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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

蛇崩川 下流部

2017年10月9日月曜日

標高グラフ付きの大きな地図を見る
 スリバチ系暗渠派、「Down the JaKuzure! ~蛇崩川を行け~ファイナル」に参加しました。前回、上流部 の際は千歳船橋へ自走しましたが、今回は電車でスタート地点の三軒茶屋へ。
 総勢50名弱。これだけの人数が、自由にバラけながらもゴールに辿り着くのがスリバチ系の強みです。減ってても気付かない凄みもあります(^_^)
 R246旧道(大山街道)を進み、暗渠となった川跡を整備した蛇崩川緑道へ。玉川電気鉄道の開業は1907年(明治40年)。
 最初の寄り道は、陸軍野砲兵第一連隊兵舎跡。都営下馬団地の横に "在日韓国民団東京世田谷支部" の看板がかかっています。朝鮮総聯ではなく南の民団です。
 都営下馬団地(連隊跡地)の公園には、軍馬を祀った馬魂碑が建っています。
 蛇崩川緑道の案内板。橋の名前が記載されています。車道と交差する橋跡には橋名が表記されており、川跡を偲ばせます。
 次いで支流の源流部にあたる鶴ヶ久保公園。明治はじめの地図に稲荷社と書かれている場所。公園は世田谷区立ですが、「東京市鶴ヶ久保公園 昭和13年4月開園」の門標が残されています。祠に祀られているのは「蛇」
 世田谷観音。昭和26年に建立された新しい寺。阿弥陀堂は京都の二条城より移築されたものとのこと。
 蛇崩川が北から延びる丘に押し出されているところ。駒繋神社には神楽殿あり。明治終わりの地形図では、尾根筋に並木の参道が描かれています。ここには、下馬で品種改良された陸稲の案内板がありました。
 地理院地図に記念碑記号が記載されているのは葦毛塚。世田谷区と目黒区の境界線の目黒側。拡幅された道路の車線中央にあります。謂れは、頼朝の馬が沢に落ちて死んだ。または、地元の領主の馬が倒れた。いずれにせよ、古くより馬の放牧場であった(上・下)馬に由来するもの。
 蛇崩川緑道の区境。レンガが世田谷区、コンクリートが目黒区。
 蛇崩下橋、親柱が残っています。
 この辺りから、スリバチ系暗渠派の面目躍如。蛇崩川支流跡を攻めます。
 オプションで鉄系での有名店、ナイヤガラ。見るだけ。カレー店です。
 目黒川と蛇崩川を分ける諏訪山の台地斜面に建つ烏森稲荷神社。神社の裏は壁。斜面からの湧水がありますが、水をだしている生き物の判別がつきません。
 最後の30mは開渠となり目黒川に合流。もちろん、3面コンクリートです。
 対岸、上流側から。明治終わりの地形図では水車記号が2つ。水路が建屋に流れ込んでいます。水力の製粉工場でもあったのでしょう。
 反省会の後、目黒川沿いに池尻大橋駅へ。同じ方向の人がいたので無事帰れました。駅直前で離脱した、スリバチ系銭湯学派のご婦人が心配です。
 歩き 13.4km。

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