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前日の確認でベネチアの玄関口までは自転車で入れることがわかりました。自転車道からリベルタ橋(1933年竣工、3850m)へ。2015年からはトラムが乗り入れ。並走する鉄道橋はイタリア独立戦争前の1846年に開通。 トラムはモノレール?、オリエント急行を彷彿させる列車も走っています。最後は、ウッドデッキでベネチア入り。 |
「自転車で入ると罰金100 EUR、押してもだめよ」の標識。 |
自転車進入限界。無料の自転車置場がひょっこり見つかったので駐輪し、歩きで核心部へ。 |
今日は大運河の南側を歩きます。 |
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂。 |
「海の税関」突端。 |
安藤忠雄が改修した「海の税関」プンタ・デラ・ドガーナ。 |
この作品は、"Living Rocks: A Fragment of the Universe" James Darling & Lesley Forwood |
ベネチアで見た日本。 |
自転車で入れる境界線。地元のオヤジ ("Engrish zero" と言ってましたが)の話に推測を加えたもの。 |
駐輪場は問題なし。気になるトラムは、やはりモノレール。 |
宿に戻った後、近所のレストランで夕食。注文は、教えられたとおり サーモンのスパゲッティ、赤ワイン、14 EUR。なお、パスタは粉物の総称なので、ペンネとかスパゲッティとか言わないとだめらしい。 |
鳥瞰動画 (0:49) |
40.15km、2h55m、歩き 10.5km |
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イタリアのホテルは朝食付きがデフォルトです。40 EUR のここは、Booking.com では朝食なしの表示でしたが、コーヒーとクロワッサンが付いていました。町を抜け、田園地帯(田はないが)を西へ。第一次世界大戦の記念館。 |
トレビーゾ入城。この町はピナレロ押しなのか。 |
昨日終わったジロ・デ・イタリアの余韻なのか・・。 |
後で調べるとピナレロ発祥の地。自転車仲間に、ここのイベントを聞いたことも思い出し、本社に行かなかったことを後悔。アパレルのベネトンと、電機メーカーのデロンギの本社もトレビーゾ。小さな凄い町。 |
トレビーゾからは南下、3連泊するモリアノ・ベネトを目指します。イタリアではファームステイ(農家民宿)が流行ってますが、 "Antica Casa Sandri" はベネチア近郊、駅まで5分の貸し部屋で、出国前に日本から予約しました。 |
ワイン卸が家業だったサンドリィさんのお屋敷で全4室。今日から3日、ここを拠点にベネチアを攻略します。 |
61.29km、4h14m |
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今日は移動日的な日。天候が良くなってからは快調で、ブレッド湖(スロベニア)での滞留をほぼ吸収しました。期待してなかった宿の朝食が美味い。 |
干潟の橋は単調だったので、大回りになりますが潟湖を回り込むルートを取ることにします。海岸から雪のアルプスが直接見られるのは驚き。 |
写真では伝わらないと思いますが、川の透明度がすごい。イゾンツォ川の扇状地ですが、伏流水かも知れません。 |
ピエリス(Pieris)からは SS14 を西に走ります。パラッツォーロ・デッロ・ステッラでは、農協祭り。 「どっから来たんだ?」 「日本だよ。クロアチアのザグレブから走って来た」 「日本人かよ。SAYONARA」 「SAYONARAは、違うだろ~」 と言うことで村のワインを試飲。比較する知見はありませんが、絶対値としては、すごく美味い。6.5 EUR。 |
2日ぶりにタリアメント川。この辺は第一次世界大戦イタリア戦線の激戦区で、橋の袂にはトーチカがありました。 |
ひたすら SS14。ぶどう畑に点在する廃工場、古い発電所。 |
宿は今回最安値の 40 EUR、レセプションがなくインターホンでやり取りする形でしたが問題なし。この日は、ジロ・デ・イタリアの最終日。ニバリは個人総合2位。 |
91.29km、5h20m |
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アルプスに端を発したタリアメント川。ヴェネト平野に出てからは網状流路となって川幅を広げます。 |
今日はアドリア海トリエステ湾まで南下。宿でもらったグラドへのルートマップ。自転車道でなく “交通量が少ない自転車向きの道路“ を示す地図で、うってつけの道ですが、たどって行くのは難しい。事前に引いた幹線道路を走ることにしました。 |
オゾッポは鉄鋼業の町として栄えました。ドイツ語圏からイタリア語圏へ。ウディネ(Udine)は旧市街の外周を走る。 |
九稜郭? の城塞都市パルマノバ。2017年に世界遺産に登録されました。知りませんでしたが。 北西門から入り、南門へ抜けました。 |
中央のグランデ広場。 |
人口は5500人。16世紀末にオスマン帝国に対するベネチア共和国の城塞都市として築かれました。 |
外郭の堀。 |
追い風を受けてひたすら南下。干潟の長い道(自転車道併設)を走り、潟湖上の島グラド到着。第一次世界大戦前はオーストリア領です。 |
中心部は高いので、当日朝に予約した町外れの Hotel Cristin、朝食付き 60 EUR。レセプションにいたアジア系の若い女性は日系ペルー人で、おじいさん(たぶん曽祖父)が日本人とのこと。親切に対応してくれました。 |
対岸はイタリア本土。 |
80.69km、4h58m |