標高グラフ付きの大きな地図を見る |
多摩武蔵野スリバチ学会の 「武蔵野市よくばり微地形フィールドワーク」 に参加しました。 集合場所は中央線武蔵境駅。自転車で北上し駅前の駐輪場へ。ますます人気のスリバチ学会、地味なルートですが、総勢40名あまり。 先ずは、花の通学路。名前は ??、ですが、玉川上水からの境村分水跡の道。自然河川の仙川とは立体交差していました。台地上を流れる仙川は、普段は涸川で、大雨の度に流路が変ったそうですが、今は完全に固められています。 |
米陸軍(進駐軍)の1/12500地形図(1946)がテキサス大図書館で web公開されているので、手書きでルートを書き加えました。ルートデータと重ねたいところですが、測地系の違いなどから地図の位置合わせが難しく断念。 |
武蔵野市の上水道は、80%が深井戸からの地下水で、ここには12本の深井戸があります。すぐそばに、濾過池が並ぶ東京都水道局境浄水場がありますが、無関係。 |
梶野分水築樋。境村分水と同じく玉川上水からの分水で、仙川との立体交差部分。こちらには、高さ4m、長さ230m にわたった築樋の一部が残っています。 1946年の米軍地図では、立体交差は表現していませんが水路の交差が描かれています。カラーなのは、アメリカさんのおかげ。 |
こちらは、下を流れる仙川側から。 |
玉川上水まで北上。これは、北へ流れる仙川分水の旧取水口。 |
次いで、品川用水の旧取水口(北側から撮影)。玉川上水が「幹」だったことが良くわかります。 |
境浄水場へ濾過用の砂利を運んでいた引込線の橋台跡。 品川用水の水路だった中央線地下道。 |
三鷹で昼食の後、鉄ならずとも色めき立つ跨線橋を渡り、武蔵野競技場線跡を歩きます。 ここで、午後2時46分。みなさんで黙祷。 |
短命で終わった武蔵野競技場線ですが、三鷹駅との接続部以外は、中島飛行機武蔵製作所への専用線を流用しています。 |
網掛け部分が Bombed areas なので、ここでは軍需工場を的確に爆撃したようです。残った Final engine assembly (エンジン組立工場)は、戦後米軍住宅に使われました。 |
最後は、微妙なスリバチをチェック。成蹊大学本館は1924年(大正13年)竣工。安倍首相の出身校。日の丸が掲げられているので、早とちりの政党がブーメランを投げそうですが、これは 3.11 の半旗です。 武蔵野八幡宮は初めて来ました。吉祥寺にこんな大きな神社があるとは。 |
JRで武蔵境駅まで2駅戻り、夜間走行で帰宅。 2016年の日本建築学会賞を受賞した「武蔵野プレイス」(2011年竣工)。台湾の 台中図書館 と比べると・・・。 |
35.90km、歩き 18.5km。 |
0 コメント