<1/50000地形図。橙線は歩き。>
Google Mapで航空写真を見ると、小櫃川河口に円形の池がある。不思議なので見に行くこととした。
事前にWebで調べたが、一次資料は見つからなかった。どうも、「①現役の実験施設ではない。②工業用水確保のため、人工の河口湖建設の要否を判断するために作られた。」らしい。
横須賀から富津までの東京湾岸は、ほぼ切れ目なく埋立地となり自然な海岸はほとんど残っていないが、この小櫃川河口の盤洲(ばんず)干潟は手付かずの自然が残っている。ようするに、近づけない。最初は、道路から最も近い北東側からのアプローチを試み、一つ目のクリークを竹を足場に渡ったが、その先の藪コギで断念した。一歩踏み出す度に、数十匹のアシハラガニがもぞもぞ逃げるのは得がたい経験だ。冬に出直しかと思ったが、偶然出会った野鳥系さんに案内してもらい、南側からたどり着くことができた。道すがら色々教えてもらったが、ラムサール条約や鳥獣保護区などの法的な保護は一切かかっていないとのこと。これは、ちょっと意外。
野鳥系さんはイメージどおり、単眼鏡とカウンターを持っており、超望遠で鳥を見させてもらった。泰然と木の頂にとまるダイサギ(白いサギ)を見ていると、ハマルのも判る気がする。
浸透実験池は2重の池で、外堀に囲まれた円形の島へは人が入れないため、カワウの楽園となっており、木の上でなく地面にも巣を作っているとのこと。
自転車系の当方としては、「ブロックパターンが大きく、幅が2.40くらいのタイヤなら干潟を走れるのでは」などと、善良な市民とは言いがたいことを考えていたりする。もっとも、2mを超す葦が茂っているので夏は無理だが。
その後は、小櫃川の弧状三角洲の縁に沿ってアクアブリッジまで走り、直線的に耕地整理された水田地帯を経て帰宅。46Kmくらい。
盤洲干潟をまもる会
海の日、九十九里自転車道の南端部分を走りに行った。台風一過、夏到来と思ったが、すっきりしない曇り空で気温も低い。周回コースにしたいため、大多喜偽城近くの県民の森まで車で行くこととした。
いすみ鉄道に沿って大原(現いすみ市)へ入り、行政名称の「九十九里一宮大原自転車道線」から走り始める。が、・・・、台風の影響か、いきなり水没しています。(ちなみに、淡水でした。)併走する堤防の上を 2Kmほど走ることとなったが、道的には特に問題はない。問題は北からの強風である。台風は梅雨前線を押し上げる威力がなかったのだろうか。フラットなのに、巡航速度は15Km/h くらいである。上り坂と違って向かい風は、抗う気力が続かない。
自転車道線は、夷隅川河口から江東橋まで右岸を上った後、国道128号線に併走するが、太東崎へ行くため、暫し自転車道線から離れる。ここでは、不思議な地図記号
「擁壁なのか、道なのか?」を現地現認する。
東浪見から県道に沿った自転車道線に戻る。風は少しおさまってきたが、良くある自転車道の路面「膨張したアスファルトが所々で数センチ盛り上がり、そのまま固まった」状況で、スピードを出すと走りにくい。ロードバイクだと、やだろうね。
自転車道線は途切れることなく続き、新一宮大橋の側道橋を渡り、九十九里自動車道を専用の高架橋で越える。まだまだ道は続くが、5%の坂を上り続けているような向かい風なので、九十九里浜の核心部を前に断念。海岸を離れ、田んぼの中の道を風を背に帰路に着くことにする。
上総国一ノ宮の玉前(たまさき)神社に寄ったが、延喜式名神大社なのにとても小さい。何か理由があるのだろうか。昼食代わりに、由緒がありそうな角八本店の麩まんじゅうを食べる。
最後は、瑞沢(みずさわ)川をつめて大多喜へ。緩やかな上り坂だが、追い風で快適。大多喜では、津知屋の最中十万石を食べる。まんじゅう+最中による胸焼けのため、久留里で自噴井戸の水を大量に補給した。
78Kmくらい。
国土交通省の大規模自転車道サイト(凝っています)
暑いので、小糸川、小櫃川、養老川の滝を巡った。ルート的に車でのデポが有効でないので、自宅から出発。100Kmを超える行程となった。
小糸川に沿って三島湖までは標準ルート、国民宿舎からは素掘りのトンネルが連続する林道を香木原へ行き、少し下って小櫃川水系笹川の濃溝(のうみぞ)の滝へ。この滝は、川廻しの滝で、今は荒地や清水渓流公園となっている旧河床を農地とするためにトンネルを掘り、川をショートカットした部分で、川を700m位短絡した分の落差が滝(と言っても5m)となっている。
次いで、東大演習林ゲートの手前にある黒滝へ。ここは、4月に清澄山からアプローチを進入禁止で阻まれた場所で、下流側からのリトライでようやく目にすることができた。なめ滝だが河原に下りられない。 次は養老川。黄和田畑から石尊山の尾根をトンネルで抜けて一旦夕木川へ下りた後、登り直して養老川へ。ここは大多喜町。小田代(こただい)から面白(おもじろ)を経て、粟又の滝へ。ここもなめ滝で河原では子供たちが遊んでいた。
