チューリッヒ湖の標高は406m、市街西のユトリベルク(Uetliberg)山は870m。山頂近く(812m)まで鉄道で登れる山です。市街を走った後、山頂のホテルへ向かうことにします。 |
朝は宿の周りを散策。日曜日でも開いている中央駅地下のスーパーで携帯食を購入。ホテルの裏手にはしゃれた自転車屋があり、備え付けのポンプで空気を入れている若い女性が。手伝いましたがポンプが不調なので宿に戻り携帯ポンプで支援。ヒジャブの彼女、なんとチューリッヒ工科大の学生。アインシュタインの後輩ということです。湖を2つ周り 140kmくらい走ると言ってました。 |
快晴。先ずはチューリッヒ湖畔へ。 |
よく見かける標識。最初は自転車不可と思いましたが、自転車オートバイが不可。日本でも昔はちょくちょく見かけましたが、スイスでは少ないが現役です。 |
チューリッヒ湖。対岸に見えるのがユトリベルク山。 |
湖畔にあるのが改修工事中のコルビュジエ・センター。知人のために設計した遺作です。 |
市内の建物。 |
旧市街の北、湖から流れ出るリマト川(アーレ川に合流し、最後はライン川)に沿って少し北上。道に迷いながら山麓を周る道を見つけ登坂開始。泉は早速利用させてもらいました。 |
長い編成、20分間隔で走るスイス国鉄のS10線。 |
山の中腹からは車両進入禁止となります。 |
子どもを乗せて下ってきた若いおとうさんに、山頂への舗装路を教えてもらいます。終点のユトリベル駅からは、最後 50mの上り。 |
山頂にあるホテル UTO KULM。今日はここに泊まります。運良く安く予約できました。 |
ホテルの展望タワーから。 |
右奥が、明日走るツーク湖への道。 |
高校のクラス会その2。市街に宿を取る4名が到着し、夜はコース料理。今回、唯一のまっとうな夕食になりました。夜は雨になり夜景は楽しめず。下界へ降りる皆さんは、風雨のなか大変な目にあったようです。 |
20.97km、3h17m |
2年ぶり4回目のヨーロッパ。今回は初めての秋。チューリッヒからミラノまで走ります。ドバイ経由のエミレーツ航空。ヨーロッパはすべてエミレーツで行ってます。 |
ドイツ、オーストリア、スイスにまたがるボーデン湖をかすめ北からチューリッヒ空港へ。 |
空港で出てきた KHS F20-R45、リアディレーラーに傷が。傷は平気ですが、エンドが微妙に曲がり、トップ側3速だとチェーンが軋む感じ。怖くて使えません。2014年、スイスのシュピーツでのチェーン破断の記憶が蘇ります。 |
空港からはスムースに脱出。 |
走りやすい道。自転車レーンも、自転車に乗る人が設計している気がします。 |
夜は高校のクラス会、女性陣馴染みのチーズ屋へ。客層は落ちたが味は変わらないなどど言ってます。 |
チューリッヒ中央駅。 |
散策後、各自取っている宿へ。 |
10.40km 1h09m |
◆鳴門市瀬戸町北泊 <2015/6/25> 小鳴門海峡の播磨灘への出入口にある漁師町。京都の伊根のように住居と一体化はしていませんが、海峡に沿う小道を隔てて自家用の舟着場を持っています。前方に見えるのは1971年に開通した小鳴門新橋。 |
◆イタリア、スイス国境 グラン・サン・ベルナール峠 <2015/7/16> ローマ道に面したアオスタの宿を出て38km、2000m上り国境越え。峠の下からは稜線が見えず、二段構えの厳しい上りでした。同宿の、アジア人を訝ってたとさえ思えた老夫婦が、グラン・サン・ベルナール峠へ向かう自転車乗りとわかると愛想が一転、色々話しかけてきたことなど思い出します。 |
◆暗峠(くらがりとうげ) <2014/10/14> 大阪側から御厨(みくりや)、水走(みずはい)と由緒ある地名をたどり、河内国一宮の枚岡(ひらおか)神社。神社からは噂の急坂。押さずに上ろうという気は、すぐなくなりました。石畳の国道はここだけだそうです。 |
◆ベトナム メコンデルタ <2014/5/20> メコンデルタの真っ只中、チャビン省とベンチェ省の境界を流れるメコン川が分岐したコーチェン川(sông cổ chiên)。堤防がないので、TL(地方道)902号線は川から少し離れています。小路を分け入り河岸に出ると、待っていたのは笑顔でした。 |
◆三重県 関 <2015/10/29> 鈴鹿峠から東海道を下り、平成の大合併で亀山市の一部となった関町。街道には切妻家屋が平側を道に向けて続いています。一つ一つは珍しいものではなく、軒高が揃っているわけでもありませんが、2km以上続く長さには本物の説得力があります。 |
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多摩武蔵野スリバチ学会の「調布から狛江へ府中崖線を辿る」に参加しました。京王多摩川駅集合、小田急狛江駅解散なので、小田急の和泉多摩川駅に自転車をデポして、多摩川沿いに集合地点へ歩くことにします。 |
多摩川土手から二ヶ領上河原堰。二ヶ領用水の取入口は対岸。 |
今日は多摩武蔵野スリバチ学会設立4周年。参加者は40名余り。相変わらずの動員力です。先ずは京王閣へ。 |
調布駅から分岐するのは、砂利輸送のために建設した京王電軌多摩川支線で、1927年(昭和12年)に沿線行楽地として「京王閣」を開設。1949年からは京王閣競輪場。京王相模原線として多摩川を越えたのは 1971年(昭和46年) 1/25000 溝口(昭和28年資料修正、発行) |
次いで調布市郷土博物館。新選組押し。ジオラマは近藤勇の生家(調布市野水にあった宮川家)。豪農と言ってよさそう。 |
府中崖線下の角川大映スタジオから崖線上の古天神公園、下布田(しもふだ)遺跡。 |
コンビニ休憩の後、今日の秀眉の崖線直登。 |
上ったら下る。崖線下は染地せせらぎ遊歩道。かつては、ワサビ田があったそうです。布田、染地と由緒のありそうな地名が続きます。 |
調布市と狛江市にまたがる東京都住宅供給公社の多摩川住宅。 |
街区はイロハ・・ですが、ヘは欠番です。多摩川住宅案内図 by 仙川地図研究所。 |
崖線下の水田、おそらく多摩川の氾濫域でもあった多摩川住宅エリア。 |
左側が多摩川住宅。根川の河床が低いのは旧水田地帯の水抜きでしょうか。 |
六郷用水取入口があったあたりから用水跡を兜塚古墳へ。 |
ここの六郷用水が埋め立てられたのは1975年。兜塚古墳には三等三角点「和泉」、設置は1902年。 |
松原通り(都道114号)が延長されるまで陸の難所だった田中橋から亀塚古墳、最後は泉龍寺に寄り狛江駅前で解散。反省会へ行くつもりでしたが、歩き疲れたのでパス。飲むと疲れが回復する人が羨ましい。 |
歩き 15km、自転車 15km。 |