| 八幡山。奥は琵琶湖対岸の比良山地。 |
| 江戸中期から新田開発が進んだ旧宇津呂村。 |
| 今宮天満宮。関西に多い、吹き放ち拝殿。 |
| 新開の森。 |
| 「今宮大明神 天満宮 御旅所」とありました。常楽寺三等三角点があるはずですが見つからず。 |
| びわこ よし笛 ロード。右は西の湖。 |
| 2004年(平成16年)の法改正で「文化的景観」が文化財として新設されました。選定基準は「生活・自然・歴史・持続性・景観のまとまり」 近江八幡の水郷は全国で最初の選定(2006年) |
| 西の湖ポケットパークとありました。 |
| 葦の間から声がすると思ったら、、 |
| 八幡山の山裾。近江八幡ユースホステル。1909年(明治42)建築の「蒲生郡勧業館」を移設したもの。国の登録有形文化財(建造物) |
| 昭和42年度(1967)着工の「津田内湖干拓事業」 農地と山地の間に獣害防止柵。 |
| 昔から地上だった微高地は日牟礼八幡宮御旅所。 |
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小船木町にある諏訪神社。これは、しめ縄ですか? とAIに尋ねると 「神社で用いられる“しめ飾り・しめ草(標縄)”の素材を吊して乾燥させている状態」との回答。 |
| 19.9km |
| 「かばた」のある宿出発。安曇川(あどがわ)の伏流水や "かばた" からの湧水を集めた針江大川。 |
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高島市で多く見られる「焼杉」っぽい木造民家。AI三者に画像を見せて尋ねて見ると、 「瀬戸内型の“焼杉”とは別系統の文化で、湖北特有の気候に合わせて“炙り+黒塗り”を併用した地域的な技法である可能性が高い」が多数意見。 |
| 白鬚神社。アジア系インバウンド多し。 |
| 琵琶湖大橋から。滋賀県の学習船「うみのこ」、県立の教育機関の舩とのこと。 |
| 橋を下り守山へ。 |
| 北上に転じ、長命寺へ登坂。 |
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「長命寺の紹介、200字程度で」 > 長命寺は、琵琶湖を望む長命寺山の中腹に位置する天台宗の古刹で、聖徳太子の創建と伝わります。八百段を超える石段の参道や、湖を一望する本堂の景観が名高く、境内には本堂・三重塔・三仏堂など多数の重要文化財が残ります。観音信仰の名所として知られ、湖東三山の一つに数えられる歴史深い寺院です。 |
| 近江八幡市街を抜け、地元資本のホテルニューオウミへ。ここに2泊します。 |
| 「ビワイチ」協賛ということで、自転車はお部屋に。 |
| 68.1km |
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地図の旅愛好会「近江八幡例会」に合わせて、琵琶湖の北部を周回。 新横浜 6:39 <ひかり> 米原 8:42。米原駅前のとび出し君。元祖と思われるので「飛出とび太」か。 |
| 天野川の源流域は醒ヶ井~伊吹山。琵琶湖に注ぐので淀川水系になります。 |
| 長浜城(長浜城歴史博物館)秀吉の最初の城。想像で作った模擬天守。 |
| 「大正時代を今に伝える東屋」(大正期に建造と思われるが不明瞭なのであいまいな表記) |
| 知らなかった琵琶湖の姿 |
| 西野放水路(通称:西野水道)は、大雨のたびに氾濫を繰り返していた余呉川(よごがわ)の水を山をくり抜いて琵琶湖へと逃がすために建設された排水用トンネル。 |
| 1845年(弘化2年)完成の初代トンネル(放水路) |
| 2代目「西野放水路トンネル」(1950年完成)、高さ4m×幅4m |
| 3代目「余呉川放水路西野トンネル」(1980年完成)、高さ10.3m×幅10.3m |
| 旧賤ヶ岳隧道。煉瓦トンネル時代終盤の昭和2年(1927年)完成 |
| 琵琶湖、大きい。 |
| 高島市マキノ町。琵琶湖北岸のは雪国。道路には消雪パイプ。これにも驚きました。 |
| 「かばた(川端)」 比良山系から湧き出る地下水(伏流水)を利用した洗い場。自噴する「生水(しょうず)」のかけ流し。 |
| 今夜は「かばた」のある宿。地場の縫製会社の副業。 |
| 72.4km |




















































