<9/17> 6:00-16:15 70.65Km 今日の宿は決まっていない。できれば那覇まで戻りたいので、朝食抜きで6時に出る。浦添市は沿海部がすべて海兵隊に取られているので実態は内陸都市。そのマリーンとの境界線を北上する。1号車のMTBなら車体のロゴをアピールできるが、今回は2号車のビアンキなので余計なことはせずに走る。 嘉手納ロータリーを経て、座喜味グスクの到着したのは8時。このペースだと日帰りできそうだ。 屈曲した城壁が優美な座喜味グスクは、琉球王朝統一の過程の1420年代に築城され、16世紀まで使用された。沖縄戦の最中には、高所にあるという立地条件を利用して、高射砲陣地とされたとのこと。 次いで、楚辺通信所(象のオリ)を探しに行く。農道を行き来して探すが見つからない。土地の人を見つけて尋ねると、数ヶ月前に更地となりまもなく返還されるとのこと。 嘉手納ロータリーに戻り、東へ走る。台風12号の影響で、強い向かい風。道の駅カデナの展望場から基地を見るが離発着は行われていない。ここの学習展示室は一見の価値あり。 風、益々強く、断続的な雨の時間も長くなる。また、道も分かりづらい。これは、2005年4月に合併して生まれた「うるま市」(具志川市、石川市、中頭郡勝連町・与那城町)と市名変更後30年経つが、どうも定着しない沖縄市(旧コザ市)の案内標識が、旅行者にはピンと来ないためであろう。ちなみに、「うるま」は「サンゴ(ウル)の島(マ)」の意で、本来は沖縄、琉球と同様の広域地名である。 汗ふきのタオルを風で飛ばされるなか、ようやく勝連半島が見えてくる。那覇へ帰る案は無くなり、今日の宿を探す必要もでてくる。 勝連グスク前の休憩所で豪雨となり、ついに雨具を出す。安宿を探す気力も無く「マリンリゾートホテル浜比嘉」を予約する。 勝連グスクは、ヨーロッパ的な外観の城。城を縁取るように築かれた城壁は、大正期の護岸工事で資材として持ち出されてしまったらしいが、これは英国のハドリアヌス城壁も同じだ。 海中道路を一部押して平安座(へんざ)島に渡り、次いで浜比嘉大橋を一部押して(これは、飛ばされる危険を感じたため)渡り、はふはふの体で宿にたどり着く。 今日長野で行われている王滝クロスマウンテン100KmのM君はもっとキツイだろうが、わたしは困難は求めていない。ただただ、城跡が見たいだけなのに。
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