅間山荘横の一の鳥居。 |
| 外輪山内側からの黒斑山(第1外輪山) |
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硫黄臭のする蛇堀川(じゃぼりがわ)谷頭。 1742年(寛保2年)に小諸宿を襲った「戌の満水(いぬのまんすい)」の原因として記録に残る堰き止め湖の決壊箇所はこのあたりかも。※ 「戌の満水」の主な要因は千曲川本流の増水のようです。 |
| 小諸市営の火山館。水場、トイレ(200円) |
| 浅間神社拝殿 |
| 内側から見た第1外輪山。足元は湯の平。 |
| 浅間山。実際に見えているのは第2外輪山の前掛山。 |
| 前掛山(第2外輪山)をつめ、黒斑山(第1外輪山)の高度(2404m)を越えたあたり。 |
| 中央火口丘と避難シェルター。 |
| 前掛山(第2外輪山)の稜線。 |
| まもなく、前掛山山頂(2525m) |
| 前掛山山頂からの浅間山中央火口丘。深田久弥の時代は中央火口丘(釜山)へ登れましたが、火山活動が活発な現在は立入禁止。前掛山を「日本百名山」としているようです。 |
| 前掛山(第2外輪山)の稜線。 |
| 避難シェルター |
| 下山後、小諸の「あぐりの湯こもろ」から |
| 15.6km |
| 前の東京五輪のころ |
| 江戸東京博物館。4年間の大改修を終え、2026.3.31 にリニューアルオープン。 |
| 特別展「洋館 明治の夢と挑戦」 |
| 国会議事堂案、第一銀行、中央停車場(東京駅)案 |
| 常設展。改修前の朝野新聞が服部商店へ。1893年(明治26年)朝野新聞本社は服部金太郎へ売却、今の銀座和光へ。歴史に沿った改修。 |
| ガーナからの学生さん。2-30人いて、修学旅行っぽい。 |
| 明治はじめ。 |
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両国から日本橋人形町へ歩き日本橋社会教育会館。日本橋小学校との複合施設で、日本橋図書館も併設。 日本橋小学校は、十思小学校(明治10年創立)と東華小学校(明治34年創立)を統合し、1990年に新設校として開校。 |
| 落語は吉原が舞台の人情もの。小もん、朝枝、ほか。みなさん、そつなく上手い。 |
| 2.9km |
| 朝のラッシュが終わった、たまプラーザ駅から。 |
| 収納は15分くらい。左右のペダルを外しましたが、背中にあたる右だけでよさそうです。 |
| 東急田園都市線 |
| 小田急江ノ島線 |
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サクサク歩ける訳ではありませんが、駅構内・並んでいる小さな田園都市線中央林間駅~江ノ島線中央林間駅くらいならオッケー。 |
| 江ノ島線藤沢本町まで輪行するつもりでしたが、踏切事故で大和で運転打ち切り。大和駅で開梱。 |
| 踏切事故はこれ。赤いアウディの単独事故。 |
| 相模川河口ちかくで合流する小出川。改修して直線化しています。運河ではありません。 |
| ベルマーレ・サイクルステーション・セオ。チェーンが馴染んできたので、変速機の調整をやってもらいました。 |
| 帰路。江ノ島遠望。 |
| 「ラチエン通りのシスター」10ナンバーズ・からっと(1979)より。 |
| ラチエン通りの「開高健記念館」晩年を過ごした自宅。開館日は 金・土・日・祝日のみ |
| 68.7km |




























































