| 今年の1月に貫通した尻手黒川道路から黒川方面へのトンネル。供用開始は未定。 |
| スタートは小田急線柿生駅。総勢10名で、前半は川攻め。 |
| 後半は山攻め。 |
| 一見トマソン。ですが、門扉以外は針金で囲まれているので、有意義な門。 |
| 巨大ツツジ? |
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(王禅寺)せんとくんの作成者、籔内佐斗司(やぶうち さとし)作。カキでない禅寺丸。 (秋葉大権現)つぶらな瞳。 |
| 琴平神社。川崎市地域文化財の手水鉢。4人の山伏像によって支えられている。明治12(1879)年造。 |
| 柿生駅南口、街の写真屋「ファミリーカメラ」の店頭に張り出している原武史の新聞記事。1941年、柿生に離宮=実際は防空設備を備えた新宮城(皇居)の建設が検討されていたらしい。 |
| 空中写真。1965年ごろ。 |
| プロンプト:これは、川崎市山間部の1965年の航空写真です。低地には水田、谷は谷戸田、台地の上は畑地、雑木林が混在する地域です。カラー化してください。赤い線は、そのまま残してください。 |
| 15.4km |
| 千葉スリバチ「きみさらず伝説のまち木更津を巡る」に参加しました。朝練は、3年間過ごした君津へ。 |
| ライブバー「サットンズ」跡地。 |
| 君津時代、2番目によく通ったお店。量り売りのフレンチトーストが無くなっていた。 |
| 木更津到着。千葉スリバチ開始。 |
| 稲荷森古墳。 |
| 金鈴塚古墳。元は前方後円墳、後円のみ残る。 |
| きみさらずタワー/太田山公園。 |
| 木更津市郷土博物館 |
| 金鈴塚古墳から出土した金鈴。純金製とな。不変のデザイン。 |
| 長楽寺のお庭。 |
| 証、証、証城寺。 |
| 木更津会館。千葉県唯一の現役検番。 |
| 八剱八幡神社。左は参集殿。千葉スリバチはここで解散。 |
| スリバチ終了後、君津時代の知人と穴子の名店「やまよ」へ。 |
| 18年ぶり、ここは美味い。 |
| 次いで、THE COFFEE |
| (君津)4.7km + (木更津)11.2km |
| 大正期には国内トップシェアの農機具メーカーだった細王舎創業之碑。細王は、麻生区の地名(創業者夫妻の出身地)「細山」と「王禅寺」から一字ずつ取ったもの。戦後の技術革新に対応できず、1960年に小松製作所の傘下に。 |
| 細山の谷戸越しに見る多摩美(たまみ;元の細山字内野)の斜面。 |
| 細山神明社。拝殿が参道から下った位置にある。 |
| すっかり埋まったランド坂の谷。 |
| 盛土は30m越え。 |
| 谷があったころ。2021年7月撮影。 |
| GIANTS TOWN STADIUMでWBC観戦、ちがう。 |
| 橘樹郡生田村の北部、南多摩郡境あたりの変遷。 |
| 1990年ごろの航空写真と今日のルート |
| 最新の航空写真と今日のルート |
| 11.1km + 18km |
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東京野良スリ、2026年の劈頭を飾るのは呑川水系上流域。 都立大学駅ホームから自由が丘駅方面。呑川支流から丘を越えて、呑川本流の自由が丘駅への凸凹。 |
| スタートは都立大学駅。総勢45名くらいで適当に、都立大学駅→柿の木坂支流→駒沢支流→八雲氷川神社→呑川(暗渠)→八畑弁財天→九品仏川→呑川合流点→清水窪弁財天→大岡山駅→清水窪流れ→狢窪流れ→長原流れ→洗足池弁財天→ゴールの千束八幡神社へと歩きます。 |
| 呑川柿の木坂支流 |
| 何度かコンサートで来ているめぐろパーシモンホール。1991年まで、ここに都立大学がありました。 |
| 旧衾村の鎮守、氷川神社。玉垣に衾消防団。氷川=出雲->「八雲立つ・・」から、地名は八雲に。 |
| 呑川本流緑道となった呑川に水が流れ始める工大橋。流れている水は、新宿の落合水再生センターから引かれた高度処理水です。 |
| 路地を抜けたり、上り下りを繰り返し、無事洗足池へ。10.9km |
| 土地の成り立ち。桃色:盛土、水色:切土。 |
| 10.9km |




















































