| 今日も肌寒い朝です。嵯峨野を抜け小倉山の鞍部にある六丁峠へ上って行きます。 |
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清滝との分岐を左に取り、1km弱 急坂を上ると六丁峠。7:35、気温は 7度でした。 |
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峠からは保津峡への下り。山陰本線の保津峡駅は橋上にあります。 |
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前方に見えるのは、嵯峨野観光鉄道(旧山陰本線)のトロッコ保津峡駅。 |
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ここから支流を水尾へ向けて上って行きます。残念なことに、帰路に走る予定の林道が土砂崩れで通行止め。関東なら突入しますが、遠征なので経路を変えることにします。 水尾は山間の小さな集落ですが、氏神は清和天皇社です。清和天皇陵も近いですが、SPDなので断念。 |
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神明峠を越えると樒原(しきみがはら)。ここから宕陰(とういん)にかけて標高400m前後の緩斜面に、優美な曲線の棚田が続いています。 |
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亀岡盆地に下り、ここ数日続く北風を背に亀岡市街へ。亀山城跡がまるまる大本教本部になっていたのに驚きましたが、後で調べると出口王仁三郎の出身が亀岡で、大正時代に買い取っていることのようです。 R9 を京都へ。老ノ坂峠の手前に初代王子橋の親柱が残されていました。 |
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亀岡、京都の市境にある老ノ坂は、峠の鞍部を自動車道とR9 がトンネルで抜けています。自転車では走りたくない道ですので、旧道を探索することにします。ただし、保津峡を林道で戻る計画だったので、事前の調べはできていません。 自動車道上下線の間を抜け、山城国へ入り、首塚大明神を越えると車道は終わり。自転車を捨て京都霊園への道を探しましたが、届きませんでした。後で地図を見ると残り100mですが、自転車を担いでは無理筋でしょう。 |
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国道へ戻ると老ノ坂トンネルは越えていたので迂回としては成功ですが、何と旧トンネルは自転車歩行者専用でした(泣) 何気に過ぎた首塚は本家の酒呑童子、徘徊した山は大江山。京都、恐るべし。 |
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市街地は、山陰道旧道の府道142号線から西大路通りを走り、時間が余ったので金閣寺、龍安寺、仁和寺へ。 京都、恐るべし。 |
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まー、金閣寺はあれだな。 69.05km 走行時間 5:24 |
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今日は、京都北西の山を走ります。天候はすこし安定してきましたが気温は上がらず、小雨がぱらつくこともあります。一月前の花冷えを思わせる気候です。 昨日の宿への帰りに走った鞍馬口通を東へ向かいます。京都の道は碁盤の目に沿った直線路を思い浮かべますが、この通りは金閣寺門前から下鴨神社へ屈曲しながら続いています。wikipediaにも一項が設けられており、それによると、「平安京の範囲からは北に外れており、江戸時代にはこの通りが洛中と洛外の境界とされていた」とのことです。 道幅は狭いですが、一方通行(自転車を除く)なので走りやすい道です。 |
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加茂川を出雲路橋で渡ると下鴨神社西参道。表参道へまわり馬場道を本殿に向けて走ります。 下鴨神社の正式名称は、賀茂御祖(かもみおや)神社で山城国一宮。楼門、中門に左右の本殿を配した仏教寺院のような造りです。ここは、巫女ブログや公式Twitterも持っています。 |
| 鳥居の横には、平成27年の遷宮に向けての生石(あいいし)御払い場が設けられていました。 |
| 次いで上賀茂神社。正式名称は、賀茂別雷(かもわけいかづち)神社です。こちらも山城国一宮で、同様に平成27年に遷宮が行われます。 |
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宝ヶ池、京都国際会館を経て、R357を北上し大原へ。 眺望を求めて三千院の脇を上ってみましたが、視界は得られませんでした。こちらのもみじは、関東より小ぶりな気がします。 |
| 小浜まで57km地点で R477に転じると、標高741mの百井(ももい)峠への登坂が始まります。18%の厳しい坂もありましたが、手入れの行き届いた杉林を抜ける心地よい道です。 |
