| 東海道の宿場で言うと、吉田宿から宮宿(七里の渡し) |
| 最終日は晴れ。ただし、暑くなりそう。6時に出発。 |
| 豊川を渡り左折すると、すぐ道筋が残っています。川のそばですが、河川改修は免れたようです。 |
| 御油の松並木。 |
| 東海道旧道が国道1号線で上書きされている箇所。仕方なく、舗道を走ります。鉄道は東海道本線でなく名鉄名古屋本線。東海道本線建設当時の技術では「地勢狭隘且つ急勾配を付せざれば容易に線路敷設難相成」だったようです。 |
| 藤川宿。歌川広重の「東海道五拾三次 藤川 棒鼻ノ図」で描かれた場所。 |
| 岡崎入り。岡崎信用金庫資料館は。1917年に旧岡崎銀行本店として建てられたもの。岡崎公園で大休止。 |
| 矢作橋手前の岡崎市八帖町(はっちょうちょう)。地名もはっちょう、社名も八丁味噌。ただし、農水省の地理的表示ブランド(夕張メロンとか)で合資会社八丁味噌が八丁味噌を公式には名乗れなくなったと言うミソがついた。 |
| 長い町並みが残っていたのは有松。池鯉鮒宿と鳴海宿の間の「間の宿」 |
| 笠寺一里塚。道の両側に作られた一里塚ですが、残るのは片側だけ。 |
| 七里の渡し。これで、江戸期の東海道(日本橋~三条大橋)コンプリート。ただし、歩きよりはトレース精度は低いと思います。熱田駅から青春18きっぷで帰路に。 |
| 70km |
| 東栄町は人口3000人、宿は元は高校の寮だということですが、2008年に閉校。1960年の人口は11000人ですので、過疎化の度合いが甚だしい。今回の旅まで全く知らない町でしたが、東栄と言うタクシー会社のような町名も地域も特性も感じさせない理由のひとつでしょう。 |
| 夜を徹して行われる花祭り(釈迦の誕生日とは関係ない霜月神楽)は700年以上にわたって継承されています。奥三河のナイアガラ、蔦の淵。日本のナイアガラどころか、三河のナイアガラとも言わないところが奥ゆかしい。 |
| 朝は晴れ間ものぞきましたが、設楽町(したらちょう)への峠から強い雨。 奥三河郷土館は2015年に閉館。2021年に清瀬地区に移設されるとのこと。国道の間違った案内板は5年目ということです。屋外に田口線の車両が残されていましたので良しとしましょう。 |
| 豊橋鉄道田口線は、1929年より順次開業、1932年には本長篠駅と三河田口駅(22.6km)の全線開業。林業の衰退と過疎化傾向の強まった 1968年廃線。木材輸送を主目的としていたため、駅は田口(設楽)の市街地からは100m下った寒狭川(かんさがわ)沿いに設けられました。1/50000 「本郷」1930年鉄道補入、1937年発行。 |
| 雨の中、旧三河田口駅まで下りましたが、ダム工事で通行止め。まったくの調査不足です。上り直してR257を清嶺まで下ります。この2度の下りでブレーキシューが一気に損耗。 |
| 初遭遇の廃線跡は田峯駅からの集材用森林鉄道トンネル。雨でスマホの地図が見られず、現地では本線と誤認していました。明らかに1067mmゲージの車両は無理。 |
| 田口線稲目隧道を広げた県道389号線の2車線トンネルを抜け、道路脇を担ぎ上げ滝上駅跡。路面はバラスト。 |
| 滝上駅跡から田口方面の海老隧道。 |
| 一旦県道に戻り鳳来海老郵便局向いから廃線跡へ。白い一枚岩を開削した双瀬(ならせ)隧道は山水画。雨は止んで欲しいですが。 |
| 厳しい登坂(体感)の鳳来寺は見落とし、下りに入った大草は1.5km行き過ぎ。ずぶ濡れで気持ちも折れそうでしたが。引き返すことに。・・正解でした。 |
| 富保、大草隧道の間の築堤。 |
