2020年の宮古島に続き2回目の先島。羽田空港 11:35発、石垣空港 15:00着。自走で空港へ。ターミナルを間違え、車が多ければ幾分危険な道で移動。 |
輪行袋は最軽量、結果、ビニール袋に。今回は問題なしでした。 |
泊りの旅で使うのは初めての Panasonic DC-TZ90、唯一満足なのはめったに使わない望遠。カシオがコンデジ撤退で、しかたなく買った DC-TZ90 ですが、これパソコンを持っていないニッポンの高齢者の要望に応えた? 奇妙に多機能なガラパゴス機。 |
定刻に石垣空港着。台北より南、気温は24度。デイパックに冬用ウェアをパンパンにつめてTシャツで市街へ向かいます。 |
石垣島最長(13.24km)の宮良川(みやらがわ) |
津波大石。1771年の明和の大津波とされていましたが、2000年前に打ち上げられたものだった。 |
火の神御嶽(ピィナカンオン) |
フルスト原遺跡。沖縄本島のグスク(城)とは異なり、14-5世紀の屋敷跡。 |
一部は戦時中、掩体壕として使われたらしい。 |
宿は航空券とセットでルートイングランティア石垣。無難なところ。 |
21.3km、2h10m(+羽田側 23km) |
Hさんの旗振りで、湯河原の城山(土肥城跡)の周回ハイク。集合は湯河原駅9:00、総勢5名のちょうどいい人数です。 |
湯河原駅も隈さん駅。もはや、珍しくない。 |
城願寺。ここは、第9次伊能忠敬測量隊(忠敬 71~72歳)が訪ねています。 |
みかん100円、湘南ゴールド200円。 |
城山ピクニックランドで、みかん休憩。 |
真鶴半島。 |
563mの城山山頂から662mのピークを巻いて、しとどの窟(いわや)。石橋山の戦いで敗れた源頼朝が岩屋(洞窟)に身を隠したらしい。 |
新崎川まで下り幕山山麓の湯河原梅林へ。 |
湯河原梅林最上部は、岩登りの練習ルートとなっている幕岩直下に続いています。 |
平地まで下り、新幹線の高架を抜け東海道本線。ツールドフランスでは「ランタンルージュ」と呼ばれる貨車の最後尾。 |
後は駅までですが、なぜか高度を増す。 |
13.9km、時間 5h26m、累積標高1168m。 |
川崎駅周辺で展示をはしごしました。先ずは、ミューザ川崎シンフォニーホールで、川崎市民ミュージアムの「鉄道操車場物語」展。 |
川崎市民ミュージアムは、2019年の多摩川水害以降閉鎖されたまま。場所を替えての小規模展示です。 |
入場無料のせいか、賑わっていました。1800円の図録は売り切れ。 |
次いで川崎浮世絵ギャラリーで「近代日本をつくった鉄道絵」、こちらは500円。明治5年の新橋、横浜間開業前の絵も多くあり、想像で描いた不思議車両もありました。日本各地に伝わる「鉄道忌避伝説」が、眉唾なのが説得力を持ちます。 |
最後は、東芝堀川町工場跡に建つ東芝未来科学館。東芝の未来が心配ですが。 |
東芝と言えば電気釜。 |
東芝のマツダランプ。MAZDA Lamp は、タングステン電球の世界統一ブランドで、1909年アメリカ生まれ。ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー由来とのこと。知りませんでした。 |
帰る前に寄り道した留富崙稲荷(るふろんいなり) 東京製線が伏見稲荷からの神霊を祀っていた。跡地に建つショッピングセンター・ルフロンの守り神。 |
33km |
多摩川右岸、東京都稲城市のありがた山周回 |
東京最後?の大規模区画整理地区に接した墓石群です。先週まで、その存在すら知りませんでした。 |
昭和15年ごろ、都内の本郷、小石川、駒込に野積み、放置されていた無縁仏を、民間団体が移設したもののようです。 |
山頂の石塔。その先、かつては、よみうりランドへのハイキング道が延びていた。 |
南山東部土地区画整理地域。 |
稲城ピラミッド。全山露頭。高度成長期には「稲城砂」と呼ばれる砂が建設資材として大量に採取され、地形が激変して抉れた崖地となっていたらしい。 |
稲城市街方面。石仏、墓石は4000基を越す。 |
ありがた山を下り、2021年秋に供用が始まった新道。 |
新道から。削り取られたありがた山。裏斜面に石仏群があるとは。 |
土地区画整理地域、見えてるのは半分くらい。足元が、付け替えられた都道124号。中央右奥、樹木があるのが ありがた山。 |
30km |