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地図の旅愛好会「近江八幡例会」に合わせて、琵琶湖の北部を周回。 新横浜 6:39 <ひかり> 米原 8:42。米原駅前のとび出し君。元祖と思われるので「飛出とび太」か。 |
| 天野川の源流域は醒ヶ井~伊吹山。琵琶湖に注ぐので淀川水系になります。 |
| 長浜城(長浜城歴史博物館)秀吉の最初の城。想像で作った模擬天守。 |
| 「大正時代を今に伝える東屋」(大正期に建造と思われるが不明瞭なのであいまいな表記) |
| 知らなかった琵琶湖の姿 |
| 西野放水路(通称:西野水道)は、大雨のたびに氾濫を繰り返していた余呉川(よごがわ)の水を山をくり抜いて琵琶湖へと逃がすために建設された排水用トンネル。 |
| 1845年(弘化2年)完成の初代トンネル(放水路) |
| 2代目「西野放水路トンネル」(1950年完成)、高さ4m×幅4m |
| 3代目「余呉川放水路西野トンネル」(1980年完成)、高さ10.3m×幅10.3m |
| 旧賤ヶ岳隧道。煉瓦トンネル時代終盤の昭和2年(1927年)完成 |
| 琵琶湖、大きい。 |
| 高島市マキノ町。琵琶湖北岸のは雪国。道路には消雪パイプ。これにも驚きました。 |
| 「かばた(川端)」 比良山系から湧き出る地下水(伏流水)を利用した洗い場。自噴する「生水(しょうず)」のかけ流し。 |
| 今夜は「かばた」のある宿。地場の縫製会社の副業。 |
| 72.4km |
| 楽天で予約した三沢シティホテル。夕食は近場の町中華。ホテルの朝食は、地のものも多く、良。 |
| 電話で前日予約。東通村、南通旅館。申し分なし。出発の際に食べ物の差し入れいただきました。 |
| Agodaで、ホテルユニサイトむつ。夕食はホテル前の無国籍レストラン。ホテルの朝食は、地産でないものも多いが、満足。 |
| 電話で前日予約。大間町海峡保養センター。温泉大浴場は、漁師さん多数。大間のまぐろは美味かった。 |
| Agodaで、ホテルユニサイトむつ。国体で込んでて、最後の一室。2日前より高かった。夕食はホテル前の無国籍レストラン。朝食はとらずに、沿道の食堂。350円だが真っ当な醬油ラーメン。 |
| 電話で前日予約。野辺地。ビジネスランド豊楽。セルフで、大皿、小皿を取る方式。朝夕とも美味い。特に、夕食のおでんは出色。 |
| 総距離 460km |
| 野辺地は北前船の要港。常夜灯と復元した北前船。 |
| 「みちのく丸」船大工の技術継承を兼ねて復元した北前型弁才船。 |
| 野辺地八幡宮。南部氏は源義家(八幡太郎)の弟、源義光(新羅三郎)の直系。今回の下北半島サイクリングで八幡神社が多かった理由。 |
| なつかしい「片倉シルク」の琺瑯看板。今は、自動車整備工場。 |
| つかず離れずだった埼玉大学サイクリングクラブ。 |
| 高級車ぞろい。自転車乗りの貧乏学生というわけではなさそう。失われた30年で国際的に日本は取り残されましたが、絶対的には豊かになりました。 |
| ほたて大橋。1960年代後半(昭和40年代前半)に「ホタテ養殖」が安定化するまでは、釧路のサケマス工場への出稼ぎが定常化していたとのこと。 |
| 江戸期の奥州街道は白河まで。実質的には、仙台松前道へ続き、三厩(みんまや)まで。 |
| 浅虫温泉、辰巳館。昭和13年(1938年)の創業。青森市の奥座敷。 |
| どちらの道でも青森空港。(登り勾配9%)とは、自転車乗りへの揺さぶりか・・。実際は積雪時の注意だと思いますが。 |
| 押しました、、 |
| 空港直前の橋が有料道路。普通車220円、自転車20円。 |
| う回路はありますが、とんでもないアップダウン。右が空港エリア。20円どころでない価値があります。 |
| 自転車収納中にお隣に。伊丹空港へ飛ぶロード乗り。お話していると高知医大出身ということが分かり、梼原や四国カルスト天空の道など、ローカルな話題で盛り上がりました。 |
| 定刻に羽田着。国内では珍しく、預け荷物がターンテーブルで出てきました。 |
| 最寄り駅までバスで移動し、恐る恐る開梱。P20-Gの初航空機輪行です。 |
| 人馬とも損傷なし。雨つづきでしたが、最後の2日は晴れ。記憶に強く残るのは雨の日か。 |
| 63.2km、4h18m |


























































