標高グラフ付きの大きな地図を見る |
気温は18度、快晴。気持ちの良い朝。宿の前は鉄道です。ただし、朝一の仕事は両替。 |
◆ 銀行のお姉さんとの会話 ◆ (私)日本円からユーロに交換できますか? (ク)できるけど、クーナ経由だから2回手数料をいただくことになる。スロベニアに入ってから両替したら。 (私)宿代が足らなくて待ってもらってるんよ。40クーナと残りはユーロでお願いします。 (ク)何か複雑。初めてだわ。 (私)クロアチアもEUに入ったんだから、ユーロにすればいいのにね。 (ク)そうなのよ。マジ、めんどくさいわ。 (私)連合王国のポンドみたいやな。 (ク)あ~、出ていく国ね。 (私)それにしても、気候がいいからサイクリングに最適だわ。 (ク)今週から良くなったの。冬は寒くて、夏はむちゃ暑なの。 (私)Wikipediaで見たけど、この辺は大陸性気候みたいね。 (ク)そうそう。過ごしやすいのは、今だけ。 <伝票を出納係に送り、雑談タイムに> (私)日本ではミルコっていうキックボクサーが有名だよ。 (ク)ミルコクロコップね。くすっ。 (私)クロアチアでもクロコップで通じるの? 日本でのリンクネームで、クロアチア人は使わないって聞いてたわ。 (ク)通じるよ。フットボールはどう? (私)ワールドカップのファイナリストだったのは知ってる。オシムっていうコーチがいた。・・今調べたら旧ユーゴスラビアのボスニア出身だった。非常にまずい。 <ここで、ユーロとクーナがリフトで届く> (ク)少ないけど、しょうがないわね。いい旅を続けてね。 (私)うん、ありがとう。 |
宿に戻り、クーナで精算。国境を目指します。のんびりした丘陵の田舎道。クロアチア側では D207号線。 |
直進すればスロベニア。クロアチアはEU加盟国ですが、シェンゲン協定に入ってないので、実質的にはここがEU圏の入り口になります。 |
無事越境し振り返ったところ。陸路(自動車マーク)のクロアチア出国印、スロベニア入国印が押されました。 |
道路はスロベニアの107号線に変わります。ただし、しばらくは極めて入り組んだ国境沿いを走ることになります。線路路肩の有刺鉄線の先はクロアチア。 |
自転車の扱いは、スロベニアもクロアチアと同様に日本風。ママチャリは走っていませんが、自転車は車両の仲間でなく、人の仲間に。土曜日なのでロードバイクも。レッカー車風の鉄道車両。駅に保存されている蒸気機関車。 |
機内食以来のまともな食事。ビーフとアップルのサラダ(7.6 EUR)、オレンジジュース(2.0 EUR) 美味い。 |
圧延工場らしき大工場があるツェリェは、鉄鋼業で栄えた町のようです。宿は昼食のレストランからネット予約したHotel Grande、47.95 EUR。無駄に古典風。レセプションの青年にスロベニアになってから生まれたのか尋ねたところ、答えはギリシャ生まれで両親と移住してきた。成功しそうな優秀な若者でした。夕食は、もも、プラム、ケーキなど 3.98 EUR。 |
64.14km |
大きな地図を見る |
北へ向かうか、南のアドリア海沿岸を目指すかの判断は北上。南下すると雨域に突入しそうなためです。 市街地の自転車は、日本と同じ歩道走行が一般的。国防省の前にはミグ戦闘機が展示されていました。ユーゴスラビア連邦崩壊時に、連邦空軍からクロアチア人パイロットが脱走(亡命?)した際の機体と推測します。 |
ザグレブと言えばこれ、聖マルコ教会。 |
ザグレブと言えばこれ、の人もいるかも。公共交通の世界最短(66m)ケーブルカー。 |
川跡を挾み高低差のある旧市街。 |
郊外に出ると日本に近い風景で、道路の状態も同等です。自転車プロショップもありました。クロアチアの通貨クーナを残さないよう、空気入れを購入。 |
昼食はいちご、15クーナ(250円)。とうもろこし農家には、氏神様・・ではなく、井戸でした。 |
国境近くのクラピナの街に入り宿探しモードに。カード支払いするつもりでしたが、首都ザグレブと違って使えません。街外れの最後の宿でもだめ。翌朝(土曜日午前中は銀行営業)両替して残金を払う(ユーロでも可)ことで泊めてもらうことになりました。150クーナ(2500円)。「カード払いできるレンストランはあるかな~」の答えは「ザグレブじゃないんだから」 夕食は手持ちのビスケット。この日は足つり頻発だったので、塩を分けてもらいました。 |
