台湾の山岳地帯を走っていると、ときどき「古道」の案内を見かけます。 車道となる前の徒歩道かと思っていましたが、中部横貫公路の觀雲山莊に泊まったときに尋ねたところ、その多くが清朝末期から日本統治時代に山岳原住民を統制するために作られた道とのことです。 日経新聞国際版のサイトに、よくまとめられた 特集記事 がありました。 |
太魯閣国家公園の天祥周辺にある合歓山越嶺古道は、タロコ戦役(1914年)で開削された軍用道路とのことです。 ![]() 整備を終えた2008年から開放(人数制限あり。太魯閣ビジターセンターに申請)されています。 登山道ではなく移動のための道ですが、台湾の山の険しさは尋常ではありませんので、迫力十分の面白い道のようです。 (右:岩壁のキズに見えるのが古道) 山歩き好き、旧版地図好きにとっては垂涎の的。次回、行く気満々です。 |
手持ちの台湾旧版地図を探して見ると、「大里簡(1926年測図、1927年発行)」 に 「草嶺古道」の部分がありました。 これは台湾北東部の福隆から大里へ稜線を越える道で、清の時代に作られたようです。 ![]() |
地図の旅愛好会 の活動で、会長が写した50年前のスライドフィルムの電子化作業を始めました。
先ずは、東北スクーター旅行編です。高校の地理教師だった会長は、休みの度に日本全国を旅しています。
日本が発展途上国だったころの様子がわかります。貧しいけれど希望のあった時代でしょうか。
フィルムスキャンに加え、キャプションを追記しようとしていますので膨大な手作業ですが、まったく飽きません。
冬の蔵王は2回目です。2009年1月は、ガスの中 "馬の背" の稜線遥か下の避難小屋で撤収しています。今回はキナバル山の快晴トリオで挑戦、W辺さんは昨秋より連続晴れ山行が続いている晴男なので期待大です。
土曜に登攀の計画でしたが、東北道閉鎖で到着が遅れ、日曜の朝を迎えます。こっ、これは、快晴です。![]() |
リフトを2本乗り、ゲレンデ最高部から歩き始めます。今回はスノーシューです。30分で前回の引き返し地点の御田神避難小屋まで到達。前方に刈田岳と馬の背が近づいてきます。 前回のようすはこちら ![]() |
樹氷原を横切り、馬の背の取付きへ。廃棄されている夏山リフトに沿って登ります。 ![]() |
御釜(五色沼)もバッチリです。ただし、雪庇が張り出しているので、危険地帯です。 ![]() ![]() |
次いで、蔵王の最高峰熊野岳へ。熊野神社の社は完全氷結しています。 ![]() |
電波の届かない山で使ったのは、iPhoneの DIY GPS です。 ![]() A地点:御釜撮影地点。 B地点:熊野岳。雪原の凹凸がわからず馬の背から直登しましたが、谷を迂回する夏道の方が楽でしょう。 C地点:帰路は直下に避難小屋が見通せたので、真っ直ぐ下っていきます。 D地点:ここまで下って右又沢が越えられないことに気づきます。 E地点:沢をトラバースし、本来の道に戻ります。晴れているからと言って、冬山を甘く見るといけません。 |
C地点、深く切れ込んだ沢は回避したつもりでしたが・・。 ![]() |
E地点からのトラバース。登山者は50人以上いましたが、ルートを外れるとこの状態。 ![]() |
<W杯ジャンプ女子> 前日はワールドカップジャンプ女子を観戦。15歳の高梨沙羅が2位。 ![]() |
宿は2009年と同じ蔵王ライザスキー場ゲレンデにある tooCotton さん。ここの食事は最高レベルです。 持ち込んだ卵とコンデンスミルクで即席のアイスクリームも。 ![]() |