米国テキサス大学のサイト では、1945-46年に発行された 160枚の日本の都市地形図(1/12500)を見ることができます。
この、TOKUSHIMA PREFECTURE, SHIKOKU, JAPAN の脚注だと、米国陸軍地図サービスが、日本の帝国陸地測量部の1/25000(1937年版)、1/30000 水路図、徳島の都市計画図 などから編集したと書かれています。
進駐後、半年を経ずにこの地図を発行したことは驚きです。
今は埋め立てられている城山の内堀が、かちどき橋から徳島駅の裏まで続いているのが、美しい水色で描かれています。
2010年1月7日に、佐古にある煉瓦造の水道施設を訪ねましたが、この地図によると、その Water purification plant の山側に Water distribution plant(給水設備)があることが判ります。
現在の地形図では、墓地⊥となっていますが、google の航空写真では、なにやら建造物があるように見えます。
現地を確認したいものです。
次回帰徳時の楽しみのひとつです。
標高グラフ付きの大きな地図を見る
丹沢に向かうには、R246(大山街道)を走ることになりますが、大和、厚木付近は、自転車・荷車禁止の立体交差が多く、迂回に時間を要してしまいます。
ストレスが少ない回避路探索のため、共に「延喜式駅路」 説のある矢倉沢往還と中原街道を走ってみました。
往路は南町田からR246を旧道へ進み、西鶴間からの直線道路を相模国分寺跡まで走ります。 座間市と厚木市の市境を国分寺跡へ一直線に進む明らかな古代道路ですが、相模国は国府が特定されていない唯一の国で、駅路も諸説あるようです。
あゆみ橋で相模川を渡り、すぐ相模大橋で折り返し、復路は厚木飛行場をかすめて中原街道を走ります。断片的にはよく走る中原街道ですが、改めて見ると、これも直線的です。
≪ ルートラボが、iPhone に対応 ≫
ALPS route 時代は携帯専用の160px X 160px でしたが、GPSによる現在地の表示を含め、2010/2/2 に対応しました。
あらかじめ、PCで作成したルートを走るのに極めて有効ですが、頼り切ると電波とバッテリーが生命線になってしまいます。
66.8Km。
Webで購入していたマレー鉄道の2等寝台でシンガポールへ行きます。国内だと贅沢品の寝台列車ですが、物価差を考えても割安の46RMです。
車窓を楽しみたいところですがなにしろ夜、起きたらジョホーバル駅で出国手続きです。係員が席まで来てくれるので、非常に楽です。
国境のコーズウェイを越え、次はウッドランズ駅でシンガポールへの入国手続きをします。こちらは、荷物を持って列に並ぶ必要があります。
帰路はバスを使いましたが、やはり人間のみの出国審査と人間+荷物の入国審査がセットになります。バスだとさすがに席までは審査に来てくれませんので、出国時も窓口に並ぶ必要があります。
列車に戻り、20Kmくらい走ると終点のシンガポール駅に着きます。
こちらは、自転車走っています。サドルに付けているのはボトルゲージでしょうか。トータル4本積めますね。MRTの構内にも、フォールディングバイクの規制が表示されていました。
登山隊から離脱し、マレーシア半島部をうろついています。事前調査では、レンタサイクル情報が全くつかめず、昨日も KL(クアラルンプール)市内を一日歩きましたが、自転車店どころか自転車を見かけません。
サイクリングはあきらめます。 何にもすることがないので、汽車に乗ることにします。
鉄道の要衝 KLセントラル駅から、ポートクラン行きに乗車します。距離は43.2Kmで4.3RMです。
自販機を使わずに、窓口に並ぶ人が多いのを不思議に思っていましたが、自販機はつり銭がすべてコインで出てきます。
ポート・クランからは、インドネシアへのフェリーが出ており、けっこう賑わっていました。ここで、初めて変速機の付いた自転車を見かけました。
午後は、シャーアラム駅で途中下車しスルタン・サラフディン・アブドゥル・アジズ・シャーモスク(ブルーモスク)へ行ってみます。駅から2Kmくらいなので歩くことにしましたが、自動車道以外に道が無く大変でした。
部分的に歩道がついているので、歩行が禁止されているわけではなさそうですが、ジャンクションを歩いて越えるのは危険です。
ベトナムと違って、自動車道を走る自転車は皆無です。
マレーシアでは、ツールド・ランカウイと言う、プロのステージレースを開催していますが、自動車のF1と同様、先進国を目指す政府主導の要素が強く、国民的基盤は貧弱な気がしました。
チャンスがあれば行きたいと思っていたマレーシア ボルネオ島のキナバル山へ、君津の山屋 Wさん、Fさんと行くことにしました。
成田からコタキナバルへ入り、翌朝登山口のTimpon Gate(1866m)から登り始めます。
初日は、整備された階段状の登山道を、Laban Rataのレストハウス(3272m)まで登ります。
午後、雲行きが怪しくなりましたが、山ガイドの判断どおり、降雨はまぬがれました。
きれいな夕日ですが、天候が西から変わるわけではないので、安心は禁物です。
2日目は、午前2:30から山頂のLows Peak(4095m)を目指します。山頂の写真では恐ろしい岩峰群ですが、危険個所にはロープが張られ、なおかつ暗いので恐怖感はありません。
山屋の君津隊と異なり当方は自転車屋ですが、登攀技術は不要なので、自転車で鍛えているはずの心肺機能が発揮できるかも知れません。
世界各国の旅行者がヘッドランプをつけて登っていきます。トゥドゥン(スカーフ)をまとったイスラム女性も多く見かけます。
早暁から登るのは、ご来光目的と言うより、午後になると崩れる天候によるものです。
- 実は高度に弱かった -
風の抵抗は無いとは言え、集団から千切れるのは避けたいですが、3700mくらいでもう着いていけません。ここで、山屋(客2名と山ガイド)から離脱し、日本語ガイドとポタリング状態となってしまいます。
富士山の標高、鋭いサウスピーク(3921m)、4000m と、手の届く目標が順次近づいてくるので、何とか気力が続きます。最後は、岩だらけの頂上突起を這い上がり、トップのWさんからは1時間15分遅れの最終グルペットでゴールです。気温は1度、快晴です。 頂上を後に、明るくなったサウスピークを見ながらサミット・プラトーを下ります。
2日で登れる山ですが、他では味わえない高所風景が広がります。