輪行がお手軽になったので、小田急線で鶴巻温泉駅へ行き、善波隧道あたりをポタリングした。
青山通り、玉川通り、厚木街道、大山街道と多くの愛称を持つR246だが、このあたりだと矢倉沢往還である。
新善波隧道:R246は、厚木以西は、片側1車線となる。交通量は多いが、歩道を走れば危険は少ない。
善波隧道:現役であるが、ラブホ専用かも。
トンネルの上にある矢倉沢往還の切り通し。峠の茶屋があった。
切り通しの上にある御夜燈(おんやとう)。文政10(1827)年から明治末期まで使用されたらしい。と言うことは、切り通しが、ここまで深くなったのは明治末期以降だろう。
帰路は自走したので、58.6Km。
房総から見ると川崎市はアクアラインの対岸といったイメージだが、川崎市は細長い市域で、宮前区鷺沼は結構奥まったところにある。都心へ向う東急田園都市線沿線で、渋谷にぶら下がった地域である。
1917(大正6)年と2002(平成14)年の 地形図を比較してみよう。-->
多摩丘陵の東端にあたるこのあたりには、ほとんど人が住んでいない。唯一、大山街道が丘陵地帯を抜けているが、現在のR246である大山街道も昔の道筋の多くが失われており、別の地域を比較しているようだ。
鷺沼の地名は有馬村の小字(こあざ)に拠る。旧版地図にも沼は見当たらないが、鷺沼4丁目の窪地(日本精工グランド)が湿地帯で小さな沼があったらしい。
鷺沼駅の隣は、すぐ横浜市になり、駅は「たまプラーザ」 違和感のあった"プラーザ"(プラザじゃないよ)も20年聞いていると馴染んできてしまった。

君津からの本隊に渋沢駅でピックアップしてもらい、丹沢の鍋割山へ登った。久方ぶりの純粋登山である。
三角点のある鍋割山は1272.5m、高低差は約850m。天気予報は、「晴れて寒い」だったが、登り始めは晴れて暑く、山頂は曇りから雪で急速に寒くなる。
登り口に、鍋割山荘へのボランティア荷上げ品(水、薪、灯油)が並んでいる。
君津本隊W辺さんは、4リットルの水をボッカする。馬体はわたしが一番軽そうだが、山屋で無いと言うことで、ここはパスする。
登山道に雪は全く残っていない。残雪と泥んこ氷結に備え、未使用の簡易アイゼンの着脱練習をしてきたが、今回も使用見送りとなった。
南西39Kmにある、愛鷹山塊越前岳。ここからだと、いい型に見える。
鍋割山荘では屋外で鍋焼きうどんを食べる。下界だと、どこにでもありそうな鍋焼きうどんだが、本当にうまい。腹が減ってるのを差し引いても十分のお味である。
食事中に気温が急低下(-2度から -8度へ)し、雪がちらつき始めた。
蔵王は2回目。前回(2000年9月)はガスでお釜が見えなかったので、クロカンで再挑戦した。
蔵王坊平ライザスキー場のリフトを乗り継ぎ、樹氷帯を抜ける直登ルートでお釜を目指す。40m間隔の標柱が2本見えなかったら、即座に引き返せとのことだが、スタート時点でいきなり2本しか見えない。雪は締まっており登りは難しくないが、視界が悪い。
標柱だけを頼りに、樹氷帯を進む。平坦であるため、返って道に迷いやすそうだ。 ガスの中の樹氷は、ねずみ男です。いっぱい居ます。 前方は、御田神避難小屋。ここは一先ず、避難しよう。 積雪は1m位で、避難小屋へは窓から簡単に入れた。馬の背(稜線)まで出ても眺望は期待できないので、小屋の中で早めの昼食を取り、そのまま逃げ帰ることにした。 |
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| オオシラビソの樹氷はモンスターだが、針葉樹林帯の霧氷は美しい。 |
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| iPhoneのGPSは、ほぼ正確に位置把握できていた。ただし、60秒毎のロギングでバッテリーは4時間程しか持たなかった。(注:圏外だと地図情報が取得できない。上の図は、後日PCで地形図にGPSログをオーバーレイしたもの) |

泊まったのは、ゲレンデ内にあるtooCotton さん。
食事に大満足。味、量、種類ともパーフェクトです。






