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冷たい春の雨が続きましたが、ようやく晴れ。台湾で購入後、ほとんど乗っていない KHS F20-R451 で鎌倉へ。 休日なので、混雑を避け北鎌倉から由比ヶ浜へは山越えの裏路を走ります。1ヶ所、50mほどのダートを越え、急坂を下ると銭洗弁天。 |
| 裏路から由比ヶ浜郵便局横のゴクラクカリー。昼時で混みそうなので、冷凍物を持ち帰り。知人のやってる店なので平気ですが、若いころならビビって入れない店構えです(笑) カレーは、前回の写真。 |
| 長谷からは江ノ電に沿って極楽寺。江ノ電の車両は多彩です。 |
| 七里ヶ浜では、R134の拡張工事が始まっていました。これ、長く掛かりそうです。腰越から併用軌道を走り、帰路はR457から中原街道。451ホイールの406との差は感じたので、次はベンチマークデータを取ってみましょう。 |
| 83.35km |
| 先ずは佐竹商店街。秋田藩佐竹家上屋敷跡地が明治中ごろから発展し、上野、浅草と並ぶ東京の代表的な盛り場・娯楽街として賑わいました。 |
| 三味線堀跡地。地図は明治初期の1/5000 東京図測量原図。転軫橋の転軫(てんじん)とは、三味線の糸巻き部のこと。 |
| おかず横丁。町工場での共稼ぎ世帯が多く、関東大震災後に惣菜屋が集まりました。戦災をまぬがれたため、昭和初期の建屋が多く残っています。 |
| 鳥越神社。境内には、関東大震災後の東京市による「土地區劃整理測量基本標」が建っています。 |
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榊神社の変遷は、 1875年(明治8年)~1881年(明治14年):浅草文庫(湯島聖堂から移設された公立図書館) 1881年(明治14年)~1923年(大正12年):東京職工学校~東京工業学校~東京高等工業学校 1928年(昭和3年)~:榊神社(柳橋から移転) |
| 1/5000 東京図測量原図(1876-84)、1/10000地形図 1908-09、1/10000地形図 1916-21 |
| 隅田川テラスと鳥越川の水門。江戸幕府の米蔵が、明治末まで残っていました。1/20000迅速測図(明治中期)。 |
| Google Earth での巡検鳥瞰ルート |
| 迅速測図(明治中期)。高度1000m 時速250km。 <0:50> |
現在 航空写真。高度300m 時速80km。 <2:32> |
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| 地形が独特な香川へ青春18きっぷでプチ遠征。徳島の始発(5:52)でJR高徳線栗林公園北口(7:43)。高架になる前は稲荷大明神の参道を線路が横切っていたのでしょうか。 |
| まず、香川県庁舎へ。東館(旧本館)は丹下健三の有名な作品です。 |
| 次いで、石清尾八幡宮(いわせおはちまんぐう)。下拝殿、上拝殿、神殿が八幡宮三角点(41.16m)へ連なっています。高架になった高徳線の車窓から見るのが一番かも知れません。 |
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県道33号、180号で五色台へ。 四国霊場ハ十二番札所根香寺の牛鬼の像がえらく現代的。 |
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五色台はよく耳にしますが、肝となる観光資源が分かりません。スカイラインと展望台の昭和風観光地でしょうか。 環境省の五色台ビジターセンターでインパクトがあったのは、10年前にたけのこ狩りイベントで行方不明となった、5歳の女の子の情報提供を求める案内です。帰宅後、調べましたが不思議な事件です。 有紀ちゃんを捜す会のサイトは、ここ。 一般財団法人休暇村協会が運営する休暇村讃岐五色台。バブリィなプールが、眺望をじゃまします。 |
| 瀬戸内海へ向かって県道181号(旧有料スカイライン)を下って行ったところにあるのは瀬戸内海歴史民俗資料館。1973年に竣工した建物は、自然との調和を感じさせる完成度の高い建築です。 |
| 展示物も予想外に面白い。 |
| 大崎ノ鼻へ向けてダウンヒル。大槌島の向こうは児島半島。 |
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玉腰から乃生岬(のおみさき)を回ると瀬戸大橋の橋梁群が一覧できます。 うどんを経て府中湖。地図からは裏磐梯を想像しましたが、平野の中の少し盛り上った地勢なので穏やか過ぎる感じ。御多分に漏れず、自転車道は使われていない感に満ちていました。 |
| 最後は、讃岐国一宮の田村神社。香川には金刀比羅宮があるためか、一宮にしては地味目です。すぐ横の宇都伎社が同じくらいの大きさで不思議な感じがします。 |
| 社務所や五楽殿には笑門(蘇民将来)の注連飾り。律令制以前の古い神様だと思うので、田村神社自体の神様が土着神なのだろうか。難しすぎます。 |
| 85.25km |
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坂本の "おひな街道" へ行こうと思い調べていると、本陣は「勝浦のビッグひな祭り」のようなので、まず勝浦へ。 勝浦町人形文化交流館で行われています。入場料300円。顔認識システムがフリーズしますわ。 |
| 県道を離れ坂本集落へ。何度か走っていますが、この時期は初めてです。 |
| 集落をぬう通りに沿って、ひな人形が並んでいます。 |
| 坂本隧道は明治42年竣工。トンネルを抜けても続いています。そして、そもそも、特段人形好きでなかったことに気づきました。 |
| 昼食は、廃校になった旧坂本小学校の「ふれあいの里 さかもと」で、ランチバイキング。1000円。観光客受けをねらった田舎風料理と思いきや、地元の人で大賑わいでした。非常に美味い。 |
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菜の花のごまあえ、キャベツの酢の物、干し大根のハリハリ、わらびの卵とじ、ならえ、白菜のサラダ、つくねの甘酢あんかけ、鶏から揚げ、伊達巻、野菜の天ぷら、ちらし寿司、おでん、あんずの酒漬等々。ごはんは、白米、黒米(一般には古代米とか赤米とか言われるもの)、五目炊き込みに親子丼。 また行きたいですが、残念なことに 3/22まで。 |
| 61.03km |
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| 東海道線の車窓から気になっていた帝冠様式の建物。東海道新幹線50周年の車窓巡検で、今尾恵介さんからホテルだと教えてもらい、我慢できずに一泊しました。 |
| 青春18きっぷ(ここは譲れず)で蒲郡駅。まず、観光協会で電動アシスト付き自転車を借りホテルへ。部屋から竹島を望む。 |
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ホテルができたのは、1934年(昭和9年)。鉄道省による最初の国際観光ホテルに指定されました。 2007年、経済産業省の近代化産業遺産に認定されています。 |
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創業時より一流作家は無料で滞在してもらう方針だったため、菊池寛、志賀直哉、川端康成などの小説に登場しています。池波正太郎は「・・列車が豊橋を過ぎて間もなく、左側の車窓の、小高い丘の松林から緑色の屋根の古風なホテルの背面がのぞまれ、それをながめながら、 (帰りにには一日か二日、蒲郡ホテルへ寄って、のんびりしたいな) そうおもいもし、また、何度か、そのおもいを実行に移した私だった。・・ と書いています。 |
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自転車の方は一応、西浦半島へ。高架橋越えには電動アシスト有効でした。水平線にかすかに見えるのは、渥美半島。目立つのは火力発電所。西浦温泉は、昭和っぽい温泉地、。夕食は蒲郡ラグーナテンボスへ。巨大浅利のフライなど。 総合的に見て、ホテルの魅力だけで再訪は難しいです。 |
| 25km |








