99.56km、6h37m (忘れ物回収の引き返しを含む) |
大きな地図を見る |
5回目のヨーロッパ、今回もドバイ経由のエミレーツ航空です。成田発 5/22 21:20、ドバイ発着 03:35/08:30、ザグレブ着 5/23 12:35。 |
ザグレブ空港、着陸タイムラプス (0:38) |
クロアチアは人口440万、首都のザグレブは80万。小さな空港です。自転車でのアプローチは最高。 |
ホテルにチェックインした後、市街散策へ。クロアチア鉄道博物館(閉鎖中)の野外展示。 |
オリエント急行の乗客のために建てられたと言う Hotel Esplanade Zagreb。 |
クロアチア国鉄本社。 |
ザグレブ大聖堂。ずっと改修中らしい。 |
旧市街のおしゃれなトゥカルチチェヴァ通り。かつてはメドゥヴェシュチャク川だった暗渠。この川を挟んで商工業者の町グラデツ地区と聖職者の町カプトル地区が争っていました。 |
青と基調とする路面電車。時代物の車両も走っています。 |
宿はネット予約したNational Plus(5465円)、夕食はスーパー調達で 625円(38.03クーナ)。なお、空港で5000円札の両替できました。 |
23.12km、1h59m |
標高グラフ付きの大きな地図を見る |
文化と歴史の薫る街「お茶の水」とその周辺エリアをナビゲートする ”情報の泉”、 『お茶ナビゲート』 の街歩きに参加しました。 13:15集合なので、早めに出て新福菜館秋葉原店へ。京都に行く度、並んでいます。京都本店と違って行列は短い。 |
1982年にできたアメ横センタービル。当初は違和感がありましたが、すっかり街の顔に。旧東京音楽学校奏楽堂は国の重文。内部公開に行きそこねた旧博物館動物園駅。神田明神は初めて来たかも。 |
上野動物園の裏手から、集合場所の御茶ノ水ソラシティへ向けて南下。看板建築もたくさんあり、時間に遅れそう。 |
総勢20名弱。東京スリバチ学会、皆川さんの案内で歩くのは日本地理学会の荒木町以来になります。 |
旧万世橋駅。保存プロジェクトに関わった、お茶ナビゲートの中村さんの解説。 |
神田川沿いに歩き、柳森神社。看板建築の秀作、海老原商店は1928年竣工。 |
和泉橋歩道橋から、かつての秋葉原貨物取扱所の船着き場方面。 |
日本橋浜町へ続く運河の跡。 |
神田川を下り、隅田川に合流する柳橋へ。潮の香りもしてきます。御茶ノ水、秋葉原も隅田川岸も何度も歩いていますが、別のエリアの感覚でした。こんなに近いとは。 |
復路は、総武線高架沿いに高架橋建築。地形は地図が読めればわかりますが、建築は専門家の解説がないと歯が立たないです。 |
屋根を支えるという、重力との戦いから解き放たれた自由な設計。 |
高架橋が高くなるのは、地面が低くなっていると言うこと。 |
御茶ノ水の基本構図。 |
湯島聖堂、参道の方角は江戸城。大成殿は、靖国神社遊就館や築地本願寺を設計した伊東忠太の作品。 |
聖橋を渡りお茶ナビゲートへ帰着。ルートは 1/25000「東京首部」昭和7年発行に乗せたもの。最後は、軽く反省して解散。 |
15.9km(全体)、7.2km(お茶ナビ街あるき) |
標高グラフ付きの大きな地図を見る |
日本学術会議公開シンポジウム「日本における地名標準化の現状と課題」に行ってきました。会場は日本学術会議講堂。国立新美術館の隣です。 |
・地名は誰のものか --> 法律では地方自治体。中央市、甲州市、甲斐市、みどり市、さくら市・・場所を示していない?? ・先進各国では、国家地名委員会等の、国の機関があるが、日本にはない。地名が民族共有の財産という考えが弱い。当然、当局(Authority)による地名集がない。 ・よみがな、英語表記などは、自由気まま。そもそも、NIHON か NIPPON ?。文科省はHUZISAN だし・・。 等々。登壇者は8名で、時間20分。皆さん、時間が足りない。 「文化財・歴史資料としての地名」を語った服部英雄さんが 『河原ノ者・非人・秀吉』 の著者だったのはびっくり。 |
国立新美術館はお隣り。 |
東京ミッドタウンではピクニックシートエキシビション2019 をやってました。 |
帰路は、渋谷区郷土博物館・文学館の前を走るルート。自転車乗車可?の跨線橋がありました。 |
44.1km |