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梅雨の晴れ間、多摩湖(村山貯水池)へ。そこから多摩モノレール(輪行)で南下、小野路経由での周回。 多摩湖自転車道は、多摩湖(村山貯水池)から武蔵野市関前の東京都水道局境浄水場への水道道。1924年通水。多摩湖畔を含む総延長は21.9km、多摩湖までの直線水道道は10km強。 境浄水場までは一般道、浄水場の北西角から水道道が延びています。 |
| 基本、送水管の上ですが、盛土箇所は横に道を作っています。 |
| ここは、石神井川の低地。 |
| 多摩湖で自転車道から分かれ、村山貯水池へ堰堤下からアプローチ。 |
| 多摩湖(村山貯水池)、西武山口線はタイヤで走る側方案内軌条式。西武ドームは密閉式の東京ドームとは異となり、屋根付き球場。 |
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一旦多摩丘陵から下り、羽村山口軽便鉄道跡。ダム建設用砂利を運搬する東京都水道局の工事用軌道で、多摩川の羽村からインクラインと軽便鉄道で堰堤近くまで結ばれていました。 横田、赤堀、御岳、赤坂トンネルと続いて唐突に終わり。折角の産業遺産ですが説明はなし。もったいないです。 |
| 八坂神社(武蔵村山市)で大休止。 |
| 豊鹿島神社(東大和市)、芽の輪くぐり。本殿に木造の狛犬があるようですが、囲われて見ることはできませんでした。 |
| 多摩モノレールの終着駅、上北台駅到着。ここから輪行。第三セクターの多摩モノレールは2000年に全線(16.0km)開業。赤字が続き東京都の「負の遺産」と言われていましたが、近年は黒字が続いています。 |
| 立川、多摩川、浅川、大栗川を越え終点の多摩センター駅へ。立川は地名。自宅とは向きがずれますが、全線乗車が目的。多摩センターからは、小野路経由で帰宅。 |
| 76km。自走は60km。 |
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| 多摩武蔵野スリバチ学会の「旧澁谷町水道みちを歩く ~三軒茶屋から砧下浄水所まで~」 に参加しました。集合は三軒茶屋キャロットタワー下に 12:00。スタート前にタワー26Fから、まっすぐ延びる水道道をチェック。 |
| 参加者は50名あまり。任意で集まり、この人数でスムースに動けるのはスリバチ学会の強みです。今日は水道道を歩くので、原則フラットで真っ直ぐ。 |
| 電柱の番札は水道支、水道用地の境界石。 |
| 駒沢給水塔では風景資産保存会の方から説明をしていただきました。旧澁谷町町営の給水所として、1924年(大正13年)3月に供用開始。それぞれの塔の内径13.93m、高さ22.72m。土木学会選奨土木遺産に選ばています。1999年に運用停止。 |
| 昭和6年発行の 1/25000 「東京西南部」では、水道給水場と注記。街はずれの丘の上に立つ2つの塔。谷戸は水田です。現在の地理院地図に塔が記載されていないのはなぜでしょうか。戦時改描を思わせます。 |
| 岡本には仲代達矢、宮崎恭子の無名塾。 |
| 澁谷水道の水は多摩川の伏流水を砧下浄水所からポンプで駒沢給水塔(標高46m)まで揚げ、渋谷までは自然流下させていました。途中の岡本八幡宮の台地を穿つのが岡本隧道。隧道の出口(駒沢側)から岡本八幡宮の山越え。 |
| 燈籠を寄進したのは有名なご夫婦。隧道の入口(砧側)、こちらには銘板があります。 |
| 岩崎家廟堂のある静嘉堂緑地と岡本公園あたり。国分寺崖線の下には六郷用水。1969年までは東急玉川線砧支線が延びていました。 |
| 野川を渡り東京都水道局砧下浄水所。1932年(昭和7年)の東京市大合併に合わせて澁谷町から移管されました。施設は現役で、浄水能力は東京都全体の1%ほど。現在の給水経路は、水道局サイトでは紹介されていません。複雑に多重化されているようです。 |
| バスの待合所になっている砧本村駅の遺構。多摩川伏流水の取入口(空気弁か?)を経て、二子玉川で反省会。 |
| その後、急遽開催された夜のブラツバキで川崎へ越境、二子新地を徘徊しました。川崎国はベルヌ条約非加盟です。 |
| 11.8km |
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雨天決行があたりまえだのスリバチ学会。雪のちらつく中、参加者は40名あまり。副題は "住宅街に隠れた地形の「何か」を確認しに行く" 。今年2回目の多摩武蔵野スリバチ学会です。 今回は、若い頃6年住んだ用賀がスタート。当時住んでいたワンルームマンション、健在でした。 |
| 大山道追分。近年、まちおこしの一環で標石を設置しています。共に大山道ですが、左(北)は世田谷城を経由する古い道、右(南)は旧246となった三軒茶屋を経由する道。何気に専門家が一緒に歩いているのがスリバチ学会。今日は荻窪圭さん(ITライター兼古道研究家)がご一緒です。 |
