神奈川スリバチ学会の「湧水と段丘のまち 座間」に参加しました。座間駅 12:30 集合。田園都市線で終点の中央林間まで下り、小田急江ノ島線の上りで相模大野駅、小田原線の下りで座間駅へ。総勢25名、座間駅前、座間四ツ谷軌道の砂利積み場のあった場所からスタート。 |
1961年。小田急線が走るのは中津原段丘。西側の座間丘陵は、昭和初めの座間遊園構想の頓挫を経て住宅地に。 |
1979年。小田急ではなく、宅地開発が得意な東急の手による開発、分譲。 |
昭和の郊外住宅。何でもありの世界。貴重なちらし。 |
1961年。谷戸山公園が現役の谷戸田だったころ。特徴的な建屋は、陸軍士官学校跡に1952年に建てられた在日米陸軍司令部。 |
1979年。 |
2019年。谷戸山公園は、樹木の侵略が進む。 |
カメラがミニチュアモードになっていたので省略。 |
座間公園に残る陸軍境界石。 |
相模原市道新戸相武台。陸軍士官学校時代に建設され、今はキャンプ座間を横断する掘割とトンネルの道路。 |
定刻の17時ちょうど、相武台駅で解散。 |
帰路は中央林間駅まで歩き。目久尻川とイオンモール座間(日産座間工場跡地)間は、ずいぶん寂しい道でした。 |
15.7km。帰路の中央林間駅までを含む。 |
ハノイのSTAR LOTUS が3年ぶりに京王プラザホテルでの出張セールを行うので、ご機嫌伺いに新宿へ。 |
ベトナムからの入出国も、ほぼ昔どおりとのこと。 |
Insta360 ONE X2 で、角筈の沈殿池跡。 |
次いで、先月オープンした地理系ブックカフェ「空想地図」 |
Daily Portal の紹介記事 開店までのいきさつなど。 |
ご主人の中2病時代? の空想地図。すごい。じっくり見始めると帰れなくなる。 |
40km |
始発で出て、奥多摩駅 7:30 |
奥氷川神社、氷川三本スギ。 |
200mくらい青梅街道(R411)を走り、急坂を奥多摩むかし道へ。 |
小河内ダム建設用の東京都水道局小河内線。第三氷川橋梁。 |
線路が残っている。 |
階段を避けるため、一旦青梅街道へ戻り、再度奥多摩むかし道へ。奥多摩むかし道は、概ね青梅街道の旧道。 |
舗装路 50%くらい。 |
小河内線の橋梁。ダム竣工後は、1963年西武鉄道へ譲渡、1978年奥多摩工業へ譲渡。西武鉄道では観光鉄道化計画があったようだが頓挫。書類上は、廃線でなく休止。 |
歴史のある道。今の青梅街道より人家が多いのでは。 |
ダート 35%くらい。 |
白髭神社の大岩。石灰岩の絶壁、断層面の露顕とのこと。 |
馬の水飲み場。 |
自転車系サイトだと、行くなと書いていたが、行けそうな気がする。 |
浅間神社まで来ると、小河内ダムが見える。この前後、ずっと押し。 |
乗車率 0% が続く。すれ違ったハイカーに尋ねると、ずっとこの調子だが「はしご」はないとのこと。 |
ところどころ担ぎ。 |
水根林道への案内。もうすぐ乗れそう。 |
まもなく林道。ダムサイトまで1kmくらい。林道を一気に下る。 |
ダムが見えてから完全な山道になり乗車率0%となったのは、旧道がダムに飲み込まれているから。元青梅街道でなく水根集落への山道。 |
小河内ダムは東京都水道局により1938年起工、戦時中の中断を経て1957年竣工。 |
945世帯が移転。工事での犠牲者は87名。 |
18.5km。奥多摩駅~奥多摩むかし道~青梅街道~奥多摩駅。 |
英国大使館→英国大使館 教育総監部→労働省竹橋庁舎→国立公文書館 軍人会館→アーミーホール→九段会館 |
英國大使館。献花台があったあたり。 |
最初の目的地は「鉄道開業150年」(国立公文書館) |
品川駅東の埋め立て協議資料。 |
高輪及び御台場。「東京名所鑑」(明治25年刊)より、とあるので、公文書ではなさそう。 |
九段会館。東日本大震災で天井崩落し、以降休館。建て替えられ、2022年10月に「九段会館テラス」として開業。 |
お堀沿いにテラス。 |
免震の仕掛け。 |
「地図と印刷」(印刷博物館)常設展も凸版印刷ミュージアムでなく、きっちりした印刷博物館。 |
江戸から明治にかけ、多くの人の目に触れたのは伊能より水戸の長久保赤水。 |
神楽坂のゆるキャラ某のネココスプレ。奥は赤城神社。 |
適当に走ってたら車力門通りの荒木公園で荒木町秋祭りに遭遇。特設自転車置き場がありました。 |
右手の金丸稲荷神社は、美濃高須藩松平摂津守上屋敷の邸内鎮守。 |
56.92km |