そろそろ田植えも終わったころ、大山千枚田を見に行くことにした。長狭平野へのルートは、未走の木之根峠越えとし、佐貫と上総湊の間にある浅間山(せんげんやま)運動公園まで車で行き、そこから往復するコースとする。
8:10 スタート。戸面原ダムまでは緩い上り、その後も走りやすい道で1時間程度で加茂川までおりる。
大山不動尊へは意外ときつい上りだが、ちらほら千枚田が見え始める。地域資源総合管理施設(棚田倶楽部)のある地区はさすがに核心部だけあって景観としても見る価値がある。千枚はないが、375枚の田んぼがあるらしい。1/25000地形図でみると、この周辺は棚田が多いので愛宕山の麓の大田代から元名へ足を延ばしてみる。こちらは耕作を止めた田や、田植え機が入れられるよう数枚を1つにまとめた田も多い。田んぼが観光資源と言うのも不思議だが、動体保存するには、オーナー制度や補助金が必要なのだろう。毎年、米を作り続けないといけないので「町並み保存」より大変かも知れない。
午後は上総/安房国境稜線へ。君鴨トンネルの手前から旧道に入り、国境稜線の林道を走り、湊川源流部から戸面原ダムへ下る。ダートは想定済みだが、路面が水流で削られている場所が多く、シクロクロスではきつい。MTBで来るべきだった。
毎度のこととはいえ、房総の山の中は、①似たような山々が幾重にも重なっている。②地形図に記述されてない道がたくさんある。③うねうねし、上り下りのはっきりしない道が多い。 ため難しい。今回大きなミスはなかったが、川の流れを見て逆方向へ走っているのを修正するといった危うさがあった。65Kmくらい。
あれ。フロントフォークが、チェレステからシルバーメタリックへ。木更津のカヤギサイクルさんで修理。完璧です。
<旧道の君鴨トンネルは完全封鎖>
訳ありで自転車に乗れないので、小櫃川をインフレタブル・カヤックで下ることとした。田植えの季節だが、小櫃川の水量は豊かである。このボートは縦乗り2人用で溝の口のNさんと同乗する。
出だしは好調。5月の陽射しは柔らかく、気持ちよい。流れは歩きより少し早い程度で、時速4~5キロか。自転車ならタンデムだが、技量,体力を鑑み交代で漕ぐ。堤防との比高は-5mくらい、川原が無く着岸が難しい。清流とは言い難いため「沈」は絶対避けたい。
googleマップの航空写真では、数ヶ所、堰があり白波が立っている場所があり、如何に越えるかが問題である。一つ目の堰はコンクリートブロックで、底をすりながらも無事クリア。途中、右岸に小さな川原がありボートを引き上げ小休止する。。ここまでは、順調であった。このあたりの小櫃川は両岸に竹やぶや深い草地があり、全く人影を見ない。
二つ目の堰に近づくと鋼矢板がむき身で刺さっている。あれよあれよと言う間に、船腹が横向きになり、そのまま転覆、深くて足が着かず、泳いで岸にボートを引く。もう終わりにしたいところだが、ここでは土手の上までボートが上げられず、気持ちを落ち着かせ再出発する。
三つ目の堰もやはり鋼矢板。またもや沈没。もう、どーでも良くなってくる。もう一がんばりし、スタート地点と同じ左岸にやっと着岸地を見つけようやくフィニッシュ。4時間、2.9Km。
久しぶりにMARIN(MTB)の登場です。7:30、バス釣り客でほぼ駐車場が満車の亀山湖畔を出発。君津市黄和田畑(きわだはた)にある七里川温泉を経て、四方木(よもぎ)へ。この四方木集落は小櫃水系だが鴨川市(旧天津小湊町)になる。不思議なので調べてみると、
昭和29(1954)年 6/1 君津郡亀山村四方木地区を安房郡天津町に編入。10/1 久留里町・松丘村・亀山村が合併し、上総町誕生。
とある。昭和の大合併の際、君津側から離脱したわけだ。これは、旧上総国から旧安房国への異動である。
それはさておき、分水嶺を越えた後、MARIN号は一気に太平洋まで下り、天津から海岸沿いを東行する。小湊からは山の中へ入り、朝綿原(まめんはら)から清澄山を経て、尾根筋を元清澄山方面へ向かう。その後、東大農学部の演習林(地図の橙線:入ってはいけません)内で注意を受け、三石山へ進路を変更する。小櫃川支流の川沿いから、元清澄山~三石山の尾根までは100%担ぎ、その後も押しと担ぎの上、最後までルートの確信が持てなかった。三石山観音を見た後、16:30に帰着。59km。
(写真:三石山の車道に出たところ。判っていれば、自転車では行かない。)
道の駅富浦まで車で行き、房総半島先端部を右回りに一周した。右回りにしたのは、海側を走るためである。7:40にスタート。海沿いの旧道を舟形~那古と走り、館山駅西口から橋上駅を東口へ抜ける。市街にある安房国分寺を見た後は千倉方面へ走る。たいした坂もなく、なんだかすぐ千倉に着いた感じ。道の駅が連続する海沿いを西へ。若干の追い風で非常に走りやすい。野島埼灯台の遊歩道を一周した後、洲埼灯台へ。地名は、野島崎,洲崎だが、灯台名は、野島埼,洲埼。地名を昭和になって変えたようだ。
帰路の館山では海軍航空隊の赤山地下壕を見る。無料だが、ヘルメットと懐中電灯を貸してもらえる。松代に匹敵する規模とのこと。米占領軍初上陸地点(降伏後だが)が目と鼻の先にあるのは偶然か。
最後は、新八犬伝で、信乃や浜路たちが登場する舞台となった那古観音に登り、館山湾を眺望し、14:20に車に戻った。
75kmくらい。
(写真:船形では小さなお祭りに遭遇した。神様は下諏訪系だった。)
木更津、君津には歴史を感じさせる地名が多いが、その中でも出色なのが馬来田(まくた)、真里谷(まりやつ)である。漢字を輸入する前のやまと言葉の柔らかさを感じさせる。久留里線馬来田駅に、万葉集の句碑があった。「まくた(うまくた)」を詠んだ句は二首あるとのこと。
真里谷城址まで足を延ばしたので、養老水系の高滝ダムへ下り、上総牛久を経て木更津市街経由で帰った。途中、東横田駅周辺のドンドン(大字)と言う地名(1/50000地形図に表記されている)を探したが、地名の表示物は見つからなかった。地元の中学生に尋ねると「初めて聞いた」と言われたが、気を取り直して老夫婦に聞くと、由来を含め教えていただいた。この地名は、「音」に由来する。
70Kmくらい。ロードバイク可。東横田~木更津の国道409は道幅が狭いので、並行する市道を走る方が良いだろう。
(写真:馬来田駅。渋すぎ。)