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昭和初めに整備された用賀、上用賀。地理院の「明治期の低湿地」を重ねて見ると、台地の尾根を流れる品川用水、台地下には天神溜池。 台地は陸上自衛隊用賀駐屯地(陸軍衛生材料廠の跡地)、平地は碁盤の目に整地されています。 |
| 整地された道路の多くには水路(暗渠)が流れています。染工場(廃業)もありました。 |
| 用賀本村稲荷神社にはオオカミの護符。武蔵御嶽講グループです。 |
| 用賀中学校の近くには橋の欄干が残っています。矢沢川湧水池跡から着せ替え地蔵(!?)を経て、千歳船橋で昼食。 |
| 午後の部は一旦環八へ。1991年の竣工の M2ビル。近年は木材を多様し、新国立競技場を担う隈研吾の(たぶん)過去恥部です。高知県檮原町の「ゆすはら座」以降、作風が変わりました。 |
| 笠森公園と荒玉水道道路。笠森公園の地下には谷戸川が南流していますので、水の流れは地下で立体交差しています。荒玉水道道路は砧浄水場から野方配水塔までの直線道路、2011/6/4 に自転車で全線走っています。 |
| 右が荒玉水道道路。周りは無視しての直線道路です。 |
| 密蔵院前の水車堀。大正期の1/10000地形図には水車記号。 |
| NTTの電信柱には「牧場支」の番札。昭和37年に閉鎖された三井牧場の名残です。三井合名が大正7年に作った三井家向けの乳牛牧場で、1958年発行の 1/10000地形図「経堂」には、昭和40年図式でなくなった地図記号「牧場」が使われています。 |
| (参考) 溝の口上空から千歳烏山方面。地理院色別標高図+明治期の低湿地+川だけ地形地図。多摩川の広い氾濫域。 |
| 歩き 15.5km。 |
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| ハノイのSTAR LOTUS が恒例となった京王プラザホテルでの出張セールを行うので、ご機嫌伺いに新宿へ。往路は駒沢給水塔へ寄り道。中へ入れると思っていましたが入れす、View Point を求めて2周。 |
| 手をのばしてのズーム。最善地点でここまで。 |
| 駒沢給水塔は、渋谷町水道(現東京都水道局)が1924年(大正13年)に建設したもので、砧浄水場からポンプアップして渋谷町へ送水していました。塀越しにズームで見ず撮りした銘板のピントは合っていましたが、教養が足りず読めません。 |
| 三軒茶屋から新宿へ向けて北上。大山町、幡ヶ谷は玉川上水跡に沿って。1/20000 「中野」(大正2年製版) |
| 玉川上水当時の橋もたくさん残っていました。 |
| 都庁、京王プラザホテルは淀橋浄水場、住所は角筈。1/20000 「中野」(大正2年製版) |
| 今日は快晴。気温も15度 - 26度で、絶好のサイクリング日和です。 |
| さて、STAR LOTUS、ハノイに2号店オープンするとか。もちろん、ルビーは買わずにG7のインスタント・コーヒーを購入。ベトナムで8万ドンは高いけど、日本で 400円は価格設定間違っている気が・・。 |
| 代々木練兵場の脇を走り、渋谷は谷底まで下りずに東急本店から駒沢練兵場方面へ。帰路はいつもの駒沢通り。1/20000 「世田谷」(大正2年製版) |
| 49.73km、3:45 |
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かつて部下だったKくんと中野で飲み。 都心へは駒沢通りを走ることが多いですが、今日は中野なのでR246。国土交通省がプレス発表までしたR246の自転車レーンは、こんなもの。そもそも路肩がないのが問題か。 |
| 交差点を直進する(横断歩道へ誘導しない)のは進歩です。 |
| 三軒茶屋から茶沢通りを北上。用水をいくつも越えていきます。烏山用水は暗渠。 |
| 北沢用水(北沢川)も暗渠(下水道幹線)となりましたが、今は代沢せせらぎ緑道として高度処理水を流しています。 |
| かつては、北沢中あたりまで細い谷戸田が伸びていました。玉川上水は笹塚駅の暗渠部で横断。 |
| 地割から田んぼの跡が読み取れます。 |
| 神田上水も、このあたりは自然河川として、田んぼの中の低地を流れています。 |
| 氾濫域(田んぼ)が無くなったので、川はこんな形になりました。 |
| Kくんとは12年ぶりでしょうか。すっかりオッサン体型になっています。 |
| 深夜の帰路は荒玉水道道路。多摩川の水を砧から野方へ引く10kmの直道です。 |
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44.75km |


























