| 大草隧道。トンネルの向うは三河大草駅。 |
| 大草隧道内部。 |
| 三河大草駅。 |
| 長篠城跡、豊川用水から豊橋駅へ、初APAは、Gotoキャンペーンで 2720円。フロントが4Fなので、輪行袋に収納してチェックイン。ブレーキシューを調整。明日も雨ならそのまま帰宅、晴れなら熱田へ。 |
| 80km |
| 平岡へ戻り、佐久間ダム経由、奥三河の東栄町へ南下。下り基調ですが、台風10号による強い雨に降られる厳しい日となりました。 |
| 朝の下栗の里。展望台からの帰りで雨が降りはじめ。 |
| しっかりした朝食をいただき、8:50 出発。集落最上部の「高原ロッジ下栗」からは傾斜の急な集落下部は見えません。 |
| 帰路は、傾斜の緩やかな尾根を巻く道を下ります。 |
| 高遠、茅野に続く塩の道、秋葉街道の和田宿。 |
| 平岡を経て天竜川を天竜川橋で渡ります。1955年架設、老朽化が進み新橋建設中です。 |
| 長野県道1号線。今日は、この道がメイン。この後、愛知県道1号線、静岡県道1号線と一気に走ります。3県の1号線ですが、交通量は非常に少ないです。雷雨となり、トンネルで雨宿り。 |
| 愛知県道1号線を左折し鷹巣橋を渡ると飯田線大嵐(おおぞれ)駅。 |
| 佐久間ダム(1956年竣工)建設のため、付け替えられた飯田線。 |
| 浜松市にある大嵐駅ですが、静岡側に人家はなく愛知県豊根村富山の玄関口。駅舎は旧富山村が建設した豊根村の施設。飯田線が天竜川左岸を走っていた時代の路線跡が残っています。 |
| ダム湖の堆砂と戦う浚渫船団。 |
| 強い雨と滑る道、怖いトンネル。いちばん長くて曲がっているトンネルは写真ありません。 |
| 佐久間ダム堰堤。堰堤下は見えず。堰堤中央で静岡県に入り静岡県道1号線。 |
| 手前のワーレントラス橋は中部(なかべ)大橋。元はダム建設用の鉄道橋。奥の吊り橋は中部(なかつべ)橋は、1937年竣工。 |
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再度愛知県に入り、一山越えて盆地の東栄町「とうえい健康の館」元は高校の寮だそうです。GoToキャンペーンが使えて3178円。宿が少ない地域、「とうえい温泉 花まつりの湯」も使えて助かります。(写真はいずれも翌朝) 「山のれすとらん さかた」で東栄若鶏唐揚げ定食。NHKの「にっぽん縦断 こころ旅」で、火野正平が突然来たとのこと。 |
| 86km |
| 2014年に「DISCOVER, DISCOVER JAPAN 展」を見て以来、気になっていた伊那谷の下栗へ。 |
| 青春18きっぷなので、始発で出ても最寄りの平岡駅着は 13:24、時より雨のぱらつく中、ひたすら登坂。遠山森林鉄道は、最盛期の1966年には貨車242台、職員400名を誇った。 |
| 2000年に廃校となった木沢小学校。内部公開しています。 |
| 南アルプス。西側からの眺望。 |
| 最終登坂。下からの眺め。集落の上部は見えません。 |
| 九十九折を少し上ったところ。以降、足つりで踏めず。牛歩の押し。 |
| おおぎびら展望台(天空の里ビューポイント)からの下栗の里。 |
| 宿は、下栗で唯一営業している高原ロッジ下栗。建屋は、2005年に飯田市へ編入合併した上村(かみむら)が1987年に下栗分校跡地に建てたもの。 |
| もちろん完食ですが、日本の宿も、食事を楽しみたい人と、ツアーのベースとしたい人の2パターン欲しいです。 |
| 26km |


















































