両毛スリバチ学会の「fw006~灼熱のグンマー2020伊勢崎編~『め;銘仙織り出す伊勢崎市』」 に参加しました。集合は伊勢崎駅 10:10。前橋出身の東京スリバチ学会皆川会長はじめ、30名弱の参加者です。 |
青春18きっぷなのでJRの湘南新宿ライン、高崎からは両毛線で初の伊勢崎市。公式の読みは "いせさき"、地元では "いっさき" と発音しています。市の人口は21万人、JR両毛線と東武伊勢崎線の乗換駅ですが北口、南口とも、いわゆる繁華街がない不思議な街。 |
土地の成り立ちを見ると、伊勢崎陣屋のあった駅の南側は台地、富士重工伊勢崎工場がある北側は田んぼだった氾濫平野。伊勢崎工場は、元は中島飛行機で 8.15 終戦日の早暁、本土最後の空襲を受け2000戸あまりが被災しました。 |
駅前の武家門通り。(ずっと?)再開発中。自転車は同行取材の上毛新聞伊勢崎支局長。群馬県の世帯普及率は35%、勝ち組地方紙です。天候は曇り。酷暑を覚悟していましたが、過ごしやすい一日でした。 |
市街の西を流れる広瀬川。伊勢崎陣屋の土塁があったあたり。 |
旧時報鐘楼。大正4年(1915年)竣工。煉瓦は張壁、群馬県最古の鉄筋コンクリート建造物。ハッカ貿易で財を成した小林桂助翁の寄贈。 伊勢崎陣屋内の学習堂にあった赤石学校(その後、北小学校)の門柱。明治15年の校舎落成時に建てられました。 |
黒羽根内科医院旧館。明治45年(1912年)竣工。曳き家移転し「いせさき明治館」として伊勢崎銘仙などが展示されています。銘仙とは平織りの絹織物。大正から昭和のはじめにかけての女性のちょっとおしゃれな普段着だそうです。 |
お昼は地元の定食屋 "矢嶋食堂"、もつ煮込み定食、940円。満足です。 |
午後の部は伊勢崎神社から。木製のプロペラは中島飛行機の奉納。 |
本殿は1848年造営。本殿側にも鳥居がある珍しい配置。 |
お布施が途絶えると石に戻る? 各地で見られますが、伊勢崎は墓石に刻んだ文字を削っているのでハートウォーミング ww |
粕川支流枝路の旧大黒橋。 |
上毛撚糸~中島飛行機~スバル360を生んだ富士重工伊勢崎製作所第二工場。レンガ壁を移築、映画セットの様相。 |
皆川会長からの補給食 "バナナ専門店の梅田商店" ~華蔵寺公園~暗渠道を経て、17:40 無事帰着。バナナがなければハンガーノックになったかも。 |
迅速測図(明治初め) |
1/50000 昭和15年発行。 |
充実の一日。皆さん、ありがとうございました。 |
16km(歩き) |
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