1.ALPSLAB ROUTE で「ルートを作成」を選ぶ。
2.「道に沿って結ぶ」設定で、地図上にルートを書く。
3.「ルートを投稿」する。(後で削除するので、「編集キー」の入力を忘れないように。)
4.ルートが投稿されてしまうが、気にせず「GPX」をクリックし、gpxデータを自分のPCへダウンロードする。
5.「カシミール」を起動し、「ファイル」~「地図と連動して切り替える」~「GPSファイル」で、先ほどダウンロードした GPX ファイルを開く。
6.すると作成したルートが、地図上に描写される。
7.投稿してしまったALPSLAB ROUTEを削除する。(必ずしも削除する必要はないが、その場合はタグ情報等をつけましょう。)
GPSロガーを持っていれば、ロギングしたGPXファイルをPCにUPすることにより、1~4の作業を行ったことになる。当然のことながら、走った後でないとできない。
上の画像はカシミール解説本(2000円前後)収録の地図データを使用したが、国土地理院の地図閲覧サービスを利用することもできる。
2月に東西に横断した鹿野山塊を、今度は南北に縦断することにした。馬登(まのぼり)の集落を抜け、本格的な登りに入るが、例によって位置が怪しくなってくる。途中にある、逆崩(さかさくずれ)と言う地名(地形)を確認したかったが、君津市、富津市境の案内で現在位置が判明した時には、すでに通り過ぎた後だった。
地理院の測地観測所横で県道93号に出た後、国民宿舎跡から鳥居岬への山道に入る。緩い下りで乗車率は80%くらい。
鳥居岬は江戸期の景勝地で初代歌川広重の浮世絵に描かれている。現地へたどり着いたが、景勝地だったころの痕跡は見つけられなかった。
「不二三十六景 上総鹿埜山鳥居崎」
初代 歌川広重
その後、放棄された別荘地らしき中に迷い込み、また位置がわからなくなった。散々迷ったあげく264.7mピークへの山道を見つけるも、途中で道が無くなる。進むには、ノコギリとナタが必要だ。
予定の下降道を降りられないので林道鹿野山線に変更するが、この道は非常に気持ちよく走れる。高度を徐々に下げるので、稼いだ位置エネルギーを無駄なく使えるのだ。九十九谷をかすめるように走り、最後は毎度のR465で帰路につく。
上総博物館 鹿野山の浮世絵
46Kmくらい。
鹿野山で遭遇した無線系の「ONよりOFF」さんに教えてもらったルートで鋸山に登ることにした。林道で稜線まで登り、最後は歩きで山頂の一等三角点を目指す。
富津金谷ICの手前から金谷元名林道に入る。取り付きは急登だが、舗装が終わったあたりからは傾斜はゆるくなる。稜線をうねうね進み、程なく竹岡林道とのT字路に到着。
ここを右折して、次は登山道入り口を目指す。見落とさないように注意深く走っていると、けっこう大きな案内図が現れ、登山道との分岐が「林道口」と言う地名(場所名)だと判る。金谷元名林道の途中に「←金谷/林道口→」という案内標があり、意味が判らず返って不安になっていたのだ。(機種依存文字は、左矢印と右矢印です。)
登山道に入ってすぐにMTBをデポし、あとは気持ちのいい稜線を歩く。山頂に祠が無いせいか(低山だと普通は無いな)、一等三角点が、代役を務めているようだ。
山頂からの眺望は北面のみだが、少し西の電波塔から南面を望めたので満足して引き返す。
帰路は竹岡林道をR127まで下る。この道は荒れている。林道の最後には、房総名物素掘りトンネルがあるが、ここまで狭いのは初めてだ。軽4限定ですね。
楽しみにしていた「梅之家」は、行列が半端でなく断念。結局、君津の「四馬路」で大四馬路ラーメンを食べる。
<MTBのタイヤ>
MARIN PINE MOUNTAINのタイヤは3代目のMICHELIN Country rock 26X1.75 で、実は街ち乗り車です。初代はたぶんIRC、2代目は松下のTimbukⅡ 26X2.00で、共にオフ専用だったが、房総丘陵へ引っ越してからは通勤兼用となったため舗装路重視になってしまった。今日のような荒れた林道では、何もできない。
71Km。歩きは 2.8Km。
日本の川の源へたどり着くのは容易ではないが、矢那川なら何とかなるだろう。Google Mapでも、源流域まで道路があり、藪漕ぎ程度で行けそうだ。MTB向きのコースだが、しばらく乗ってないので、crossで行くことにした。
1/25000地形図では河口に記念碑があるので、そこを起点にスタートする。房総では地名の豊かさに感心するが、歴史ある町であるはずの木更津の中心部に限って見ると、富士見、中央、東中央、朝日、大和、文京・・・近代まで無人の原野だったようだ。その上、右岸の車道は「矢那川青春ロード」と命名されている。どうかしちゃったのだろうか。
市街地を抜け、館山自動車道をくぐったあたりから、自然河川の趣きが出てくる。
源流域はまだ先だが、矢那川遊水池(矢那川ダム)への分岐部分では、一旦水が枯れているので、2つの川をつなぎ合わせたと見るのが正しいのかも知れない。
草敷から長石開拓の台地に上らず、地図記号の実線(道幅1.5m~3m)を進み、源流の核心部へ向かう。
![]() | 通行止のゲートを越えてからは、倒木(竹)が多くなり、ほぼ押しになる。 |
地形図で川の線が消える①地点で河床に降りてみる。河床は乾いているが、幅は4mほどあり磨耗した川砂利に覆われている。源流はもう少し先だろう。 倒れた竹が河岸に密集し、川に近づけなくなってきた。 | |
杉林が途切れ、砂取り場に続く荒地に出て、ようやく源流らしき②地点に到着する。どうも、小糸水系との境目はあいまいな感が強い。手軽に行ける源流なので、こんなもんかな。 38Km。川沿い部分は 15Kmくらい。 |