| 太宰府天満宮はチラ見で南下。傾斜を感じさせない針摺峠は玄界灘と有明海の分水界。筑豊本線原田線は単線非電化です。 |
| 筑後川水系宝満川(ほうまんがわ)の河川跡と思われる地割。 |
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まばらな灌木のように見えた植生は水田でした。度々見かけ、土地の人に尋ねると「タニシに喰われた」とのこと。 <田植え直後の柔らかい稲苗を食い荒らすジャンボタニシは南米原産で、1980年代に養殖目的で導入されたが、食用として定着せず放置されて野生化した> |
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後半の目的は「古代官道」西海道筑後路のトレースです。中央集権国家が成立した律令期に造られた官道で、幅10m前後の直線道が都と結ばれていました。 平野にまっすぐ延びる佐賀県、福岡県の県境は、その道跡とみられています。左側の地図は「地図でみる西日本の古代」(平凡社) |
| 今の道は官道とは構造的には無関係で、当時を忍ばせるものは何もありません。唯唯、位置だけ。 |
| 斜めに延びるのが肥前/筑後の国境、佐賀/福岡県境にして西海道筑後路跡。1200年さかのぼれます。 |
| ちょうど農作業をしていたご夫婦とお話しました。福岡県側の人で、現在も農地は県境で持ち主が分かれ、「あっちは佐賀の人や。水の管理が・・・」とのことでした。 |
| 広い道にぶつかると、ドンピシャ県境。 |
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宿は福岡県側の久留米。鳩山邦夫元総務相の死去に伴う衆院福岡6区補選中で、この日は大物議員の応援の告知が多数ありました。 夜は宿で勧められた久留米ラーメン大砲で "ラーメン" "昔ラーメン" の食べ比べセット。超人気店とのこと。カウンター隣の若い女性2人連れが、「かた、バリかた」で注文し、二人共「替え玉」。食べ比べセットの素人はビビっていました。 |
| 55.32km AV13.2km/h,4:10:31 |
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熊本地震の復興支援の補助金が出るので九州ツアーがお安くなっています。JALの羽田/九州往復+1泊が2万円台になるので、+6泊で縦断することにします。2012年に大分空港IN/長崎空港OUT で横断しているので、2007年の沖縄と合わせ九州全県に車輪をつけたことになります。 お安い 8:20 羽田発の便で 10:10福岡着。北からのアプローチだったので、志賀島に続く海の中道を低空で横切りました。 |
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福岡空港、到着エリアと出発エリアがつながっていましたが、いいのでしょうか。福岡市街へは入らず、南へ。 難読地名で通名な雑餉隈(ざっしょのくま)。雑餉隈恵比須神社。 |
| 最初の目的地は水城。白村江の大敗(663年)の後、大宰府の防衛のため築かれた堰堤「大堤を築き水を貯へ、名づけて水城と曰う」(日本書紀)が部分的に残っています。 |
| 先ずは西側。全域入って行けました。 |
| 道路で分断されている東側。東門があった場所で、木樋跡が発掘されました。何か施設を作っていました。 |
| 次いで大宰府跡。礎石は、藤原純友の乱の後、10世紀後半に再建されたもの。 |
| 昭和16年発行の1/50000地形図では、田んぼになっていました。 |
| 全体像を見るため岩屋城址へ登坂。水城と合わせて築かれた大野城の下のある戦国時代の城です。 |
| 中央右が水城。右手が博多湾側で、幅60mの濠(ほり)が掘られていました。 |
| 大宰府跡。 |
| ここからは水城、太宰府双方が望めます。 |
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10/8 地図の旅愛好会女川例会、10/9 フィールドワークを経て、14:55 女川発の石巻線で帰路へ。
石巻着は 15:20 。 ここから仙台へは選択肢があり 15:24 - 16:48 仙台着の仙石線(30駅)、 15:52 - 16:49 仙台着の仙石東北ライン快速(9駅)。 東北本線と仙石線を走る仙石東北ラインは2015年5月から運行を初めた新しいルートです。 私が選んだのは、石巻線起点の小牛田(こごた)駅で東北本線に乗り換える異端ルートで、 石巻 15:38 - 16:10 小牛田 16:18 - 17:05 仙台 としました。 |
| 全く急ごうとしないのは、仙台発 20:37 のやまびこ(こだま型)をえきねっとの列車限定割引で購入しているためです。 |
| まだまだ時間が余るので歩きで仙台城址へ。広瀬川を渡るころには、すっかり日暮。 |
| 伊達政宗騎馬像はあやしい色に照らされていました。 |
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4月に気仙沼から仙台まで走って検討した結果、鉄道が復旧している女川で "地図の旅愛好会" の例会を行うことになりました。女川フィールドワークのルート策定のための、先乗りします。 石巻からの列車で一緒だったムハンマドがライブストリーミングを行うとのことなので、一緒に歩くことにします。 |
| ムハンマドはアメリカ人、ライブストリーミングは英語で行っていますが、仙台に住んでいて日本語ペラペラです。大規模な盛土工事に驚いていました。 |
| 春の下見で考えていた女川医療センターへの階段は道路の付替えで近づけません。 |
| 一旦駅へ戻り、町役場仮庁舎から仮設住宅を周ります。 |
| 陸上トラック、野球場はアパート群、テニス場は駐車場になっており、ゲートボール場(多目的運動場)だけ残っています。震災当時で1万人あまりの小さな町ですが、女川原発の交付金で充実したスポーツ施設がありました。 |
| 野球場のスタンドやスコアボードに接して復興住宅が建てられています。 |
| 宿は新設されたステイイン鈴家さん。町の中心部にあった旅館は全壊し高台に移転してきました。工事関係者と観光客は半々くらいでしょうか。シングルルームの観光プランで二食付き8000円はリーズナブルだと思います。 |
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以前、フィリピンのマヨン山へのサイクリングを計画した時に相談した Karlo が家族で日本へ遊びに来たので、東京ガイド。 池袋の宿へ迎えに行く途中、自由学園明日(みょうにち)館へ。フランク・ロイド・ライトの設計です。向かいの講堂(遠藤新:設計)は、2017年夏まで改修工事。 |
リクエストに応じ、明治神宮、渋谷からお台場。地の利はあるが、英語が厳しい。父親は軍医、母親も医師なのに、Karlo は日本文化の影響を受け、コスプレーヤーになってしまった。
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| ガイドなんだが、ゆりかもめは初めて乗車。 |
お台場ではガンダム。
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| アキノ前大統領は、お坊ちゃん。ドゥテルテはやる男。悪い奴はどんどん減ってるので、マヨン山へのサイクリングも大丈夫。本当だろうか。 |














































