1983、1984年のツール・ド・フランス覇者ローラン・フィニョンが、8月31日に死去した。50歳だった。
フィニョンを見るために、立川の昭和記念公園へ行ったのは、いつだったか記憶がはっきりしません。
superUのチームジャージを着ているので、1989年と思われます。
この年のツールで、伝説となった最終ステージ8秒差の逆転で、グレッグ・レモンに総合優勝を奪われました。
今尾恵介さんの地図本は、目を通しているつもりでしたが、検索してみると洩れがたくさんありました。川崎の図書館サイトで予約し、つぶしにかかっています。
図書館に無い「四国四都」(日本地図センター)は、持っていてもよさげなので、ネットで購入しました。
当然、見ず買いですが、国土交通省四国地方整備局長の巻頭あいさつで始まり、出版意図が不明瞭です。今尾さんが書きたかった訳ではなさそうですが、旧版地図の印刷がきれいなので、良しとしましょう。
「地図から消えた地名」(東京堂出版)は、平成大合併ほかで "消滅した理由とその謎を探る" とするものですが特段、探っている訳でもありません。探るとしたら、地理学でなく、心理学や文化人類学の範疇になりそうです。
歴史・文化への無頓着ぶりや、地方の不思議な「中央」好きを、淡々と記述しています。
大字や字に残った痕跡を愛でるとともに、短命に終わった過去の合成地名や瑞祥地名、広域地名の事例を引き、今からでも遅くない、やり直せばいいんだ、と静かに語っています。
暑ぅ、ウェザーニュースの晴れマーク、赤黒いです。 阿波池田駅IN、佃駅OUTで2山回ります。 まず、三好市が力を入れている黒沢(くろぞう)湿原へ。 |
![]() 池田の大字は、カタカナ表記 なぜだろう? 湿原の標高は550mで、高原リゾート風です。 幅の狭い小さな湿原ですが、展望台、休憩所などの設備も充実しています。 かつては湿田で、腰まで浸かっての田植え風景の写真が残っています。 |
![]() ミスコースだと、取り返しがつかないので、民家を訪ねて道を確認します。こんなことは、初めてです。 途中、放棄された大きな家作が。家内制手工業が行われていたのかも知れません。 養蚕、タバコ、和紙、地名からだと 漆? 吉野川にたどり着き、ようやく位置がはっきりします。 |
午後の部の目的地は、ツール・ド にし阿波のコースに登場した山上直線道(以下、棒道)と旧池田町パノラマルートです。 |
![]() 地図にない道に助けられました。 |
<にし阿波の棒道> ![]() |
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![]() 棒道の先、三好市市街の真上まで来ましたが、せっかくの眺望が雑木にじゃまされます。 ここを整備しないとパノラマルートは名乗れません。 200m下った550m地点で、ようやく東側の視界が開けます。中央構造線です。 この地点の最寄り駅は、秘境駅で有名な坪尻駅です。(直線で1400m) 77.24Km |

や ま さんと四国一の清流(by 国土交通省四国地方整備局)、穴吹川の川下りをします。吉野川合流地点から少し下流まで下る計画でしたが、吉野川本流がひどく濁っているため、徳島本線の鉄橋手前までとします。 穴吹川は延長42Kmですが源流は剣山で、今回のスタート地点も周りは1000m超の山に囲まれています。 ![]() 前回の鮎喰川と比べると、透明度は同じくらい、水量はやや多めです。ただし、瀬が多いので、技量が問われることになりそうです。 まずは、私が前座席で漕ぎ出します。前座の役割は、進むコースを判断し、舟の方向を保つことです。風の抵抗はありませんが、 ![]() 瀬の中で岩にひっかかり360度回ったり、岩壁にぶつかったりしながらも、今回は "沈" は回避しています。や まさん、どんどんうまくなり、岩壁をきわどくすり抜けて行きます。 残り1.5Kmの堰からは、さしもの穴吹川の透明度も落ち、最後は水遊びの家族連れの中、デポ地に上陸。 や まさんは、MTB でスタート地点へ車を取りに行きますので、自動車を含めるとトライアスロンです。 |
台風報道に動転して や ま さん との 高知、宇和島ツーリングを中止してしまいました。冷静にみると、朝のトップニュースで言うほどのこともない、豆台風のような気がします。 気を取り直して、噂の "眉八" を走ってみました。 主に、Bianchi のクロスバイクとKHSのフォールディングバイクに乗っていますが、以前から気になってた登坂スピードを比較してみます。 ![]()
登坂だとフォールディングバイクの方が早いと思っていたのは、間違いだと言うことが判りました。 ペダル交換に自宅へ戻ったので TOTAL 40Km くらい。 |