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百井別れで、道幅の広い京都府道38号線と合流し鞍馬へダウンヒル。 鞍馬で昼食を探しますが、茶屋の店主の車がメルセデスのSクラスだったりするので、この街はパス。 |
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貴船口まで下り、貴船神社へ上り直します。全国に450余りあるという貴船神社の総本社です。陰陽師人気のためか若い人でにぎわっていました。 昼食は「でんべ」で、京都でよく見かける "にしんそば" 。 えらく美味しかったので店の女将に尋ねると、下ごしらえからすべて店で行っているとのこと。 |
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下り道は、山深い貴船から10分足らずで市街北端へ。あまりのギャップに驚きます。 市街に入ってからは大文字山の山裾を巻く鏡石通を金閣寺前へ。この道がまた素晴らしい。 |
| 道の脇で休憩して、ふと見ると三條天皇北山陵でした。 |
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73.49km 走行時間 6:11
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GW内の平日、京都の宿が4連泊でとれたので宇治川を下って入京することにします。 「瀬田から走るなら少し手前の草津の天井川も見たい、在来線に乗り換えて草津へいくなら、いっそ新幹線の止まる米原から走りだしたい」 と言うことで、6:00 新横浜始発のひかり、7:32 名古屋始発のひかりを乗り継いで、7:59 米原着。共に、自転車を置ける車両最後列の自由席に座れました。 閑散とした米原駅西口で自転車を広げサイクリング開始。JRに沿って彦根へ向かいます。 |
| ひこにゃん、お出迎えの彦根城。現存天守12城の一つで国宝に指定されています。内堀内に入るのも有料なのは彦根市民にとっては厳しい気がします。 |
滋賀県道2号線を走る予定でしたが、趣のある町並みが。観光とは無縁の地区ですが、おそらく中山道へ続く歴史ある街道筋でしょう。 |
県道に戻り安土城へ。ここは寺の持ち物らしく、無料で入れるのはここまで。 |
近江八幡、野洲(やす)、守山を経て、中山道と東海道の追分だった草津宿。 1964年の画像と比べると、変わったと言うべきか、あまり変わってないと言うべきか。トンネルの上は、草津川。 |
天井川として有名だった草津川は、2002年の草津川放水路通水により廃川となっています。 |
14:50 瀬田の唐橋到着。大津経由なら日暮れ前に宿に入れそうですが、ここから瀬田川に沿って宇治へ向かいます。 |
瀬田川は水質問題を抱えている琵琶湖から流れ出る唯一の河川ですが、流れは美しく優雅です。 |
県境手前でふと山側を見ると、レンガ造りの水道が目に入りました。後で調べると明治末に開削された「宇治発電所導水路」で、平等院の対岸にある宇治発電所へ瀬田川洗堰からの水を落としています。 |
流量を確保するため、川中へ突き出した大日山をダイナマイトで爆破し川幅を広げる工事も行われています。 左:明治25年測図、明治28年発行、 右:大正11年測図、大正14年発行。 |
宇治まで2kmあまりのところで突然現れた天ヶ瀬ダム。アーチ式、堤高72mで1964年に竣工しました。 |
宇治到着。平等院は改修中なので、代わりに宇治茶ソフトクリーム。 |
宇治の土手を走り、17:55 観月橋の先の近鉄京都線澱川(よどがわ)橋梁へ。 1928年竣工、径間 165mの巨大トラス橋です。電車がミニチュアのように見えます。 |
残るは市街地の縦断。多少道に迷いましたが、日が落ちた宇多野の宿に到着。 |
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117.25km 走行時間 7:16 |
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GW前半、関東は好天が続きます。smakさんをお誘いして、宮ケ瀬の南にある半原越え(峠)へ。 かながわフードバトルが行われている厚木市中央公園で待ち合わせ。smakさんはここまで40km弱、私は28kmなので、ハンディが大幅に足りません。 まずは、R412を走り低い分水嶺を越え、中津川流域へ。 |
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半原の集落手前から、けっこうな坂を上り峠の取り付きへ。一人の時と違って踏んでるので、峠を攻める前にバテバテです。 マイペースで走る時は全く負荷をかけていないのがよくわかります。 |
| 現在の半原越(488m)は、めったに車が走らない静かな林道ですが、撚糸の町として明治期から栄えた半原へ、煤ヶ谷から繭を背負って越えた峠です。古い地形図にも名称が記載されています。 |
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今回、初めてハンドル固定で動画を撮りましたが、課題が多く見つかったのでお蔵入りとします(泣) |
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92.80km |





















































