| 都県境から稲毛市を通って多摩川まで。川崎市最北部の河川。 |
| 源流部の斜面。 |
| いきなり3面コンクリートで始まる。 |
| 振り返ったところ。稜線が都県境。穏やかで幅のある谷戸。 |
| 立入禁止の私有地。手が入っている美しい竹林。 |
| 谷戸の黒川が平野に出る尾根末端に汁守神社。 |
| 合流してここから三沢川。振り返ったところ。川沿いはあまり走れませんでした、 |
| 田圃の先が三沢川。この辺は自然に近い川。 |
| 三沢川分水路は、大丸堰の下流の多摩川への短絡水路。洪水対策。 |
| 穴澤天神社の台地末端部。普段は水の流れない旧三沢川。ポンプで上げている。田植えの時期だから? |
| このあたり、多摩川の氾濫域で旧河道だらけ。 |
| 暗渠の両側に稲荷大明神と稲荷神社。 |
| 多摩川、上河原堰。 |
| 二ヶ領用水、上河原堰取り入れ口。 |
| 上河原堰からの二ヶ領用水と立体交差。パイプの中が二ヶ領用水。 |
| パイプから出たのに何食わぬ顔で流れる二ヶ領用水(二ヶ領本川) |
| まもなく、三沢川の多摩川合流点。 |
| 30kmくらい |
| 青線が二ヶ領用水 |
| 多摩川の上河原堰と宿河原堰から取水した二ヶ領用水は、久地円筒分水から4方向に分水されます。最大の水量(76.54%)を得るのは川崎堀。 |
| 川崎堀起点。275/360 の水が流れているはず。 |
| 大山街道と交差。はす向かいのマンションは、2014年ストリートビューだと稲毛屋金物店の土蔵。 |
| 元住吉あたりまではこんな感じが続きます。 |
| 平瀬川の旧河道。石橋供養塔があります。 |
| 中原区役所前には、3人で話せるデュエットホン公衆電話。逓信博物館にあるらしいですが、ここでは現役。 |
| 中原で渋川へ分水。渋川は2.4km先で矢上川へ合流。 |
| このカーブは、精密な設計でなく、元は自然河川ではなかろうか。 |
| 新川崎駅の北、跨線橋で迂回。 |
| 南武線を抜けて大師堀と町田堀に分岐。鳥居風味の樋。 |
| たしかに鳥居。 |
| 町田堀の橋跡。 |
| 踏切は川崎堀踏切。 |
| 鹿島田からはモニュメント風。ほどなく無くなり、以降開渠は見つかりません。 |
| 河原町団地は東京製綱川崎工場跡。貨物線が土手まで延びていました。 |
| 京急大師線。ホームっぽいのは六郷橋駅跡。 |
| 大師堀、末端の残照か? |
| 若宮八幡宮境内にある金山神社(かなまら様) ここ、境内に幼稚園あるんだが・・。 |
| 川崎と言えば平間寺。別名、川崎大師。 |
| 羽田空港と川崎市殿町をつなぐ新しい橋。公募していた名前は近々発表される予定。 |
| 60kmくらい |
| 源流部の干渉色標高図 |
| 最初に水面が見える地点。横浜市青葉区美しが丘西。 |
| 谷戸の中央を流れる。前方に小さく田園都市線あざみ野駅。 |
| R246と横浜地下鉄は暗渠でくぐる。この先、港北ニュータウン。 |
| 港北ニュータウンの造成がはじまった1985年ごろ。 |
| 鶴見川との合流点。矢上川合流点の2.6km上流。 |
| 赤線が川に沿った往路、青線は帰路。吉田がないのに新吉田とは? 明治22年(1889年)吉田村、新羽村(にっぱむら)、高田村が合併して新田村(にったむら)。新田村大字吉田となる。1939年(昭和14年)横浜市に編入に際し、港北区新吉田町となったもよう。 |
| 干渉色標高図で弧が鮮やかなので見に来たが、際立つ地形は見られなかった。 |
| 第三京浜、都筑インターを越えて港北ニュータウン経由で帰宅。 |
| 40km くらい。 |
| 尻手黒川道路の脇を流れる矢上川。源流はこの足元あたり。 |
| 稜線からの横浜側。細い道が市境(橘樹郡と都筑郡の郡境)、崖上は川崎市宮前区犬蔵、崖下は横浜市青葉区美しが丘。地名ロンダリングはやったもの勝ちなのか・・。 |
| 最初に見える水流。 |
| いかにも暗渠。 |
|
尻手黒川道路の裏道に沿う。 左の鳥居を抜けて上ると、三嶋大明神と正一位秋葉神社。馬絹神社に合祀したが、その後数々の災いが起こり、昭和36年に建立。土地は馬絹神社のもの。合祀は生きていて、新設の扱いだと思う。 |
| この先、JR貨物の梶ヶ谷貨物ターミナル駅の地下へ。 |
| 梶ヶ谷貨物ターミナル駅から出てきたところ(上流方面) |
| 日吉で新幹線をくぐる。(上流方面) |
| 氾濫平野に出て、広々としてくる。 |
| 昔は激しく蛇行していた。改修して直線化した川の中央が川崎市と横浜市の境界 |
| 鶴見川と合流。鷹野大橋から上流方面、右が矢上川。 |
| 30km くらい。 |


























