小糸川の滝がないのは、「開墾場の滝」を発見できなかったため。そのうち、リトライを。
帰りは、(たぶん)最短コースで君津市街へ。日が長いので助かった。
そろそろ田植えも終わったころ、大山千枚田を見に行くことにした。長狭平野へのルートは、未走の木之根峠越えとし、佐貫と上総湊の間にある浅間山(せんげんやま)運動公園まで車で行き、そこから往復するコースとする。
8:10 スタート。戸面原ダムまでは緩い上り、その後も走りやすい道で1時間程度で加茂川までおりる。
大山不動尊へは意外ときつい上りだが、ちらほら千枚田が見え始める。地域資源総合管理施設(棚田倶楽部)のある地区はさすがに核心部だけあって景観としても見る価値がある。千枚はないが、375枚の田んぼがあるらしい。1/25000地形図でみると、この周辺は棚田が多いので愛宕山の麓の大田代から元名へ足を延ばしてみる。こちらは耕作を止めた田や、田植え機が入れられるよう数枚を1つにまとめた田も多い。田んぼが観光資源と言うのも不思議だが、動体保存するには、オーナー制度や補助金が必要なのだろう。毎年、米を作り続けないといけないので「町並み保存」より大変かも知れない。
午後は上総/安房国境稜線へ。君鴨トンネルの手前から旧道に入り、国境稜線の林道を走り、湊川源流部から戸面原ダムへ下る。ダートは想定済みだが、路面が水流で削られている場所が多く、シクロクロスではきつい。MTBで来るべきだった。
毎度のこととはいえ、房総の山の中は、①似たような山々が幾重にも重なっている。②地形図に記述されてない道がたくさんある。③うねうねし、上り下りのはっきりしない道が多い。 ため難しい。今回大きなミスはなかったが、川の流れを見て逆方向へ走っているのを修正するといった危うさがあった。65Kmくらい。
あれ。フロントフォークが、チェレステからシルバーメタリックへ。木更津のカヤギサイクルさんで修理。完璧です。
<旧道の君鴨トンネルは完全封鎖>
訳ありで自転車に乗れないので、小櫃川をインフレタブル・カヤックで下ることとした。田植えの季節だが、小櫃川の水量は豊かである。このボートは縦乗り2人用で溝の口のNさんと同乗する。
出だしは好調。5月の陽射しは柔らかく、気持ちよい。流れは歩きより少し早い程度で、時速4~5キロか。自転車ならタンデムだが、技量,体力を鑑み交代で漕ぐ。堤防との比高は-5mくらい、川原が無く着岸が難しい。清流とは言い難いため「沈」は絶対避けたい。
googleマップの航空写真では、数ヶ所、堰があり白波が立っている場所があり、如何に越えるかが問題である。一つ目の堰はコンクリートブロックで、底をすりながらも無事クリア。途中、右岸に小さな川原がありボートを引き上げ小休止する。。ここまでは、順調であった。このあたりの小櫃川は両岸に竹やぶや深い草地があり、全く人影を見ない。
二つ目の堰に近づくと鋼矢板がむき身で刺さっている。あれよあれよと言う間に、船腹が横向きになり、そのまま転覆、深くて足が着かず、泳いで岸にボートを引く。もう終わりにしたいところだが、ここでは土手の上までボートが上げられず、気持ちを落ち着かせ再出発する。
三つ目の堰もやはり鋼矢板。またもや沈没。もう、どーでも良くなってくる。もう一がんばりし、スタート地点と同じ左岸にやっと着岸地を見つけようやくフィニッシュ。4時間、2.9Km。
久しぶりにMARIN(MTB)の登場です。7:30、バス釣り客でほぼ駐車場が満車の亀山湖畔を出発。君津市黄和田畑(きわだはた)にある七里川温泉を経て、四方木(よもぎ)へ。この四方木集落は小櫃水系だが鴨川市(旧天津小湊町)になる。不思議なので調べてみると、
昭和29(1954)年 6/1 君津郡亀山村四方木地区を安房郡天津町に編入。10/1 久留里町・松丘村・亀山村が合併し、上総町誕生。
とある。昭和の大合併の際、君津側から離脱したわけだ。これは、旧上総国から旧安房国への異動である。
それはさておき、分水嶺を越えた後、MARIN号は一気に太平洋まで下り、天津から海岸沿いを東行する。小湊からは山の中へ入り、
朝綿原(まめんはら)から清澄山を経て、尾根筋を元清澄山方面へ向かう。その後、東大農学部の演習林(地図の橙線:入ってはいけません)内で注意を受け、三石山へ進路を変更する。小櫃川支流の川沿いから、元清澄山~三石山の尾根までは100%担ぎ、その後も押しと担ぎの上、最後までルートの確信が持てなかった。三石山観音を見た後、16:30に帰着。59km。
(写真:三石山の車道に出たところ。判っていれば、自転車では行かない。)