1920(大正9)年発行の1/25000地形図を見ると、徳島市街から伊予街道、讃岐街道、土佐街道が伸びていることが分ります。
市街の周縁部には、その道筋が残ってそうなので、ポタって見ました。
<讃岐街道>
蔵本駅の東側に、商家が連なる道として明瞭に残っています。
讃岐街道は県道1号線に相当する道ですが、この辺りでは500mほど西に新しく作られているので、優雅に屈曲した古い街道が味わえます。
古い地図の製紙工場は阿波製紙、製糸工場はDNP四国(印刷工場)として継承されています。
少し街道からは外れますが、木造3階建ての現役旅館がありました。
<伊予街道>
蔵本公園前からR192の北側に道筋が残っています。
民家や空地(駐車場)が目立ちますが、歴史のありそうな造り酒屋や伊豫街道上鮎喰一里塚の碑(新しい)もあります。
鮎喰川の堤防際にあった旧鮎喰駅の痕跡は皆無です。
もっとも、現在の駅も信号所風の簡易なものなので、駅舎は無かったのかも知れません。
<土佐街道>
拡幅された県道136号線により、昔の道筋は埋没しています。
二軒屋駅の位置が北へ移動しているので、今は消防車庫になっている場所が、昔の駅前通りかも知れません。
八万東保育所に八万村役場跡と乗合馬車発着所跡の木碑があります。
那賀郡羽ノ浦村までの馬車路線が、1905(明治38)年から大正初めまで運行されていたとのことです。
ママチャリだったので、計測できず。20Kmくらい。
今日たまたま,ここを通りました.
旅館の前で,家族で話をしたところでした.
「常磐旅館」さんは現役みたいですね。耐震とかの問題はあるでしょうが、建物の手入れはしっかりしているように見うけました。
smakさんの走りを目指し、本日SPD購入しました。明日以降、試し乗りします。もっとも、クロスは置いてきたので、KHSの折り畳みに装着します。
伊予街道、学生時代から6年間ほど近所に住んでいたのですが(もう25年も前)、全くそんな目で見たことがなかったです。造り酒屋も記憶になし。街道沿いに3件あった酒屋さんには、よく通ってましたが・・・。
讃岐街道、あの通りがそうだったのか。
知らぬことばかりです。
地図の収集は素晴らしい趣味ですね。
いつ、何故、始めましたか?
(や ま さん)
造り酒屋は吉本醸造ですので、銘柄は眉山です。(今、調べました)
讃岐街道は県道30号線で分断されていますが、鮎喰川の土手下まで、一方通行の細い道が続いています。巨木のある神社もあったように記憶します。
(Mr. Child さん)
中学生のころ、スイスの美しい地図を見たのがきっかけです。それはさておき、Lang-8の「iPhone for bicycle」”意味が通じない”部分を訂正したので、添削お願いします。