| 走り出してすぐ。鬼ヶ城歩道トンネル(509m、旧・木本隧道)大正期最長の道路用煉瓦トンネルとして土木学会の「選奨土木遺産」に認定されています。 |
| 花の窟(はなのいわや)神社。イザナミが「国生み」の最後に、火の神カグツチを生んだ際に火傷で亡くなり、葬った場所。 |
| 口有馬は、伊勢路が海岸沿いに新宮へ向かう「浜街道」と、内陸へ向かう「本宮道」とに分かれる分岐点。地名には残っていませんが、踏切名に残っていました。 |
| 産田(うぶた)神社。イザナミがカグツチを生んだ場所。 |
| 熊野市歴史民俗資料館 |
| 防潮水門を兼ねた旧志原橋(1932)と紀勢本線。 |
| 熊野川を渡り和歌山県入り。 |
| 那智駅交流センター |
| ここには、なでしこジャパン 2011優勝の展示 |
| 古座川を渡り、串本街区の北端の宿へ。暑くなければ楽なルートですが、今日も厳しい走りとなりました。 |
| 窓からは "橋杭岩" |
| 70.1km |
| 昭和19年の昭和東南海地震で津波被害を受けた大紀町錦の第2タワー(2012年)、第1タワー(1998年)と合わせて防災拠点となっています。 |
| 第2タワーからの錦漁港。 |
| 紀勢本線の半ループトンネルの上部。 |
| 多気駅から、志摩半島を山越えで越えてきた紀勢本線紀伊長島駅。"ふみきりや" のある踏切。 |
| 旧長島町(町制は明治32年)は、熊野灘沿岸の港町で、海産物・木材の集散地として栄えました。 |
| 長島神社 |
| 紀州ひのきの無人販売所。まな板2400円とか。 |
| 紀北町資料館。明治43年建造の向栄館。 |
| 尾鷲を過ぎ、山越えの国道42号線か海沿いの国道311号線が迷ったすえ、鉄道に沿う距離の長い311号線を選択。完全に力尽きた感じで三木里駅から予定外の輪行。駅へ向かう道。左手は廃業した銭湯。 |
| 三木里駅。無人駅は当然ですが水道なし。汗だくで収納。大泊駅まで16.7km 輪行。 |
| 連日の猛暑。サイクリストにまったく会わないのも納得。 |
| 57.7km |
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志摩半島の南岸、リアス式海岸を西へ走ります。 泊まったホテルの正面玄関。伊勢地域では一年中「蘇民将来」のしめ縄を掛ける風習があります。 |
| 狭い平地に密集する住居。暑くなくても脚を削られる道。 |
| 南島幹部交番。幹部交番とは、いくつかの交番を統合した警察署の下部組織。左端にあるのは1944年の昭和東南海地震で救護活動中に殉職した署長の顕彰碑。 |
| National Cycle Route , 太平洋岸自転車道。グレードの高い自転車ルートですが、全く自転車乗りに会いません。サイクリングに向いていない季節なのは間違いなし。 |
| 味気ない新道、、ですが、集落をたどる昔の道なら、半分も進めないと思います。 |
| 紀勢線沿いまでは走れず。リソースが尽き16時から宿探し。廃業している宿も多く、移動スーパーで買い物中の人に聞いて、わざわざ案内してもらいました。 |
| 町村制施行時は6村。昭和の大合併で2町、平成の大合併で大紀町成立。 |
| 夜の錦漁港。 |
| 63.8km |
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KHS P20-G の初ツーリングは未走の紀伊半島。 名古屋まで新幹線。車両最後部の「特大荷物スペースつき座席」、折りたたまない KHS P20-G は2列席だとはみ出すので、この後、縦置きにしました。 |
| 名古屋からは近鉄。オーソドックスに最後尾の車両に。 |
| 鳥羽駅着 10:20。走り出したのは 11時。暑い。 |
| 環境省の(伊勢志摩国立公園)横山ビジターセンターに自転車を停めて歩きで展望台へ。展望台横に駐車場がありますが、車道は自転車、オートバイ進入禁止。急坂過ぎの納得の理由。 |
| 横山展望台。 |
| 英虞湾。 |
| 志摩市浜島町迫子港。真珠養殖用の作業小屋か。 |
| 宿は、当日の朝、近鉄車内から予約。二食付き、眺めのいいお部屋でした。 |
| 37.7km(+新横浜側 13.4km) |


























































