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神奈川スリバチ学会の 「山城と鶴見川 ~横浜市小机を歩く~ 」に参加しました。集合場所の小机駅へは自走。 今日は、昨日(2018/3/30)リリースされた東京時層地図 for Android の初使用になります。これ、iOS版の東京と横浜を合わせた区域が対象、ただし全体をダウンロードせず、動的にサーバから取ってくる形式なので、随分仕様は異なります。 12時、30名あまりで小机駅を出発。 |
横浜線(横浜鉄道)は 1908年(明治41年)開通。大正期の地形図では路線の北側は湿田記号、南側は水田記号。街道は山裾を這っています。聖徳太子堂への階段を上り、愛宕山平成遊歩道。 |
雲松院。本堂は宝暦3年(1753年)の建造。 |
本法寺。境内にある龍吐手水鉢を奉納した鈴木弁蔵は米成金で、バラバラ殺人事件「鈴弁殺し」(大正8年)の被害者。 泉谷寺。桐と菊を合体したような家紋? は、謎。 |
いよいよ小机城。長尾景春の乱(1476-80年)の際。石神井城。平塚城を落とされた豊島泰経の残党が立てこもり、太田道灌に攻め落とされ廃城。その後、一時期は小田原北条氏の配下となるが、北条氏滅亡後ふたたび廃城となりました。 |
意外に広い本丸跡では少年野球。桜の絨毯です。 |
二の丸跡。 |
空堀跡。 |
住吉神社の合併記念祭。明治四年四月三日、一村一社令のより白山神社、愛宕神社、神明社の三社を住吉神社に合併した日です。今年は百八回目の記念日とあります。 鶴見川を渡り、崎陽軒横浜工場。 |
最後は国土交通省の鶴見川流域センター。東京都町田市、神奈川県川崎市、横浜市に及ぶ流域の治水を管理調整する京浜河川事務所遊水地管理センターの防災活動拠点。解説していただきました。 |
流域センター屋上から。鶴見川右岸の堤防の少し低くなっているところから遊水地へ水を流し洪水を防ぐ。平均すると年に1回活躍している。3/9 の集中豪雨の際も遊水地へ流れ込んだ。 |
高架となっている県道13号線以南もextra遊水地。日産スタジアムも高床で地表は遊水地となる。水抜きは、水位が下がった後、水門から自然排水する。 |
流域センターには、城情報もありました。ベースは赤色立体地図。小机駅まで戻り解散。東京時層地図 for Android はサクサク動きました。4Gエリアならストレスは無さそうです。 |
自転車 23.83km、歩き 10.0km。 |
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「旧社屋、野川に咲く一本の桜を従業員の花見用にライトアップしたのが全てのはじまりでした」 株式会社アーク・システムでは、一年に一度、地域住民の方々への感謝の気持ちを込めて、調布に流れる野川の両岸に咲く桜並木の約630mをライトアップ。アーク・システムは調布市の照明機材のレンタル、コンサルの会社。4台の電源車でライトアップしているとのこと。 |
写真を見て、これじゃない感が湧き上がっています。色も明暗も奥行きも写真では表せません。 |
25.30km |
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ライトアップと聞いていましたが、いわゆるボンボリでした。川崎の限界か? 二ヶ領用水の取入口のひとつ、多摩川の宿河原堰。 |
南武線の鉄橋。高さ1.5mくらいなので、本当に頭上注意。 |
CASIO EX-ZR4000のHSナイトショットモード。実際は真っ暗でした。 |
津田山駅。南武鉄道時代は日本ヒューム管前駅でした。社名変更&移転しているので、当時をしのぶ唯一の跡。 |
久地円筒分水。高校生カップルを驚かしてしまった。 |
19.68km |
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帰国後初サイクリングは、横浜三ツ沢球技場で "なでしこリーグ"、1部へ昇格した日体大FIELDS横浜 vs 浦和レッドダイヤモンズレディース。 第三京浜港北インターの工事が続いています。 |
浦和は日本代表に選ばれている3選手がスタメン。 |
MF 猶本、FW 菅澤、GK 池田。 |
清家2点目(50分)、菅澤のボレー(53分)。 |
猶本のフリーキックから菅澤(58分)、清家に替えて安藤投入。 |
日体大 1:4 浦和は順当ですが、日本代表も飛び抜けた感じはなし。ワールドカップ予選が心配です。 |
36.91km |
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東京野良スリバチ学会「シブヤハズレのヤサグレ(?)スリバチ」に参加しました。集合場所は代々木駅なので、早めに出て渋谷から明治通りを歩き、建設中の国立競技場へ。2年前は窪地でしたが、既に大きく立ち上がっていました。 |
おそらく初めて通る千駄ヶ谷駅の八幡前ガードを抜け、新宿御苑千駄ヶ谷門から代々木駅東口へ。新宿御苑の敷地にくい込むような瀟洒な民家は謎。戦前、宮内省管理時代は御苑内です。 |
野良スリバチ。総勢30名あまりで出発。古い地名(道名)の残る山手貨物線厩道踏切。民家を改修した、出来たばかりの飲食街「ほぼ新宿のれん街」(ほぼ新宿=シブヤハズレ?) |
旧代々木山谷町あたり。谷が入り組んでいます。 |
地理院地図の新機能を使って微妙な高低差を表してみると、代々木川や細かな川跡が見えてきます。 |
小田急線南新宿の暗渠跡。 |
大地主、小糸家に残る大山道の道しるべ。昭和末期では、天狗の鼻は長かったらしい。 |
参宮橋駅脇に残る陸軍境界石 「陸軍省所轄地」 ここは、代々木練兵場の北端にあたります。 |
オペラシティ北のテニスコートは、谷頭にあった池。「江戸名所図会」に描かれた荘厳寺、不動堂。 |
暗渠になった神田川支流は遊歩道になっています。 |
尾根筋をたどる玉川上水と、明治後期に力技で土手を築いた玉川上水新水路。短命だった新水路は水道道路(都道431号)になっています。 |
新水路の土手で分断された渋谷区本町を繋ぐ隧道。 |
新水路に16あった橋の6番目に由来する幡ヶ谷の六号通り商店街で解散。久しぶりに "りんご箱" を見ました。"ねじ式" は、つげ義春以外では、初めて見ました。 |
歩き 16.9km (渋谷から幡ヶ谷) |