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スリバチ学会は12:30からなので、その前に新百合ヶ丘駅周辺の小田急線付替え跡を探索。 1974/6に開通した新百合ヶ丘 - 小田急永山。小田急本線との分岐のため、百合ヶ丘付近の線路の付替えを行いました。 (右)昭和42/10発行、(左)昭和53/2発行 1/25000「溝口」 |
新百合ヶ丘駅(1974/6開業)の北。1927年(昭和2年)年開通の小田原線は、地形に沿った線形で柿生へ向かっていました。 |
谷戸に沿った旧線跡地。 |
新百合ヶ丘駅の南。旧線の一部は、管理用車両の引き込み線になっています。 |
鶴川駅集合で多摩武蔵野スリバチ学会のフィールドワーク開始。総勢50名弱。先ずは、江戸末期に建てられた可喜庵。リノベーションの事例を兼ね、イベントスペースとして使われています。 |
地形の成立ちがわかりやすい、国交省の「重ねるハザードマップ」。 鶴見川、真光寺川の合流点から造成された能ヶ谷町へ。 |
高台の住宅地。通勤がなければ住みよい町。 |
元の地形(明治末)は谷戸田と雑木林です。 |
真光寺川沿いの宅地。左は鶴川街道に高さを合わせるための盛土。 |
1968年前後に建てられた鶴川団地。昭和の高度成長期の典型的な団地です。 |
金井代官屋敷跡から七面社と金井八幡神社。 七面社には、「金井村、奈良村、能ヶ谷村、片平村、麻生村、三輪村 右六ヶ村信者中」の銘。現在の行政区では東京都町田市(金井、能ヶ谷、三輪) 神奈川県横浜市(奈良) 川崎市(片平、麻生)。 金井八幡神、注連縄の縛り方が独特。 |
最後は玉川学園で解散。反省会の後、自転車を停めた鶴川駅まで1駅乗り、完全に酔いを覚まして帰宅。 |
歩き 11.1km、自転車 21.6km |
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