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羽田空港国内線ターミナルへの自走の予行演習は十分でしたが、当日は雨。あっさりバス輪行となりました。大分空港には定刻の 9:40 着、ペダルやボトルケージを装着し 10:40 九州の初サイクリングを開始します。 最初の立ち寄り先は杵築。高台の武家屋敷と低地の町人街が売り物ですが、その段差は見て圧巻。 |
台地上にある武家屋敷の土壁は長く続き、電柱も看板もなく静謐さを保っていました。ちなみに、市役所は低地の町人街にありました。 |
のんびり走りたいところですが、今日の宿は航空券とパックで湯布院に取っていますので別府の手前から海岸線を離れ厳しい登坂が始まります。 |
峠到着は 16:20 、明るいうちに宿に行けるのか心配になりますが景色は最高。由布岳、美しい山容です。 |
由布院盆地へダウンヒル。 |
宿は、湯布院では珍しい一人旅OKと引き換えに、温泉無し。近くの「石武温泉」へビンディングペダルを下駄でこいで行きます。100円、貸切です。 1966年(昭和41)、内風呂が無い時代に、地区の農家の共同浴場として作られたとのことです。 |
走りだして半日ですが、既に満足です。 68.66km、走行時間 4:43 |
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先週、失敗した羽田空港国内線ターミナルへの自転車でのアプローチのリトライです。 北側からの最短路は、A滑走路下のトンネルが自転車進入禁止なので、南の環八から攻めることにします。国際線ターミナルを過ぎ、しばらくモニレールに沿って走ったあと 600m くらいのトンネルを抜けて行きます。浮島からの首都高とぶつかり左折。 第1、第2ターミナルの間の道ですが、道路が片側4本でしょうか。合流がことごとくインターチェンジ風なので、多少面白いです(汗) ルートの文字での説明は筆舌に尽くし難い(誤用か?)ですが、標識をたどって行くとたどり着きました。自宅から26km、80分。取り敢えず、三日後の輪行の目処は立ちました。 |
台風が近づいているので、寄り道はせずに同じ道を帰ります。行きに走った時に「五差路より多い気がした??」場所で止まって確認すると、なんと七差路。 |
七辻と呼ばれてるようで、案内板がありました。田んぼと果樹園に囲まれていたころから、七差路です。 |
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54.11km |
◆香川県観音寺市の豊稔池堰堤 <2010/7/27>
1930年(昭和5年)に完成した石積の多連アーチダム。堰堤直下まで自転車で行ける。この日は、阿波池田から県境越えサイクリング。
◆グアム島、最北端のリティディアン岬 <2011/4/17>
「空軍基地、軍用犬チームがパトロールしています」 などと書いた物騒な標識を越え、何もない道を延々走ると突然視界が開ける。
◆沖縄、座喜味グスク <2007/9/17>
那覇から北へ30km、嘉手納の先の読谷村にある城跡。琉球王朝統一過程の1420年代に築城された。
日本軍の砲台や米軍のレーダーが置かれた時代もあったが、曲線を基調とした城壁は穏やかで緑が映える。
◆晩秋の房総、養老渓谷 <2007/12/5>
大福山の稜線から、担ぎと押しで下ったところにある日高誠実邸跡。日高は明治の人で、ここに理想郷を作ろうとした。
◆オーストラリア、ゴールドコースト <2011/6/18>
海岸から少し内陸に入ったマーウィランバ。
ビーチリゾートの印象が強いゴールドコーストだが、振り向けば山あり谷あり。澄んだ空気のなか、距離感を失うほどの視界を楽しめる。
この街では、高校生以来のユースホステルに泊まった。
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| 今日は羽田方面。まずは、羽田空港国内線ターミナルへの自転車でのアプローチの下見をします。 |
| 多摩川をガス橋で渡り、大鳥居のある弁天橋方面へ直進し、古い鉄橋のような人道橋を渡ると天空橋駅。船着場も併設されています。この駅で自転車を収納する方が、空港内を走るより効率的かも知れません。 |
標識に沿って国内線第2ターミナルへ向いますが、A滑走路下のトンネルが自転車不可。下見でなければ突っ込みますが(笑) その後の情報によると、多摩川河口に近い南側から回り込むと行けるようです。 |
次いで首都高速羽田線の巨大トマソン(広義のトマソン)「羽田可動橋」 1990年から8年間使用されました。 大艦巨砲時代の軍事技術が、こんなとこで生かされている? |
20年前の1/10000 地形図だと繋がっています。 |
堤防土手の遊歩道を走り、呑川の旧河口へ。 1/5000 東京図測量原図(明治10年代)によると、ここに 2.81m の三角点があったはずですが、見つからず。 |
呑川の旧河床の細長い公園を蒲田に向けて走りながら、今日のルートを Yamahonオフ会で走ろうなどと考えてましたが、帰宅後の「呑川 河口」で検索すると、3番目にYamahonオフ会が出てきました(汗) 55.20km |
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青春18キップも終了し、そろそろ平地を走りたいが、気温は高止まりしたままです。御殿場起点で、富士山を3/4周する高原ルートを走ることにします。 御殿場駅到着は 7:55、ここから標高1104mの籠坂峠まで650m上り、後は下り基調のコースです。 大汗をかいたあと、一気に山中湖へ。昭和風スワン型ボートが新しいのは、アジアからの観光客がターゲットなのかもしれません。 |
河口湖からは北岸を走ります。河口湖大橋から西方向。 |
今日の富士山は、終日雲の中でした。河口湖北岸は、湖北ビューラインとして新しく作られたトンネル部分の旧道(湖畔道)が残されているので、自転車で走るには格好の道です。 |
河口湖の西浜から、ひと山越えて水面が70m高い西湖へ。 西湖(にしのうみ)地区は、1966年(昭和41)の山津波で死者 31人の大災害を受け、対岸の西湖民宿村へ移住した記録が残っています。現況を見ると、災害地跡にも結構な数の家が建てられています。 コの字型に開削された三沢ですが、水の流れは無く木々が成長しています。 土地の古老にお話を伺うと 「西湖民宿村は借地権を提供されているが、建物の老朽化と代替わりで、元の土地へ戻る人達も多い」 とのことです。 |
静かな西湖北岸。湖のいちばん狭まったところ。 |
次いで根場(ねんば)地区へ。ここも41戸のうち32戸が全壊し、死者 63人。谷口から湖畔へ集団移転しています。 樹木に囲まれた静かな民宿村です。 |
土石流が流れた本沢をつめて見ましょう。災害後に作られた砂防ダムはすっかり埋まっています。ここも、通常は水が流れていないようです。 本沢沿いの平坦地は元は畑。土石流とは関係なく、近年になって獣害で耕作を止めたとのことです。 |
2006年(平成18)にオープンした 「西湖いやしの里根場」 は、災害前の農村風景を再現しています。20棟の茅葺き農家が再現され、多くの観光客が訪れていました。 外から見ただけで申し訳ない気がしていましたが、観光バスが並び、心配無用のようです。(入場料350円) 現住の茅葺き家屋も一軒ありました。 |
あまりゆっくりしていると日が落ちてしまいます。富士山麓の長い下りを、一部自動車専用道を絡めながら(笑) 富士駅まで、高速ダウンヒル。 精進湖と本栖湖も一枚づつ。 |
121.88km(新百合ヶ丘駅往復を含む) |




































