埋立て工事中(1984-86) |
テナント撤収が相次ぐ六甲アイランド。移動の途中で、一泊しました。無人運転の六甲ライナーから。 |
アイランドセンター駅からの神戸ファッション美術館とホテルプラザ神戸。 |
アジア・ワン・センター(旧 P&Gファー・イースト本社ビル) 1994年度グッドデザイン賞。 |
泊まったホテルプラザ神戸。いろいろ厳しそう。 |
夕暮れタイムラプス(0:14) |
アクチュアルスタートから5kmあまりの稲城市、多摩市で東京五輪ロードレースを観戦しました。男女とも選手が走り抜けるのは一瞬ですので、そのあと家に戻り動画配信を見るスタイルです。 |
<2021.07.24 男子ロード> ツール・ド・フランスからの転戦は50名。これだけ豪華メンバーのレースは空前絶後。アクチュアルスタートと同時に抜けだした先行の8名は撮影失敗。大集団のコーナー突入。金は今年のツール・ド・フランス3位 、2019年のジロ・デ・イタリア総合優勝 のリチャル・カラパス(エクアドル) |
<2021.07.25 女子ロード> 金はアクチュアルスタートの是政橋から飛び出し、残り41kmは単独で逃げたアンナ・キーセンフォーファー(オーストリア)。機材は自前のアマチュアで、スイス連邦工科大学の数学者。感動的な勝利でした。 |
青:初日、白:2日目、ピンク:3日目 |
昨日の下山では膝が笑っていましたが予想外に好調。朝のクリアな富士。 |
吉田口登山道の起点にあたる北口本宮冨士浅間神社。 |
金鳥井からも富士山がくっきり。 |
桂川に沿って大月方面へ下り、富士急、谷村町駅(やむらまちえき)1929年開業。 |
文化庁の登録有形文化財(建造物)になっています。 |
禾生(かせい)からか旧秋山村方面へ入ります。10年ぶりの雛鶴峠越えを逆ルートで。都留市朝日馬場の石船神社。 |
10年前もあったリニア実験線車両基地。今回は車両が止まっていました。ただし、見られたのは先頭部分だけ。 |
まもなく新雛鶴トンネル、延長602m、1986年。標高は650mくらい。 |
雛鶴神社は、峠の両側(都留市、上野原市)にあります。これは上野原市秋山無生野の雛鶴神社。 |
旧秋山村民俗資料館。閉館しているみたい。秋山村が上野原町とが合併し上野原市となったのは 2005年。 |
相模湖周辺は、昭和風観光地かつ大型車両が多く避けたいですが、山越えで走る足は残っていませんでした。3代目「勝瀬橋」 |
99km |
富士吉田金鳥居から延びるかつてのメインルートを、ハノイへ戻れない山梨の佐藤さんと登リました。 |
富士スバルラインの開通する1964年までは、現在の遊歩道をバスが走っていました。佐藤さんのクルマで、明治期の姿に復原されている馬返しの駐車場へ。標高1450m、一合目の少し下になります。 |
鳥居をくぐり山登り開始。狛犬でなく狛猿。サルは富士山の使いとされています。 |
一合目 鈴原社。画像は帰路のもの。お札は、途中ですれ違った修験者の納めたものと思います。 |
二合目、御室浅間神社、元の拝殿。1972年に本殿は麓に下ろされています。建屋の崩壊はWeb上に情報がなく、最近のことでしょう。 |
元の本殿の場所には奥宮が祀られています。 |
三合目、三軒茶屋跡。早朝に吉田を出ると、ちょうど昼食時にあたるため、中食堂(ちゅうじきどう)と呼ばれていました。 |
崩壊している見晴(みはらし)茶屋。 |
四合五尺 御座石浅間と井上小屋。神社と山小屋が一体となった建物です。 |
五合目下あたり。小屋の跡が点在しています。江戸時代は、ここで登山切手(122文)を改めました。 |
五合目到着。標高2300m。ここから富士スバルライン五合目へのトラバース道があります。 |
富士吉田方面。 |
少し上り、星観荘で昼食。カルビ丼(1000円)ポカリスエット(300円)。 |
標高2360mあたりで森林限界を超え。 |
六合目の「富士山安全指導センター」前でスバルライン五合目からのメインルートと合流。 |
ここから上へ登るのは検温と任意の登山協力金(1000円)、スバルラインで来た人と違って吉田口から上った人からすると熱があればここまでこれないよ~。我々は、ここで引き返し。 |
山中湖。 |
山頂。 |
帰路にすれ違った登拝修行者。法螺貝、持ってました。 |
10km(歩き) |