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| 2泊した Airbnb の宿を出て、一旦淡水河の河口まで北上。好天なら最高の河岸ルートですが、今日は残念ながら曇り。 |
| その後、西部浜海快速公路(自動車専用道)の側道を南下。 |
| 台湾一周自転車ルートの案内が路面に書かれているので、複雑な側道もほとんで地図を見ずに走れます。 |
| そして、強い追い風。冬の季節風なので2012年1月に逆に北上した時は、たいへん苦しみました。鳳鼻隧道は、海岸沿いの自転車道へ回避。高速巡航できる自転車道です。 |
| 今日は移動の日ですが、なにやら祭りの雰囲気。(0:27) |
| 竹南あたりに泊まろうと思っていましたが、追い風効果は絶大で苗栗まで。時間に余裕もあったので、ホテルはじっくり選んで栗華大飯店、14階。 |
| 爆竹の音に誘われて、宿の裏手へ行くと、この町内会の龍でしょうか。家々を周っているのは、ご祝儀をもらっているのかも知れません。(0:48) |
| 日が暮れてわかったのは、町をあげての大フェスティバル。阿波踊りより、浅草サンバカーニバルに近いタイプでした。春節も終わっているのに、何だろうと思いましたが、上元(小正月)のお祭りだそうです。 |
| 123.95km、6h27m |
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台北2日目は、老建築と新しい建築を歩いて巡ります。今日は、単独です。 球状の京華城(ショッピングモール)の向かいにあるのが、台北機廠。日治時代の1935年から2012年まで使われた鉄道車両修理工場で、再開発待ち。鉄道遺産として整備されるかも知れません。 |
| 松山文創園は、元の煙草工場の再開発。英文だと Cultural and Creative Park。 |
| 敷地の北東に建つのは2013年竣工の台北文創大樓。基本設計は伊東豊雄建築設計事務所、施行は鹿島。手前は1-5号倉庫。 |
| 工場と倉庫の間には運搬路が通じています。 |
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工場の内側は庭園になっています。 『松山煙草工場は1939年10月より1,200名の工員により生産を開始している。松山煙草工場は台湾における現代的な工場の先駆であり、同時に台湾最初の煙草専門工場であった。「工業村」の概念を用い、工員の福利厚生を重視し工場内に宿舎、公共浴場、医療施設、託児所などの設備を擁し、総面積は18.9864エーカーの大工場であった。建築様式は日本の現代建築の特徴を備え、水平視線を強調し、ガラスや銅釘などの特注建材を多用した簡潔かつ優雅なものであった』(Wikipedia) |
| 元の託児所。 |
| 次いで、建設中の陶朱隱園。富裕層向けの高層住宅で、熊谷組の現地法人 華熊營造股份有限公司が建設中です。 |
| 完成すると、こうなる予定。 |
| まだ捻りが足りないので、完成したらまた来よう。 |
| 午後は、林森公園の鳥居。戦後、大陸の軍民の避難所となり違法建築に埋没。1997年二二八公園に移設、2010年に元の地に戻されました。 |
| 大鳥居は第七代台湾総督の明石元二郎、小鳥居は秘書官を務めた鎌田正威の墓前にあった。墓は三芝郷に改葬。 |
| 夜は、2015年に阿里山からの下り道で知り合った蔡くんと彼女と一緒に肉鍋。蔡くんはその後自転車で日本一周、今は日系大手広告代理店で働いています。単身で吉備津神社などを巡った彼女の、スマホ待受け画面は「君の名は。」でした。 |
| 歩き 15km。 |
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| 2年ぶり7回目の台湾。宿は初体験の Airbnb。いわゆる民泊です。松山機場近くで、シャワー、トイレが2部屋で共用。妙齢の女性オーナーは、意識高い系でした。ここに2泊、値段からすると申し分ないです。 |
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初日は、旧知のE女史に古い町並みの残る大稻埕(だいとうてい/ダーダオチェン)辺りを案内してもらいます。先ずはマンゴーかき氷で有名なアイスモンスター本店。表参道にも支店があります。マンゴーは季節外れなのでの温かいスイーツ。 E女史へのお土産はリービ英雄の「模範郷」と新装版が出た「はいからさんが通る」。日本語も上手いE女史ですが、強固な反日です。小さい頃に日本の文化にはまったが、その後日本統治の非道を知った。だが、日本文化はやめられないとのこと。 |
| 大稻埕は、レンタサイクルの "U Bike"で廻りました。 |
| 東京だと浅草、上野に相当する感じ。 |
| 油化街の郵便局は、復古調で業務をこなしています。 |
| 夕食は、お勧めの龍記搶鍋麺(ロンジーチャングオミェン)の芙蓉麺、老王記牛肉麵。デザートは焼仙草。U Bike で着いていくだけ。場所、わかりません。 |
| 台北燈節(ランタンフェスティバル)をやってたので、巨大ランタンが至る所に。 |
| E女史、松山のよしあきくんがお気に入りのようで、熱心に写真撮っていました。でも、反日です。 |
| 西門の中山堂前。 |
| 中山堂(旧台北公会堂)はプロジェクトマッピング。 |
| 100個所以上ある "U Bike" 拠点に返し解散。 |
| KHS F20-R451 1.78km、U bike 8kmくらい |
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昨年秋に行った、ベトナム北部、中越国境のスライドショー、ようやく作りました。(4:21) |
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目黒づいていますが、薫風のせいです。都心への定番ルート駒沢通りを学芸大で目黒通りに転じ、六畝(ろくせ)川跡を林試の森へ。 清水稲荷神社の拝殿は鷹番小学校にあった奉安殿(御真影置き場)を昭和27年に移設したもの。奉安殿の多くは解体されたので、これは神様に成った稀な例では。 |
| 六畝川と羅漢寺川の合流点にはポケットオアシスなるものが。近付いてじっくり見ましたが、何だか判りません。林試の森は、元の林業試験場。 |
| 明治末のこのあたり。林業試験場の前身は、明治33年開設の山林局目黒試験苗圃。田んぼが目立ちます。 |
| 林試の森公園の樹木は、新しい気がしましたが、昭和30年代の地形図だと研究所の建屋が建ち並んでいたようです。 |
| 薫風。今日は、まぜそばと肉丼。昼時は行列の店でした。 |
| 先週(1/28)は月縁日で混み合っていましたが、今日は通常運転。甘藷先生(青木昆陽)墓には、さつまいもが供えられていました。水かけ不動明王は、お肌つるつるです。 |
| 目黒と言えば秋刀魚ですが、それは落語の話で、実際の特産物はタコノコ。当時を偲ぶ、碑文谷すずめのお宿緑地公園。 |
| 環七を北上し駒沢通りから帰路へ。環七にあった自転車マーク。これ、助かります。 |
| 39.26km、2h48m |












































