| 集合前に住友不動産六本木グランドタワー。 |
| 六本木グランドタワーのお向かい。 |
| 東京野良スリバチ学会rは、六本木一丁目駅からスタート。総勢50名あまり。当然のことながら、みなさん自己責任での参加です。 |
| 赤坂氷川神社。戦前は政治家、高級軍人が闊歩したあたり。 |
| リキマンション。昭和38年(1963年10月)竣工。 |
| 福岡藩黒田家、中屋敷の鴨場。現在は赤坂溜池タワーや衆議院赤坂議員宿舎。 |
| 赤坂7丁目。種徳寺の窪地を望む。 |
| スリバチ学会発祥の地。薬研坂。 |
| 高橋是清翁記念公園。ここで休憩。 |
| 都営赤坂五丁目アパート。超絶都心は、買い物困難地域だった。 |
| 一ツ木公園からの下り。 |
| 山脇学園志の門(旧三河岡崎藩上屋敷表門)国の重文。 |
| リキマンション遠望。最後は、豊川稲荷東京別院で解散。 |
| 11.5km |
| 明治始め |
| 藤沢本町駅周辺。駅隣りの「藤沢本町1号踏切道」を廃止し、東西自由通路を設ける再開発中。完成は2032年。 |
| 集合前に伊勢山緑地へ。 |
| 伊勢山緑地からの江の島。 |
藤沢本町駅スタート。総勢30名強。
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| 白旗神社下の白旗川。かつては氾濫常習の川でした。 |
| 庚申塔。青面金剛は彫られずに、三猿のみの石造物が多く見られます。なかには、扇を持ってうかれる三猿も。 |
| 東海道に面した桔梗屋、裏のお庭から。桔梗屋は紙とお茶の商家。 |
| 遊行寺惣門。 |
| 藤沢市ふじさわ宿交流館。 |
| 明治中頃。1887年(明治20年)に東海道線が国府津駅まで伸長し藤沢駅開設。 |
| 昭和戦前期。市の中心部が鉄道駅へ移動中。 |
| 藤沢の庚申塔は三猿のみが基本形。 |
| 青面金剛のいる庚申塔もありました。踏まれる邪鬼の表情がゆたか(=苦しそう) 左は新しい(1980年)造立。三猿が主役。 |
| 藤沢市役所は、旧東海道沿い宿場から1951年に駅近くの現在地に移転。 |
| 2018年に完成した藤沢市役所9階展望デッキからJR藤沢駅。 |
| 取り壊しの計画があるフジサワ名店ビルB1の、味の古久家。人気店のようです。 |
| 五目焼きそば。いけます! |
| 9.6km |
| 日立中央研究所「秋の庭園公開」~コレジオ芳賀さん町歩き「野川 三つの水源地を歩く」~ほんやら洞 |
| 町歩きの前に、単独で日立中央研究所へ。ここが公開されるのは年に2日だけ。 |
| 大池からの出口。水路トンネルの上は中央線、西武国分寺線。 |
| 大池からの水路トンネル下流側出口。2021.6.24撮影。 |
| 国分寺駅から芳賀さん町歩きスタート。 |
| 再度、日立中央研究所へ。大池は、日立中央研究所設立(1942年)時に存在したが、元の所有者の今村家が谷頭湧水を溜める池を開削したもの。 |
| 「姿見の池」JR武蔵野線国分寺トンネルの漏水地下水を導水して復元した。従来、トンネル内の湧水を継続的に汲み上げ、下水へ排水していた(東京都への下水道使用料が発生)が、ここへポンプで導水することにより、無償化を実現した。 |
| 玉川上水から分水した恋ヶ窪用水(恋ヶ窪村分水) |
| 鎌倉街道。背中側は切通しだったが中央線建設で今は盛土。 |
| 武蔵国分寺公園。 |
| 武蔵国分寺公園の「武蔵の池」、公園サービスセンターによると水は「雨水」とのこと。?? |
| 国分寺崖線を下り「真姿の池」湧水。 |
| タンポポ・ハウス(藤森照信邸)・・偶然、ご本人が出てきてびっくり。<サプライズ その1> |
| 国分寺駅で解散後、有志で芳賀さん行きつけの喫茶店へ。着いたら「ほんやら洞」でびっくり。<サプライズ その2> 石川セリ、つげ義春。 |
| 11.4km |






















































