| 今日も強い雨。宿のご主人に喜入駅まで送ってもらい、全線輪行で宮崎空港へ向います。この日は、志布志から宮崎空港へ走る計画でした。 |
| 4日前に素通りした鹿児島市内を散策。大久保利通生家と西郷隆盛生家を歩いてみました。薩摩維新ふるさと博の初日と言うことで、鹿鳴館ガールとお会いできました。 |
| 鹿児島市電の「観光レトロ列車」・・、解説が下手なのが残念。 |
| 宮崎ブーゲンビリア空港、ソウル、台北、香港線があり十分に国際空港でした。最後の夕食は宮崎ラーメン響。 |
| 東京は晴れていたので、出口に近い国際線ターミナルまでバスで移動し、そこから自走。 |
| 九州での走行距離は 354.68km。 |
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| 宿のご主人に登山口まで送ってもらい、8:30 歩き始めます。小雨。枯れた沢を登っていく感じです。 |
| 木々が多く視界がありませんが、六合目あたりからところどころで視界が得られます。南東方向の長崎鼻。 |
| 登山道は山腹を巻いているので、七合目はほぼ南向き。この頃から雨脚が強くなり眺望も失われてきます。屋久島、種子島が全く見えなかったのは残念です。 |
| 10:30 山頂到着。ずっと雨ですが、岩(火山性)がまったく滑らないので助かりました。 |
| 山頂から見えるのは北方向。入野から頴娃(えい)にかけての海岸線、右は池田湖。 |
| 3ヶ所、縄を張っている場所がありましたが、無くても登れます。雨の中、開聞小の5,6年生が課外時業で登っていました。先生、子供たちとすれ違った後、しばらくして山登りしそうもないグループと遭遇したので尋ねたところ、父兄のサポート隊でした。11:30 に下山し麓の "そばの館「皆楽来(みらくる)」" で板そば(もりそば)。ここ、市営だと思います。 |
| 宿に戻り、ご主人の車で近隣を案内してもらいました。山、海、松、道路、昭和風の定番撮影スポット。 |
| けっこう波が荒い。「伊能忠敬先生絶賛の地」の石碑がありました。 |
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市営唐船峡そうめん流し。1962年、当時の開聞町助役が考え出した元祖そうめん流し。銅像が建っていました。峡に下ると気温が2-3度低くなるのは実感しました。 南九州市の射楯兵主(いたてつわものぬし)神社。勝負事に強い神社で澤穂希さんの色紙がありました。 知覧特攻平和会館。南九州市営。 標準的な観光ルート、個人だと行かない場所が多いです。それにしても、 川辺町(14,391人)、知覧町(12,923人)、頴娃町(13,651人)が合併して南九州市となったのは残念。田舎ほど "大きな名前" や "中央" を好むのは何故だろう。どうせなら高知県の甲浦町+野根町=東洋町 みたいに、抜きん出て大きくすればいいのに。鹿児島県東アジア市とか。 |
| 今回、お買い物車として第二の人生を送っているフラットベダルの KHS F20-T2 で来たのは、ローカット登山靴で走るためでした。 |
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| まずは、隼人塚。隼人の地名の由来となった塚ですが、命名は新しく 『国分の古蹟』(明治36年)が初出。それまでは、熊襲塚、軍神塚などと呼ばれていました。廃仏毀釈後の寄せ集め説もあったようですが、平成になってからの調査で、平安後期の寺院説が有力になったとのこと。 |
| R10を南下。姶良平野を過ぎ海岸線に近づくと正面に桜島。 |
| 鹿児島市街手前で鶴嶺(つるがね)神社と尚古集成館。尚古集成館は島津藩の洋式工場群で 「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として世界遺産に登録されています。 |
| 鹿児島市街はスルーして R226を南下。喜入には原油備蓄基地。その後、屋根にブルーシートを見かけるようになり、尋ねると9/20に大隅半島に上陸した台風16号の被害。 |
| 薩摩今和泉から国道を離れ池田湖方面へ。開聞岳が姿を表しました。 |
| 池田湖畔を経て開聞へ下っていくと枚聞(ひらきき)神社。薩摩国一宮。薩摩川内市にある新田神社も一宮です。 |
| 宿は電話で予約した民宿かいもん。ご主人が定年になり、実家を改修して今年から初めた民宿です。「焼酎は自動的に飲み放題」とのこと。 |
| 宿の前からの開聞岳。明日、登ります。 |
| 87.19km AV16.8km/h,5:13:01 |
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| 早起きして青井阿蘇神社。「中世球磨地方に展開した独自性の強い意匠を継承しつつ、桃山期の華やかな意匠を機敏に摂取しており、完成度も高く、近世球磨地方における社寺造営の規範となっている」として、2008年に国宝に指定されました。熊本県で唯一の国宝です。 |
| 昭和初めに建てられた人吉旅館も、登録有形文化財に指定されています。 |
| 朝食も満足。JALのセット料金は安すぎると思いました。これから冬にかけ、霧の日が多くなるようです。 |
| 市内を回って霧島方面へ南下します。人吉駅には汽車弁当。球磨川を渡ると人吉城址。 |
| 人吉ループ橋。 |
| 4%程度の一定斜度が続くので、楽に高度を稼げます。 |
| 長さ1808mの加久藤トンネルで宮崎県入り。歩道ギリギリ、何度か肩が側面に触れました。旧道は通行困難だと思います。えびのループを下ったえびの市は東シナ海へ流れる川内川の流域で、川に沿って下り鹿児島県入り。宮崎県は17kmほどで終わりました。 |
| "川だけ地図" と "地理院地図" を並べてみると、県境が地形と無関係なことがわかります。地理院地図の県境界が肥薩線の西側に描かれていませんが、ここ広い範囲の県境界未定地域です。 |
| 低い峠を越えると霧島市。鹿児島湾へ注ぐ天降川(あもりがわ)の流域になります。地質の関係でしょうか、天降川は何ヶ所も狭窄部がありました。道端の売地からは、温泉が自噴。 |
| 隼人に入り宿探しモードに。ホテル京セラ向かいの good inn Hayato にしました。東横インを安普請にした感じ、リーズナブルです。夕食は鹿児島ラーメン豚とろ隼人店。チェーン店ばかり目立つ町でした。 |
| 87.39km AV14.5km/h,6:01:31 |








































